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公爵夫人は謎解きがお好き  作者: 灰猫さんきち
第1章 偽りの花嫁

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05:友の来訪

 嵐の夜から数日後、塔に珍しい客人が訪れた。


「よう、セオドア! ちゃんと生きてるか、友よ!」


 現れたのは太陽をそのまま人にしたような、快活な青年だった。金の髪を無造作にかき上げ、王宮騎士団の豪奢な制服を少し着崩している。

 セオドアの数少ない友人、第二騎士団長のアレクシス・ヴァーミリオンである。書庫官に過ぎない私でも、彼の名前と顔くらいは知っている。


「うるさいぞ、アレク。お前の大声は塔に響く」

「はっはっは! 相変わらず可愛げのない奴だ。で、そちらの御婦人が噂の奥方か?」


 値踏みするような視線に、私は軽く会釈を返した。どうせ「公爵をたぶらかす平民の女」くらいに思っているのだろう。面倒なので、特に反論もしない。

 だがアレクシスは意外にも、私とセオドアが真剣に研究に取り組む様子を見ると、すぐに警戒を解いたようだった。


「なるほどな。お前が選んだ女だ。ただ者じゃないとは思っていたが」


 彼はセオドアの肩を軽く叩き(もちろん魔力遮断の手袋越しだ)、にやりと笑った。


「ちょっとこいつと話したい。奥方は悪いが外してくれ」




 +++




 アリアーナが部屋から出ていくと、アレクシスは表情を改めた。


「お前の叔父上の調査を進めている。正直、ほぼ黒だ」

「……そうか」


 セオドアは目を伏せる。


「ただ、最後の証拠がまだ上がっていない。お前のお抱え研究者、エリアス・グレンジャーだったか。彼に魔力暴走を意図的に引き起こした手段が不明だ」

「叔父は狡猾な男だ。そう簡単に尻尾は出すまい」


 言いながら、セオドアは部屋の扉を見る。かつては閉じられたままだった、アリアーナが開いてくれた扉を。


「私が結婚したことで、叔父は焦っているだろう。何かしらの動きを見せるはずだ。それを待つ」

「囮になるつもりか?」

「まあな。そのくらいしか、役に立てそうにない」


 寂しそうに笑ったセオドアに、アレクシスは意外そうな表情を返した。


「お前、変わったな。奥方のおかげかよ?」

「変わったと思うのなら、そうなのだろう。私は彼女の兄に報いるつもりで、この結婚を持ちかけた。だが……」


 彼はそっと首を振った。


「報われたのは、私だったよ。望めるはずのない温かさを、彼女は与えてくれた。これ以上はもう、返せそうにない」

「……任せろ。必ず捕まえてみせる」


 アレクシスは友の肩を叩く。

 たとえ手袋をしていたとて、こうして彼に恐れず触れるのはアレクシスだけだ。かけがえのない友だった。


「ああ。頼んだ」




 +++




 アレクシスはセオドアと二人きりで、何やら話をしていた。私は席を外したが、書斎から戻ってきたセオドアの表情が、いつもより険しくなっていたことには気づいていた。


 その夜、私はセバスチャンに、騎士団長の来訪について尋ねてみた。


「アレクシス様は、旦那様の数少ないご友人でして。旦那様の叔父君、ヴァルデマール公爵の動向をいつも気にかけてくださっているのです」

「ヴァルデマール公爵……」

「はい。最近、宮廷ではアリアーナ様の良くない噂が流れているとか。すべて、ヴァルデマール公爵の差し金でしょう」


 面倒なことになった。どうやら、敵は悠長に待ってはくれないらしい。

 その予感は、最悪の形で的中することになる。







 数日後の午後。


「セオドア、甥の顔を見に来てやったぞ」


 蛇のようにぬるりとした声と共に、その男は現れた。

 柔和な笑みを浮かべた、初老の紳士。しかしその目の奥には、獲物を前にした爬虫類のような冷酷な光が宿っている。

 セオドアの叔父、ヴァルデマール公爵。


「これは叔父上。わざわざこのような埃っぽい塔へようこそ」

「新しい奥方を迎えたと聞いてな。これはご挨拶せねばと思ったまでだ。……あなたが、アリアーナ嬢か。噂に違わぬ、愛らしい方だ」


 値踏みする視線が、私の全身を舐めるように這う。背筋に氷を押し付けられたような悪寒が走った。私は平静を装い、彼にお茶を淹れた。表面上は穏やかな会話が続くが、水面下では火花が散っているのがわかる。


「ありがとう。君の淹れた茶は格別だね」


 ヴァルデマールはそう言うと、カップを口に運んだ。その一瞬、彼の指先で何か銀色のものが光った――ような気がした。けれどそれはあまりに一瞬で、気のせいかと見過ごしてしまった。


 やがてヴァルデマールは満足したように腰を上げ、紳士的に挨拶をして去っていった。部屋の外、塔の階段を下っていく足音が聞こえる。

 危機が過ぎ去ったような安堵感に、私はセオドア様を見るが。


「……とんだ置き土産を置いていってくれた。だが、これで証拠が上がる」


 彼が皮肉っぽく呟いた、その時だった。


 ガシャン!

 彼の手から、ティーカップが滑り落ちて砕け散る。

 セオドア様は胸を押さえ、その場に膝から崩れ落ちた。その顔は見たこともないほど苦悶に歪み、白い喉から押し殺したような呻き声が漏れる。


「セオドア様!?」


 私の悲鳴が、静寂の塔に木霊した。

 穏やかだったはずの午後は、一瞬にして悪夢へと姿を変えたのだった。

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