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公爵夫人は謎解きがお好き  作者: 灰猫さんきち
第2章 公爵夫人の魔力相談室

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09:先祖の厄介な置き土産

 穏やかな午後。賢者の塔の書斎は、古い紙の匂いと、微かに漂うお茶の香りに満たされている。

 私の目の前では、夫であるセオドア様が、山のような古文書を驚異的な速さで読み解いていた。呪いから解放された彼の頭脳は、以前にも増して冴え渡っているらしい。まるで高性能な自動書物整理機だ。


「セオドア様、こちらの文献に面白い記述が」


「ああ、それはアシュベリー家の第三代当主が残した魔力循環に関する論文だな。理論は面白いが、いささか理想論に過ぎる。実践するには、制御系が脆弱すぎるだろう」


「まあ、さすがですね。一目見ただけで」


「君こそ、この膨大な資料の中から、的確にそれを見つけ出すのだから大したものだ」


 こんな風に会話を交わしながら二人で研究に没頭する時間が増えた。夫婦であり最高の研究パートナー。偽りの契約から始まった私たちにしては、上出来すぎる結末だろう。


(まったく、うちの旦那様は、人を褒める時もどうしてこう回りくどいのかしら)


 心の中でそっと毒づきながらも、彼の言葉が素直に嬉しい。私も大概、絆されてしまったものだ。


 そんな穏やかな日常は、いつだって予告なしに破られるのがお約束らしい。


「――た、頼む、セオドア! アリアーナ嬢も! 力を貸してくれ!」


 文字通り扉に体当たりするような勢いで書斎に駆け込んできたのは、王宮騎士団長のアレクシス様だった。普段の快活さはどこへやら、その顔は真っ青で金の髪は汗で額に張り付いている。


「アレク? 何事だ、その無様な姿は」


「無様で結構! それどころじゃないんだ! 王宮の地下宝物庫で、管理していた古代遺物が暴走しかけてる! 強力な魔力のバリアが張られて、王宮魔術師も誰も近づけないんだよ!」


 アレクシス様が、ぜえぜえと息をしながら説明する。

 その古代遺物とは、かつてアシュベリー家の先祖が作り、王家に献上した「魔力蓄積装置」。要するにうちの御先祖様が残した、厄介な置き土産というわけだ。


「はぁ……。またうちの一族がご迷惑を」


 セオドア様が深々とため息をついた。



+++




 王宮の地下宝物庫は、ひんやりとした石の空気に満ちていた。かび臭さと空気が焼けるような魔力の匂いが混じり合い、鼻をつく。

その最奥で問題の古代遺物アーティファクトが、不気味な紫色の光と、地鳴りのような唸りを発していた。巨大な水晶玉のような見た目だが、その表面には無数の亀裂が走って今にも破裂しそうだ。

 周囲では魔術師たちが必死に保護魔法陣を描いているが、さしたる効果が上がっているようには見えなかった。


「これが……。想像以上にまずいな」


 セオドア様が冷静な声で分析を始める。


「旧式の魔力蓄積装置だ。内部の循環構造に亀裂が入り、魔力が逆流している。放置すれば、この一区画が丸ごと吹き飛ぶぞ」


「なっ……! どうにかならないのか!」


「バリアが強力すぎる。並の魔法では干渉すらできん」


 アレクシス様が絶望的な顔つきになる。

 私は静かに一歩前へ出た。


「私が行きます」


「アリアーナ!?」


「あなたの魔力では、バリアを刺激して暴走を早めるだけです。でも、私の《《調律の力》》なら、魔力を乱さずにバリアを中和できるかもしれません」


 セオドア様の灰色の瞳が、心配そうに揺れる。だが彼はすぐに頷いた。私を信じてくれている。その事実が、私の心を強く支えてくれた。


「わかった。だが、無茶はするな。私が外から指示を出す」


「はい」


 私はゆっくりと、魔力の嵐の中心へと足を踏み入れた。全身が痺れるような圧迫感。だが、深呼吸をして、意識を集中させる。私の身体から穏やかで静かな波長の魔力が広がり、荒れ狂うバリアを優しく撫でるように包み込んでいく。

 ぴりぴりとした抵抗が、徐々に和らいでいった。


「よし、そのまま遺物に近づけ! まず、台座にある三つの制御結晶のうち、右のものに触れて、魔力の流れを逆方向に誘導してくれ!」


 セオドア様の的確な指示が飛ぶ。

 私は言われた通りに、水晶にそっと触れた。


「詠唱は?」


「古い起動言語のはずだ! 『静まれ』『還れ』『眠れ』! 短い単語で構成されている!」


 まさに阿吽の呼吸。彼が理論を組み立て、私がそれを実行する。私たちはいつの間にか、二人で一つの存在であるかのように機能していた。

 一つ、また一つと、制御結晶の光が鎮まっていく。

 だが最後の一個を止めようとした、その時だった。


 遺物が最後の抵抗とばかりに、一際強い魔力のパルスを放った!


「危ない!」


 私を庇うように、セオドア様が前に立つ。彼の手から展開された魔力障壁が、紫色の閃光をかろうじて防いだ。その一瞬の隙に、私は最後の水晶に手を伸ばし、ありったけの想いを込めて叫ぶ。


「――眠りなさい!」


 ふっ、と。

 まるで蝋燭の火が消えるように、遺物はすべての光と音を失い、ただの水晶玉に戻った。


「……終わった」


 私がその場に座り込むと、後ろから駆け寄ってきたアレクシス様が、呆れと感心の入り混じった声で言った。


「お前ら、本当にすごいな。夫婦っていうより、最高のバディじゃないか」


 塔への帰り道。アレクシス様からとりあえずの礼として押し付けられた、王家御用達の高級な焼き菓子を手に、私たちは並んで歩いていた。

 正式な報酬は後日届けられるそうだが、元々は公爵家の遺物が問題を起こしたのだ。自分たちの問題を自分の手で解決しただけなので、どんなものだろうか。


「君となら、どんな難問でも解ける気がする」


 セオドア様が少し照れくさそうに言った。


「ええ」


 私も満面の笑みで返す。


「私たち、最強のコンビですから」


 塔に戻って二人でお茶を飲みながら、さっきの菓子を頬張る。甘くて、優しい味がした。

 平穏な日常。愛する夫。これ以上の幸せはない。

 でも、と私は思う。

 この力があれば、もっと多くの人を、多くのものを、救えるのかもしれない。今日のように。


 私の胸の中に、兄が遺してくれた優しい光とはまた違う、新しい小さな灯火が宿ったような気がした。


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