守護者の間
ガスト・ドラグーンを倒した俺達は、そこから30分ほど進んだ所にあるセーフ・エリアに辿り着き、少し休憩をすることにした。
隣には神殿が立っているが、この神殿が守護者の間ってことで間違いないらしい。
ギリシャのパルテノン神殿みたいな感じの神殿が立ってるから最初は何事かと思ったが、どうやら迷宮にある守護者の間ってのは、こんな感じの神殿を指している言葉のようだ。
守護神殿とでも改名した方が良いんじゃないのか?
「これが守護者の間なのね」
「私も話に聞いてただけで、見たのは初めてだわ」
迷宮攻略なんて、一番最近でも10年ぐらい前らしいからな。
だけど難易度の低い迷宮の守護者を倒すことは稀にあるらしく、トライアル・ハーツやホーリー・グレイブも、アミスターにある低難易度の迷宮アコルダール迷宮の守護者を倒したことがあるって聞いている。
アコルダールっていうのは、フロートの北東にあるイデアライト伯爵領にある街の名前だ。
アコルダール迷宮の守護者を倒せば、アミスターでもトップクラスのレイドと認識されるらしいし、その守護者の素材がまた高値で売れるから、高ランクハンターもよく来るって話もあるな。
ちなみにアコルダール迷宮の守護者はラーヴァ・クロコダイルっていう溶岩を操るP-Iランクモンスターなんだが、その革は見た目も手触りも良いため、革製品の素材としては最高級の逸品として高値で取引されてるんだとか。
俺には興味がないし、攻略済みってことだから行くこともないだろうが。
「守護者の間って、中を見ることは出来ないのか?」
「出来るわよ。だからここを確認したハンターが、守護者も確認してるんだから」
エドの疑問に答えるマナだが、守護者の間は中に入らなければ守護者が襲い掛かってくることはないし、守護者の間から出れば追ってくることもないそうだ。
迷宮の常識らしいが、俺達は全員が迷宮初心者だから、そんなことも知らない者の方が多い。
迷宮に入るんだからそれぐらいは調べとけって話ではあるんだが、ここの守護者が何かぐらいはさすがに調べてあるけどな。
「ドラグニアのハンターズギルドで聞いた限りじゃ、守護者はゴールド・ドラグーンだったはずだぞ」
ゴールド・ドラグーンはA-Rランクモンスターで、全属性の魔法を使ってくる。
金は全属性を意味する色らしいから、確認したハンター達は即座に撤退を選んだとも聞いているな。
普通のAランクドラグーンでも厄介なのに、その中でも全属性を使ってくる金竜が相手なんて、厄介どころの話じゃないからな。
「全属性のドラグーンかよ。素材はおいしいんだろうが、守護者を倒さないと手に入らないとなると、とんでもなく希少なもんになるな」
「希少どころか、ゴールド・ドラグーンを倒したなんて話は聞いたことありませんから、おそらくですが誰も使ったことないと思いますよ?」
それは確かにな。
ゴールド・ドラグーンはソルプレッサ迷宮の守護者だが、そもそもドラグーンの9割は迷宮に生息していると言われている。
だからドラグーンの素材はほぼ全てが迷宮産なんだが、さらにその素材の9割以上がレッサー・ドラグーンだから、ドラグーンの素材ですら出回ることは稀だ。
しかもMランクっていうモンスターズランクの問題もあって、出てくるとしても深層になるから、辿り着くだけでも至難の業となっている。
ソルプレッサ迷宮は全7階層と浅いから、多分ここが一番手に入れやすいんじゃないかと思う。
その分、道中の魔物も高ランクなんだが。
「ドラグーンの素材って、そんなに希少だったんですね……」
「そんな希少な素材を、私達にも使っていただけるなんて……」
キャロルとヴィオラが恐縮しているが、既にけっこうな数を狩ってあるし、ユニオン標準装備なんだから、それぐらいは当然だ。
っと、せっかくだし、この機会にユリアのことを伝えておこう。
ユリアのことは、既にプリムやマナ、エド、マリサさんにも意見を聞いてあるから、フィールに戻ってから伝える必要もないし、帰りにフロートに寄ることになってるんだから、誤解されかねないしな。
「ラウス、キャロル。ユリアのことなんだけどな、正式に契約するってことで俺達の意見はまとまってるんだ。後はお前達の意見だけだな」
「えっ!?」
ここでそんなことを言われるとは思ってなかったユリアが、目を見開いて驚いている。
ユリアはCランクバトラーに昇格したばかりで、ラウス、キャロルと結んだのが初の契約だった。
キャロルの幼い頃の遊び相手だったそうだが、それを差し引いても頑張ってるのは分かってたし、キャロルはもちろんラウスやレベッカとの相性も良さそうだったから、早めに正式契約をする旨を伝えるのは悪いことじゃない。
「よ、よろしいんですか?」
「もちろんよ。バトラーとしてはまだ未熟でぎこちない所もあるけど、これが初めての契約なんだから、そんなのは当然だしね」
「迷宮に入ってからも、一生懸命頑張ってくれていましたしね。お食事だって、ユリアさんが作ってくれた物を頂いていましたし」
「獣車の掃除だって率先してやってくれてたから、あたし達も助かってたよ。なにせあたし達は、作業に入ると掃除とかそっちのけになるからね」
迷宮に入ってからの飯は、基本ユリアが作ってくれていた。
料理に関しては祖母でMランクバトラーのミカーナさんに教え込まれていたらしく、エオスに次ぐ腕だったからな。
料理に関してはマリサさんは苦手で、ヴィオラは可もなく不可もなくなんだが、エオスは一流の料理人に匹敵する腕前がある。
ユリアはエオスまでとはいかないが、そのエオスからも教えてもらってるから、料理に関しては既にマリサさんとヴィオラ以上だ。
掃除に関しても、武具製作作業で部屋が散らかることの多いエド達の部屋を、作業の邪魔にならないように気を遣いながら綺麗にしてたって聞いてる。
マリサさんやヴィオラ、エオスの方が上手く掃除できるんだが、一生懸命頑張ってくれてるんだから、これも評価できる。
肝心のキャロルの従者としてもマリサさん達のフォローが必要なんだが、こればっかりは慣れるしかない。
だけどキャロルとは仲が良いし、ラウスやレベッカとも何の問題もなく接してるから、後は経験を積んでもらえば、良いバトラーになるんじゃないかと思う。
「ありがとうございます、大和様」
キャロルも嬉しそうだ。
ユリアを正式に採用するかどうかは、フィールに戻ってから決めることになっていた。
だけどアテナやエオスが加わったことで、若干だが予定を変更する必要も出てきている。
当初の予定じゃ船を使ってメモリアへ行き、そこから陸路でフィールだったんだが、ハイドラゴニアンのエオスがマナと竜響契約を結び、俺がアテナと婚約したことで、フロートへも寄らなければならなくなった。
だからエオスが竜化して、フロートまで飛んでくれることになっている。
幸いにも、ユリアはみんなからも高評価を得ているから、フロートで正式採用の手続きを取るつもりもあったんだが、先に本人に伝えておいた方が良いだろうから、今回通達させてもらうことにしたという訳だ。
「あ、ありがとうございます!」
深く頭を下げるユリアだが、眼尻には涙が浮かんでいる。
そこまで感動しなくてもいいと思うが、正式採用されなかったらフロートで短期の派遣を繰り返すことになってたんだし、先行きがどうなるか分からなかったんだから、不安もあったってことなんだろう。
「というわけだ、エド。ユリアの一式も頼むぞ」
「わかってるよ。ラウス、キャロル。後でユリアを借りるぞ」
「分かりました」
「よろしくお願いします」
フロートに戻ったら、ウイング・クレストへの加入手続きも行わないとな。
それと瑠璃色銀を使った武器と防具も頼まないとだが、ユリアは細剣を得意にしてるから武器はそれで良いとして、その細剣とコートの装甲のデザインを決めてもらわないといけない。
マリサさんやヴィオラ、エオスでさえけっこうな時間が掛かったから、ユリアも時間が掛かるだろうな。
まあ今はコートの製作はしてないから、マリーナの手は空きやすいはずだし、特に問題は無いか。
そういや武器といえば、アテナとエオスの武器はどうなったんだ?
「エド、アテナとエオスの武器は?」
「エオスの斧は、さっき完成したぞ。後は使い勝手を見てから微調整だな。アテナの槍は、悪いがまだだ。だからプリムの試作を貸してやってくれ」
ハイドラゴニアンのエオスの武器を優先してもらってたから、アテナの槍が出来てないのは仕方ないか。
だけどアテナもハイドラゴニアンに進化できたから、なるべく急いでもらいたいところだな。
「そういうことなら仕方ないか。エオス、その槍はアテナに渡してくれる?」
「かしこまりました。アテナ様、どうぞ」
「ありがとう、エオス。借りるね、プリム」
「ええ」
プリムから借りていた試作翡翠合金斧槍を、アテナに手渡すエオス。
アテナの槍はスピア系だから、ハルバート系の試作翡翠合金斧槍は使いにくいとは思うんだが、斧刃を使わなければ大丈夫か?
「エド、アテナの槍はどれぐらいかかりそうなんだ?」
「早くて明日の夜だな。守護者とやる前には出来るようにするつもりだが、断言はできねえ」
早くて明日の夜だが、守護者と戦う前にできるかどうかも分からないか。
だけど急いで仕上げてもらってもナマクラにしかならないんだから、ここは多少時間掛かっても、しっかりと仕上げてもらうべきだ。
使い勝手は違うだろうがプリムの試作翡翠合金斧槍もあるし、守護者はゴールド・ドラグーンだから、アテナが接近戦を挑むことはないだろうしな。
「分かった。迷宮にいる間にできなくても良いから、その分しっかりしたのを頼む」
「あいよ」
迷宮で試し斬りができないのは残念だが、こればっかりは仕方ないからな。
「おまたせ。これがエオスの手斧だよ」
アテナの武器についてエドと話していたら、マリーナがエオスの斧を持ってきた。
作業中だったから部屋に置いてたってことか。
「これが私の斧……」
エオスの斧は片刃斧が2丁だが、デザインはどちらも同じだ。
だがそのデザイン、竜の翼みたいになっていて、色は深碧色だ。
「ああ。後は微調整だが、こればっかりは使ってみないと出来ねえからな」
確かに使い手に合わせた調整は、使ってみないと何とも言えないからな。
だけどエドの作る武器は、しっかりと使い手の事を考えて作られているから、微調整もすぐに終わる。
それにエオスは、この中で一番ハンター歴が長いから、すぐに使いこなしてくれるだろう。
「後は銘ですね」
「銘……私が決めてよろしいのですか?」
「もちろんだ。使い手が決めなくて、誰が決めるんだって話だからな」
オーダーメイドの、しかもエオス専用の武器なんだから、名前を付けるのはエオス以外いない。
マリサさんやヴィオラも最初は恐れ多いって言ってたが、自分の武器であり相棒でもあるんだから、名前はしっかりと付けないとな。
「わかりました。それではこの手斧は、ラピスライト・バルディッシュとさせていただきます」
そうきたか。
確かバルディッシュは、ロシアで使われてた斧だった気がする。
斧っていうより薙刀って言った方がいいようなデザインだったと思うんだが、ヘリオスオーブだと片手用の斧の名称になってるから、特におかしなところはないか。
試し斬り相手はMランクモンスターになってしまうが、これは勘弁してもらおう。




