龍の巫女
学園の日々が過ぎていく。花純は寝込んでいた事が嘘のように活発に行動をしていた。
ロイヤルブラッドとの仲間と共に充実した日々を送っているようみえた。
そして、私の新しい婚約者が決まった。相手は悪名高い神楽坂家当主であった。
神楽坂家は七大名家のひとつではあるけど、孤立している。優れた異能の持ち主ではあるけど、当主は気狂いといわれ暴虐非道の行為を平然と行う。その悪名は全国まで届いていた。
あの七里ヶ浜麗華でさえも手が出せない相手。
鎌倉を拠点としており、その地域一帯は神楽坂家以外は不可侵の場所であった。
歴代最低の当主との婚約。母様から直接言われたわけではない。朝起きたら文書が置かれてあっただけ。
学園を卒業したら、私は神楽坂家のある鎌倉へと向かう。
私はもう家族から見放されている。居場所なんてない。。今までも、これからもずっと心を殺していけばうまく生きていけと思っていた。
……でも、もう私は違う。
自由になるって決意したんだ。だから、絶対に言いなりになったりなんてしない。
婚約の義は来月。それまでは学園で生活をする。
……やっぱり私は未だにこの学園生活が慣れなかった。だって、今まで仲が良かったクラスメイトが――悪意をこちらに向けてくるんだ。
私は教室でいじめにあう事を覚悟したけど、何故かそれは起こらなかった。ただ、無視されるだけの日々。
そして、時折、柳小路君と石神さんが私に話しかけてくる、
「おう、スミレ、てめえは野菜が好きか? 栃木は野菜がうまいんだ。持って帰るか?」
「あんな、スミレさん。もうちょい髪型どうにかせえへん? それ自分で切ったやろ? あんな、豊洲に良い美容室があるんや」
別々の時もあれば、一緒に話しかけてくる時もある。
「あ、あの、私と話すと、花純が……」
強い言葉を使ってもなかなか引いてくれない。花純は二人が私に話しかけている事に気がついている。母様に報告しないか内心焦っていた。
そして、教室で柳小路君がいなくなった時――
親友だった――西園寺さんが私に話しかけてきた。
「ちょっとさ、あんた調子乗ってない? あんたのせいで花純さんは超迷惑したじゃん。なんで柳小路と話しているわけ? カーストの違い分かってる?」
以前、異界の亀裂であやかしに急襲された時、私は身を呈して西園寺さんを庇った事があった。敵を倒した後、二人で笑いあった。
何故か、その時の記憶が頭に浮かんだ。頭を軽く振ってそれを消し去る。
「ごめんなさい……」
私はそう言って席をたって、教室を出ようとした。
「ちょっとあんた待ちなさいよ! もっとちゃんと謝りなさいよ!」
西園寺さんの声に異能が伴う。
私は西園寺さんに蹴られた。無様に転んでしまった。
「……花純、止めなくていいのか?」
「ええ、別に構いませんわ。二人のいざこざですから」
私は後ろを振り返った。花純と静流様がいた。二人はただただ、私を冷たく見下していた。教室の雰囲気が異質のモノへと変化していく。
暴力は身体が痛いだけで苦痛じゃない。でも、心が傷つくと、どうしようもなく痛くなるんだ。
今、ここで自分が殺される事を考えずに、花純の目の前で入れ替わっていた事を全部暴露したらどうなるんだろうう? みんなどんな反応をするんだろう?
それに、あの儀式の日から、私の力は日に日に強くなっていた。それを解放したらどんな風になるんだろう?
あの儀式の日、私は花純と区別をつけるために、母様に髪を適当に切られた。
私はポッケに入れてヘアバンドをつけた。久しぶりに視界がはっきりとする。
ノロノロと立ち上がり、西園寺さんに睨みつける。身体の奥底にある力を――
「あんた何見てるのよ! 底辺なら底辺らしくしていなさいよ!!」
すべての力を解放して、西園寺さんの吹き飛ばそうとしたけど――出来なかったよ。
だって、そんな事をしたらここにいる全員死んじゃう。
それに、花純が焦った表情をしていた。私が自暴自棄になると思ったからだ。
「や、やめましょう。姉様、あなたも謝ってください。私の友達を馬鹿にした事を」
ここで謝ればすべて丸く収まる。でも――私は何か悪いことをしたの?
多分、ここが私の分岐点。
自分が少しでも強いと思っていた、でも、違った。結局、家の言いなりになって自分の身を守っているだけだった。自分の強さでは母様に勝てない。……母様に勝って何をしようと考えているの?
「早く謝れっていってるんでしょ! この役立たず!」
西園寺さんが異能の力を私にぶつけようとした時――、反射的に私は西園寺さんを結界で吹き飛ばしてしまった。天井に叩きつけられて力なく落ちる西園寺さん。
花純が息を飲んだ。
突然の事態に教室が騒然とする。西園寺さんは苦しそうにのたうち回る。
クラスメイトの全員が西園寺さんに駆け寄る。私には敵意を悪意の視線。
うん、それでいいよ、もう。
静流様が私の胸ぐらを掴んだで頬を叩いた――
パンッという音が教室を静かにさせる。
「貴様が俺の大事な妹を傷つけたのか? 花純の姉だからと言って俺が容赦すると思ったのか……」
西園寺静流。西園寺家の次期当主候補。私の――元婚約者様。
静流の事は好きでも嫌いでもなかった。ただ、婚約者として好かれるように立ち回った。
静流の怒りに満ちた声。うん、たまに聞いていたけど、結構怒りっぽいんだよね。
ふと静流様から告白されたときの事を思い出した。
ここは静流が私に『正式に俺の婚約者になってほしい、花純、愛している』と言われた場所だ。
私はコクリと頷いた記憶がある。でも、あれは花純の記憶であって、スミレの記憶じゃない。
静流は再び――手を大きく振りかぶり、私の頬を叩いた。
強烈なそれは、私の意識を刈り取りそうになる。女性に奮っていい類の力じゃない。
「この事は西園寺家から七里ヶ浜家へ正式に抗議する。ふんっ、こんな事如きで俺と花純との婚約者揺るがないが、貴様は家から追い出されろ。貴様と家族になる未来をみたくもない」
人の変わりようというのは本当にすごい。もちろん、花純の演技が良いというのもあるんだろう。
かつて、愛していると言われた男性に、ここまでの悪意を抱かれるのは興味深いものがあった。
もう一度手を振り上げた時――教室の空気が止まった――
振り上げた手を降ろされなかった。私は涙で視界がぼやける。なんでここいいるかなんてどうでもいい。
私は、私は、やっと、会えたんだ。
「蓮夜様っ……」
蓮夜様は静流様の身体を強く押してどかした。そして私の身体を支える。
「ああ、スミレ待たせた。……迎えに来たぞ」
私は蓮夜の手を掴む。
瞬間、私の中にあった何かが暴れ出す。感情が抑えきれない――
「でも、私、神楽坂家と婚約を……」
「安心しろ。神楽坂家は俺が潰した。ふっ、神楽坂家は俺のものだ。ということは、スミレの婚約者は――俺だ」
わたしは思わず口を手で抑えた。じゃないと、歓喜の声をあげそうだったから。
自然と涙が出ていた。
蓮夜様が私の目尻を優しく触る。
「……もう大丈夫だ。俺がスミレを守る」
そして蓮夜は静流様を睨みつけた。
「貴様、西園寺家ごときが俺の婚約者に手をあげたな……」
詠唱もなく、蓮夜様の術が展開される。静流様は異能で対抗しようとした瞬間、身体が黒板に叩きつけられた。
「ぐはっ……、き、貴様……、こ、この俺に手をあげたな……。何者だ」
「俺は龍の化身の『極楽寺蓮夜』だ。極楽寺家は知っているだろ? 貴様らの序列とは別枠だ」
その言葉を発した瞬間、教室は驚きの声で埋め尽くされた。
「あ、あの伝説の極楽寺家??」
「昔につぶれたんじゃなかったのかよ!」
「伝説の龍……。の化身だよね?」
「ああ、龍そのものって言っていいらしいよ」
「七大名家なんて比べ物にならない。この国の最大の守護者だ」
蓮夜が倒れている静流様を見下ろした。
「……惚れた女の顔もわかないのか、貴様は……。鬼に襲われて意識がなかったのが花純の方だった。お前は親父から聞いていないのか?」
その言葉に、再び教室が一層ざわついた。
静流様が私と花純の顔を見合わせていた。花純の表情が全てを物語っていた。
それを見た静流様は――発狂したような慟哭をあげていた――
「お、俺は、俺は!!! だから、好きになれなかったのか!? くそっ、俺はまた間違えたのか!!! 俺は……」
私に向かって手をのばそうとする静流様。蓮夜は「二回叩いたな」といいながら、静流様の頬を強く叩いた。
静流様は泣きながら意識を失ってしまった。
教室の生徒に視線が花純へと向かう。
「だからおかしかったんだ」
「うん、だって全然違うんだもん。性格悪くなってたからどうしたのかと思った」
「まってくれよ、なら、俺、花純さんの悪口言ってたんだ……」
「私も……馬鹿にしてたわ。……あんなに良くしてくれたのに」
「私なんて、命を助けてもらったのよ……それなのに、スミレさんの事馬鹿にして……」
ロイヤルブラッドの人間を含め、教室の生徒たちから感じるのは罪悪感。
蓮夜様はそんな空気を気にせず、私の手を握ってきた。
「さあ俺の故郷に行くぞ」
「……はいっ! ……ありがとうございます」
「ふん、俺は約束を破るのが嫌いなだけだ。それに、俺は龍の化身であって……その、龍の巫女を娶らなければ……」
「相変わらず早口になりますね。蓮夜様……、私を幸せにしてください」
連夜様は私の手を強く握って答えてくれた。
「……ああ、一目惚れだからな」
これは、落ちこぼれと言われた私が、運命の人と出会い幸せを掴む話。
ありがとうございました!最後に作品の評価を★でおねがします!




