猛る騎士
Side・ミューズ
「どうやらあちらは、あれで全てのようだな」
「そのようですね。最もあれは、麒麟軍としての全戦力なのでしょうが」
「だろうな。だが時間を掛ければ、他の三軍も集結するだろう。相手の戦力を削ぐという意味でも、こちらから仕掛けるべきだ」
「ハルート卿に同意する。レックス卿、ご決断を」
アバリシアの精鋭たる麒麟軍が部隊を展開し、迎撃準備を整えている様を上空から見ていた私達だが、どうやら出てきた部隊はあれで全てのようだ。
思ったより少ないが、精鋭と謳っている以上は強敵に間違いなく、撃退に時間を掛けてしまえばグランド・ドラグナーズマスター ハルート卿の仰る通り、他の三方を守護する四霊軍も集結することになるだろう。
全力で掛かれば撃退できると思うが、こちらも無傷でというのは難しい。
である以上、私達が取る手段は1つ。
「ええ、そのつもりです。通達!これより我々は、眼下のアバリシア軍との交戦を開始する!この戦いは私欲のために幾度もフィリアス大陸に攻め入り、挙句の果てにヘリオスオーブという世界を滅亡に導く魔王と成り果てた神帝を倒すためのものだ!眼下の魔族軍も同様に、ヘリオスオーブを蝕む存在と化している。そのような者達に、これ以上我らの住む世界を好きにさせるなど、許されることではない!猛れ、リッター達よ!我等はヘリオスオーブを救うという大義を抱き、今この場にいるのだ!」
レックスが檄を飛ばし、リッターがそれに応える。
相手が魔族であろうと、全員の士気は十分だ。
とはいえ、キメラが出てきたら変わる可能性もあるから、部隊編成に変更は無い。
真子のおかげで落ち着いているとはいえ、いつまたぶり返すかわかったものじゃないからな。
「ふんっ!さあ行くぞ、リッター達よ!我が翼に続け!」
純白の翼を広げ、光を纏わせたレックスが、ウイング・オブ・オーダー号から飛び立ち、リッター達もそれに続く。
レックスは現在のエンシェントクラスでは最高のレベル94だが、そもそもレックスは翼族ではなく、種族としてはヒューマンだから、翼などは有していない。
ウイングリングという奏上魔法を使うことはあるが、あれは魔力を放出することで翼のように見せているだけの魔法だから、今のレックスの背にあるような美しい翼とは似ても似つかない。
では何故、レックスの背に翼があるのか、それはあの翼こそが、私達やレックスが苦心して開発した固有魔法マギウス・ブースターだからだ。
奏上魔法ウイングリングのおかげで、多少ではあるが翼がどういったものなのかを知ることができた私達は、それを元に試行錯誤を繰り返した。
翼族のように魔力で翼を作り、その翼に魔力強化を行うことで全能力を向上させるのが、大和君達が使うウイング・バーストという固有魔法で、最近ではそこにフェザーリングという属性を宿す効果の固有魔法も重ねているようだ。
だが2つの魔法を重ねているため制御が難しく、2つ以上の属性をフェザーリングで重ねることはできていない。
そのため魔力効率も良いとは言えず、エンシェントクラスでも使えることは使えるが、短時間ならともかく長時間、それも連戦は厳しいと感じた。
だからこそマギウス・ブースターの開発を行ったのだが、この魔法の開発はどの固有魔法を作るのより大変だったな……。
だがその苦労に見合った効果を得られたから、そこは報われたと思う。
マギウス・ブースターは、魔力で翼を作る点は同じだが、その時点で光属性魔法も同時に展開させている。
理由は、光属性魔法が他の属性魔法と相性が良く、重ねることも難しくないからだ。
光属性のドラゴニアンが二重属性だということも、大きなヒントになった。
おかげでマギウス・ブースターは、よく使う属性魔法はもちろん、状況に応じて更に重ね掛けもできるようになっている。
魔力の消費量も減ってはいるが、ウイング・バーストとフェザーリングの重ね掛けに比べれば少ないという程度で、属性魔法を重ねると同じぐらいになってしまうから、そこだけは注意が必要か。
もっともそのマギウス・ブースターも、私やマリー、サヤはまだ完全には習得できておらず、安定して使えるのはレックスのみだ。
だがレックスが前線に立つ機会は無いに等しく、それは今回の親征でも変わらないはずだったから、せっかく習得したマギウス・ブースターも使わずじまいになる可能性が高かった。
だから普段なら煩わしい政治の話も、今回ばかりは感謝しておこう。
狩りでは何度か使っているが、この戦いがマギウス・ブースターの初お披露目の場なるんだからな。
私達はまだ使いこなせていないが、属性魔法を重ねなければ問題ないから、私やマリー、サヤも未完成ながらもマギウス・ブースターを纏い、レックスに続いた。
Side・レックス
この日のために完成させた固有魔法マギウス・ブースターを纏い、私はリッター達に檄を飛ばしてから、ウイング・オブ・オーダー号から飛び立った。
この魔法は、固有魔法ウイング・バーストを参考に、大和君達が使うフェザーリングとは別のアプローチから完成させた属性付与型強化魔法と言ってもいいだろう。
「来たか!我らが神聖なる都に攻め入った、愚かなる侵略者どもめが!」
おそらく麒麟軍の指揮官だろう男が、我々に向かって罵声を飛ばす。
確かに否定はしないが、先に手を出してきたのはそもそもそちらだろうに。
だが始まりがどうであろうと、最早そのようなことは関係ない。
目の前の麒麟軍も、全員が魔族と化しているのだから。
空中で停止し、リッターにも待機するよう合図を送ってから、私は指揮官に向かって口を開いた。
「ヘリオスオーブを滅亡へと誘う邪悪な存在と話すことなど、何もない!我らがこの場へ赴いた最大の目的は神帝の首を取ることだが、貴様達魔族を滅することも、目的に含まれているのだからな!」
「ふざけたことを!神帝陛下こそ、この世界を救う救世主!その証拠に我等に大いなる力を与え、従順なる魔獣すらも生み出されたのだ!その所業、まさに神と言っても過言ではない!」
どうやら指揮官は神帝に心酔しているようだが、彼の言っている事は過言でしかない。
リネア会戦の際に、僅かではあるが、私は直接神帝と会話を交わしている。
そこで感じたのは、神帝は救世主などとは程遠い、むしろ対極の存在だということだ。
グラーディア大陸調査隊が聞いた噂話でも、神帝の独裁や政治への無関心、それでいて自分の気に障るような者はすぐにでも刑に処すという残虐性。
傲慢で残虐、自己中心的な独裁者、それが私達の総評だ。
なまじ戦闘力が高い分、ソレムネの帝王やレティセンシアの皇王よりも質が悪い。
そのような愚物が救世主など、我々からすれば笑い話にもならない。
「フッ、神とは大言壮語も甚だしい。先のリネア会戦、フィリアス大陸への侵略戦の結果は文字通りの全滅、唯一見逃された神帝も、這う這うの体で逃げ帰っただけではないか。そのような者が神など、もはや喜劇どころか笑い話にすらならない!いや、もしかしたら笑いの神には愛されているのかな?」
思わず嘲笑してしまったが、私としてもアバリシアには鬱積した感情があるし、戦前の舌戦なのだから、これぐらいはいいだろう。
「き、貴様ぁっ!偉大なる神帝陛下に対してその無礼極まりない言動!絶対に許さんぞ!」
「許さない?何をだ?私は事実を述べたに過ぎない。ああ、確か逃げ帰った直後は治安が悪化したばかりか、反逆を企てる者も出たんだったか。やっとの思いで鎮圧したと思ったら、今度は私達の襲来。なかなか大変だとは思うが、だとするならやはり神帝は、笑いの神に愛されているな!」
私の挑発に、体を震わせて怒りを露にする指揮官。
先ほども述べたが、少々の私見を交えてはいるが、私は事実を口にしただけに過ぎない。
笑いの神という表現は、我ながら上手く言えたと思っているが。
「貴様っ!もう口を開くな!そして下りてこい!この私が、直々に成敗してくれる!」
成敗とは大きく出たな。
まあ彼からすれば、確かに私達は侵略者なのだから、その表現も正しいと言ってもいいだろう。
先に手を出しておいてその言い分は釈然としないが、とりあえずはいい。
「ほう。私と1対1で、つまりは決闘を行おうとでも?魔族風情が?自死を望むのであれば、他にも方法はあると思うが?」
「口を開くなと言った!これから行うのは決闘などではなく処刑だ!もっとも死にたくなければ、空から下りてこなくても構わないがな!」
あれで挑発のつもりなんだろうか?
数年前に奏上されたフライングやスカファルディングを使った空中戦は、既にフィリアス大陸では一般的な戦闘技術となっている。
さすがにハイクラスに進化していなければ連続使用は難しいが、ノーマルクラスでも短時間なら使えるから、確か学園の授業内容にも組み込まれていたはずだ。
だからこそ制空権という、空を制する者が戦いを制するという考えも新たに生まれた。
ゆえにフィリアス大陸では、戦いを生業とする者にとって必須となる技術なのだ。
指揮官のセリフは、私達からすれば戯言でしかないのだが、その技術を誹られるのは面白くないな。
「価値観の相違と言ってしまえばそれまでだが、面白くないのも事実。いいだろう、下りてやろう」
まあ私としても、それ以外の選択肢はないんだが。
当たり前だが、指揮官が素直に決闘に応じるなど、微塵も思っていない。
処刑という単語を口にした以上、その必要もないだろうから。
事実、私の考えを肯定するかのように、指揮官だけではなく10人程の軍人が、地上に下りた私を取り囲んできた。
「決闘ではないのか」
「言ったであろう、処刑だと。そもそも貴様ごとき、この私が手を下すまでもない。貴様の部下どもは空の上である以上、助けを期待しても無駄だ。つまり私の挑発に乗って下りてきた時点で、貴様の死は決まっていたのだ!」
勝ち誇ったように下卑た笑みを浮かべる指揮官達。
幾度か経験したことではあるが、この瞬間はいつも虚しく感じる。
「そうか。まあ相手の力量も測れない以上、この展開は予想していたが。私の出番はここまでとなると、逆に虚しさすら感じるよ」
「予想していたか。貴様は指揮官なのだろうから、それも当然か。だがこの状況に陥ったのは、貴様が指揮官として無能である証!そしてここで命が潰える以上、虚しく感じるのも無理もあるまい!」
会話が嚙み合っていないが、最早そのことはどうでもいい。
私はゆっくりと魔力を上昇させ、マギウス・ブースターに雷属性魔法を纏わせ始めた。
「行くぞ!神帝陛下を害さんと企む邪悪の輩を討ち、見せしめとして首を掲げよ!」
指揮官の号令に従い、私を取り囲んでいた軍人達が一斉に襲い掛かってきた。
さすが精鋭とされる麒麟軍、全員がハイデーモンか。
とはいえ、今の私にとっては大した相手ではない。
マギウス・ブースターを全開にし、日緋色銀で打たれたプロミネンスソードという新しい剣に火属性魔法と雷属性魔法を纏わせてブレーディングと成し、真横に薙ぐ。
数メートルとなった火と雷を纏う光の刀身は、私に向かって来た軍人達を一刀両断に斬り捨てた。
「……は?」
「いつも思うことだが、この瞬間は虚しさしか感じないよ。何故私がこの場に下りてきたのか、リッター達が動こうともしなかったのか、その理由を少しでも考えなかったのか?」
考えなかったからこそ今という状況になっている訳だが、本当に虚しい瞬間だ。
そんな虚しさを抱いたまま、私はブレーディングを再度振るい、指揮官の首を落とす。
同時に空に控えているリッター達に向かって、進軍を指示。
「リッター、並びにハンターに告ぐ!眼前の弱軍を制し、乗船されている陛下方へ勝利を捧げよ!ヘリオスオーブの明日を占うこの一戦、我々に敗北は許されない!総員、心して掛かれ!」
私の号令の下、リッターとハンターが鬨の声を上げながら一斉に降下を始めた。
指揮官の首を挙げてしまった以上、ここまでだ。
本音を言えば戦いたかったのだが、まあ仕方がない。
地上に下りて戦いを始めたリッター達を見ながら、逆に私はスカファルディングを使い、上空で待機することにした。




