神都アロガンシア
城塞都市白虎で苦い経験をした俺達だが、その日は白虎から1時間ほど進んだ地点で高度1万メートルまで上昇してから停泊、野営となった。
野営と言ってもウイング・オブ・オーダー号は一流の宿泊施設並の設備が整えられてるし、広い訓練場もある。
食事も1ヶ月分の材料が用意されてるし、個人で用意した物もストレージに突っ込んであるから、特に不自由は感じない。
とはいえ、さすがに白虎での経験は、俺達にとっても予想外、というより意図的に考えなかったものだったから、さすがに堪えた。
それでもヘリオスオーブの滅亡が天秤に掛かってるんだから、神帝を倒すという当初の目的は覆らない。
その結果、あの子達のように不幸になる子達が出てしまったとしてもだ。
「国を落とすということは、多かれ少なかれ、そういった子達を生み出してしまうことに繋がる。だからといって全てを救うことなど不可能なのだから、私達は自分の掌の大きさを見極め、その中にいる者が平和に暮らせるよう努めているつもりだ」
というラインハルト陛下の言葉に、同行している王陛下達も首肯していた。
俺も承知の上ではあるけど、改めて言葉にされると重く感じる。
だけどそれが戦争であり、生存競争と言ってもいいこの戦いの本質でもあるように思う。
気持ちを切り替えて、というには重い話で、完全には難しいんだが、グラーディア大陸までやってきた理由は神帝を討つためだ。
だから一晩かけて、なんとか割り切りはできたんじゃないかと思う。
そんな簡単な話じゃないし、ひっかかってるところがないとは言えないが、今は神帝討伐に集中しないと。
「あれが神都アロガンシアか。大きな街ではあるが……」
「ええ。王城は大国に相応しい威容を誇っていますが、近くに城と見紛うばかりの大きさの建物が異彩を放っていますね」
空から見る神都アロガンシアは、中央に広大な敷地を持つ王城があり、その周囲に貴族邸が、さらにその周りに一般人の家屋や商店、工房などがある、よくある西洋風の都市だった。
だが北東の貴族邸近くに、王城に匹敵する規模の建築物がある。
あの建物、どこかで見たことある気がするんだけどな。
「サグラダ・ファミリアじゃない。王城に匹敵する規模で建築するなんて、いったいどれだけの時間とお金をかけたのかしら」
サグラダ・ファミリアって……ああ、確かスペインにある教会か。
というか真子さん、なんで知ってんの?
あと俺の記憶が確かなら、サグラダ・ファミリアって200メートル近い高さの建物じゃなかったっけ?
確かにあれもデカいけど、とてもそこまであるようには見えないけど?
「卒業旅行で実際に見たのよ。あと高さは、確か170メートルぐらいだったかしらね。でもそれは別にいいでしょう。どうせ神帝のことだから、外観だけを真似たんでしょうし」
「ああ、それは確かに」
「私も若い頃に行ったことがあるけど、確かにあれだと50メートル前後ってとこでしょうね。アバリシアの技術力がわからないから断言はできないけど、王城も同じような大きさだし、あれが限界ってことなんじゃない?」
サユリ様もサグラダ・ファミリアを直接見たことがあるのか。
俺も高校の修学旅行でギリシャに行ったことはあるけど、スペインはないんだよな。
まあそれはいいとして、確かに真子さんとサユリ様の言いたいことはわかる。
それにサグラダ・ファミリアが教会ってことなら、あそこで邪神アバリシアを祀っていることも、ほぼ確定と言ってもいいだろう。
本来のサグラダ・ファミリアよりダウンサイジングされてるとしても、神帝にとっては外観さえ再現できればいいんだろうし、それでも王城に匹敵する規模の協会なんだから、神を祀るには十分な威容を保てている気もする。
「さすがに王城より大きな建物は建てられないか」
「というか私から言わせれば、あいつが神を祀る教会を建立してたなんて、思いもしなかったわ」
プリムのセリフは納得だが、同時に真子さんのセリフにも納得だ。
神帝のような刻印術師優位論者は、刻印術師が優れているという思想に被れている。
だから国を支配し導くのも刻印術師がやるべきであり、刻印を持たない一般人は刻印術師に尽くすべきだと本気で考えている集団だ。
そんな連中が神を信じるなんて話は聞いたことがないし、むしろ自分達と敵対している刻印術師の多くが関与している神社を目の敵にし、攻撃してくることすらある。
神社は神を祀る社であり、神殿や教会と同じ施設だと言ってもいいんだから、そんな連中の一味である神帝が、神を祀る教会を、自分が住まう王城に匹敵する規模で建立するなんて、確かに考えられない。
「というか今更なんだけど、神帝と邪神の繋がりって何なのかしら?」
マナの呟きは本当に今更だけど、確かにそれは大いに謎だし、今の今まで全く考えなかったことだ。
必要ないと思ってたっていう理由もあるけど、王城に匹敵するサグラダ・ファミリアそっくりの教会を見てしまった以上、気にならない訳がない。
「確かにわからないわね。考えられることとしては、神帝の転移にアバリシアが関与していることとか、キメラの製造に一枚噛んでるんじゃないかってことぐらいかしら?」
「どちらもあり得ますけど、あんな立派な教会を建立しているってことは、神帝は邪神の存在を認識しているってことですよね?それだけでは、理由として弱い気がしますけど」
「そうなのよねぇ。とはいえここまで来た以上、もう考えても仕方がないわ。ライ、あなたもそう思うでしょう?」
「ええ、気にはなりますが、もはや事実を突き止める段階ではありませんから」
真実を知りたい気持ちもあるけど、サユリ様やラインハルト陛下の言う通り、事実がどうであれ、そんなことを調べる余裕はないし、そんな段階はとうに過ぎている。
懸念事項が無い訳じゃないが、ここまで来た以上速やかに神帝の討伐を成し、ヘリオスオーブを滅亡から救うことが最優先されることだ。
それにアロガンシア側も迎撃準備を整えていたのか、ワラワラと兵が出てきたしな。
「出てきたか」
「はい。四霊軍については、アロガンシアの四方に配備されているという以外情報はありませんが、現在位置から鑑みるに、おそらくは麒麟軍かと思われます」
応龍、麒麟、鳳凰、霊亀の四霊は、四神とは異なり特に方位を司ってはいないが、アロガンシアの四方に配備しているっていう話は聞いていた。
だから似た存在を宛がっていると予想して、応龍軍は東、麒麟軍は西、鳳凰軍は南、霊亀軍は北に配置されてると考えたんだが、当たりっぽいな。
だけど城塞都市白虎と違ってここアロガンシアが目的地だから、麒麟軍を撃退しても残りの四霊軍が増援に来るのは確実だし、近衛を担っている蚩尤軍も出てくるだろう。
どのタイミングで来るかはわからないが、既に動いていると思う。
「キメラの姿は見えませんね。場所が場所ですから四霊軍には配備されていないか、されていても少数なのでしょうか?」
「それは何とも言えないが、出てくると考えておかねば足元を掬われかねん」
「そうですね。ではこちらも、準備を整えましょう」
「心得た」
「乗船しているリッター、ハンターに告ぐ!現在アロガンシアでは、西方を守護する麒麟軍と思われる軍勢が展開中だ。まずは麒麟軍を打倒し、このアロガンシア攻略戦の前哨戦とする!なお先日告げたよう、妊婦並びに夫君は後方支援に回れ。キメラへの嫌悪感を払しょくできていない物も、そちらについてもらう。戦端はまもなく開かれる。各員、迅速に行動せよ!」
伝声管を使い、レックスさんが全員に檄を飛ばす。
グラーディア大陸上陸後に、毎朝真子さんとサユリ様を中心に簡易検査を行った結果、新たに6人の妊娠が判明している。
本来ならフィリアス大陸へ送り返すんだが、グラーディア大陸では長距離転移魔法トラベリングが使えないから、やむなく同行してもらうことになってるんだが、それでも戦闘なんてさせられないから、後方支援をお願いすることになった。
グラーディア大陸という魔大陸で、キメラという改造魔獣の相手をさせられたんだから、妊婦の負担は計り知れない。
真子さんがフォローしてくれてはいるけど、それだけじゃ足りないかもしれないから夫となる人達にフォローをお願いし、そちらも後方支援を行ってもらうことにしたけど、この点は本当に俺達の落ち度だよなぁ。
「ではジェネラル・オーダー、我々も行こうか」
「わかりました。陛下、行って参ります」
「ああ、初戦は任せた」
「はっ!」
初戦、というか麒麟軍は、規模が白虎軍よりかなり小規模ってこともあって、レックスさんをはじめとしたリッターズギルドの最高責任者達が出ることになっている。
これも各国との調整の関係なんだが、まあ手柄争いだよな。
ラインハルト陛下もレックスさんも、何なら同行している王陛下方やセカンダリ、ファースト・リッター達も馬鹿らしいと思ってはいるんだが、国内の一部貴族達がうるさいから、こうして調整しなきゃいけないんだとさ。
そういった連中に限って、戦いってものを知らないのにそれなりに影響力を持ってたりもするから、本当に面倒くさい話だよ。
「アバリシア側の様子は……まだキメラは出てきてないわね。出し惜しみしてるのかしら?」
「部隊展開の速度から考えると、我々の情報は確実に伝わっている。にもかかわらず出てこないとは、もしや本当にいないのか?」
確かに真子さんの言う通り、キメラが出てこないのは不自然でしかない。
しかもこっちは高度を下げているとはいえ飛空艇を使っての進軍だから、頭上を抑えている形になっている。
にもかかわらずキメラが出てこないなんて、これじゃ制空権は完全に放棄ってことになるし、ラインハルト陛下の言う通り、本当に配備されてないのかって思えてしまう。
さすがに制空権を取られた状況で出してこないってことはないと思うんだが、そもそもの話として制空権っていう概念があるかもわからないから、出し惜しみしてるっていう話もあり得る気がする。
神帝はその辺を知ってるはずだが、神帝だから知識として知ってても理解できてないっていう可能性もあるから、マジで断言できないんだよなぁ。
「神帝が無能でも軍関係者が有能なら、さすがに頭上を取られることの危険性は理解できてるはずよ。たとえ神帝の座すアロガンシアであっても、その程度の備えはされていて当然。なのにそれがないってことは、神帝だけじゃなく軍の上層部も無能ってことになるんじゃない?」
「プリムに同意ね。とはいえ、もう連中が有能でも無能でも関係ないわ。纏めて倒せば済む話なんだから」
いや、確かにプリムとマナの言う通りなんだけどさ。
それでもちょっと脳筋すぎません?
考えるだけ無駄って言いたいんだろうけど、もうちょっと言い方ってないかな?
下手に口を出すと怖いから、黙ってるけどさ。
とはいえ、2人の言いたいこともわかる。
いざとなったら軍の連中は速攻で倒して、その上で神帝を引っ張り出して倒してしまえば、それで全てが終わるからな。
俺も大概脳筋だけど、早く決着をつけたい気持ちもない訳じゃないから、思うぐらいは許されるだろう。




