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公爵夫人は謎解きがお好き  作者: 灰猫さんきち
第3章 水面下の戦い

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46:小さな未来

 ラザラスとの戦いから、数ヶ月が過ぎた。

 私たちの国を蝕んでいた「魔力枯渇現象」は、「調律」によって正常化されたマナ・クリスタルのおかげで、ゆっくりと快方へと向かっている。賢者の塔は、以前の日常を取り戻していた。


「――できました、セオドア! ついに!」


「ああ、見事な出来栄えだ、アリアーナ」


 私とセオドアが二人で編纂を進めていた『実践魔術教本・初級編』が、ついに完成したのだ。セオドアの天才的な理論と、私の「魔力相談室」での経験則を組み合わせた、これまでにない画期的な教科書だった。


 そんな達成感に満ちたある日。騎士団長のアレクシスから、一通の華やかな招待状が届いた。


「結婚……アレクシス様が?」


「ふん。あの朴念仁にも、ようやく春が来たか」


 親友のめでたい知らせに、セオドアは憎まれ口を叩きながらも、口元は嬉しそうに緩んでいた。彼のそんな人間らしい表情を見るたびに、私の胸は温かいもので満たされる。


 結婚披露パーティーは、王宮の広間できらびやかに催された。

 私たちが会場に足を踏み入れると、もはや好奇や侮蔑の視線を向ける者など、どこにもいない。誰もが私たちに、親しみと感謝の眼差しを向けてくれていた。


「公爵様、奥様。先日は、我が騎士団へのご指導、誠にありがとうございました」


「アリアーナ様、あなたの『調律』のお話、我が魔術師団の若者たちも、大変参考にさせていただいております」


 次々と挨拶に訪れる人々に応対しながら、私は一年前には想像もできなかったこの状況に、少しだけ眩暈がするような思いだった。

 その時ふと輪の隅の方で、一人の少年が憧れの眼差しでじっとこちらを見つめているのに気がついた。


「こんにちは。何か、私にお話でも?」


 私が声をかけると、少年はびくりと肩を震わせて、顔を真っ赤にした。年は十歳くらいだろうか。騎士になることを夢見る貴族の少年で、レオと名乗った。


「あ、あの! 僕は、アシュベリー公爵夫妻に憧れていて……! 特に、奥様の『調律』のお力に、とても興味があります! でも僕、魔力が弱くて、騎士にはなれないって……」


 俯く彼の姿に、私はかつての自分を重ねていた。本の虫で地味で、誰にも期待されていなかった、あの頃の私を。

 私は彼の前にそっとしゃがみこんだ。


「少し、あなたの魔力を見せていただけますか?」


 彼の小さな手に触れて、私は優しく「調律」の力を流し込む。

 ……これは。

 なんということでしょう。彼の魔力は決して弱くなどない。あまりにも繊細で、優しすぎるのだ。澄み切った水のように、あらゆる色に染まる可能性を秘めた、「共鳴型レゾナンス・タイプ」の魔力。


「レオ君。あなたは、才能がないのではありません」


 私は、彼の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。


「あなたの力は剣を振り、敵を打ち破るためのものではない。誰かの心を支え、その人の力を何倍にも引き出してあげるための、とても、とても優しい力なのです」


 私の言葉に、いつの間にか隣に来ていたセオドアも頷いた。


「君のその力は、使い方次第で、どんな攻撃魔法よりも強力な武器になる。興味があるなら、いつでも賢者の塔へ来るといい。我々が君の最初の師になろう」


 憧れの夫妻からの思いがけない言葉。レオ君の大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。絶望の涙ではない。希望の光を見つけた、喜びの涙だった。


 パーティーからの帰り道。美しい月が私たち二人を照らしていた。


「なんだか、不思議な気分です。かつて道に迷っていたばかりだった私が、今では誰かに進むべき道を指し示しているなんて」


「君が、それだけの道を歩んできたということだ」


 セオドアは私の腰を優しく引き寄せた。私はそっとその手を取って、私のお腹に当てる。

 彼の深い愛情に満ちた眼差しが、私に注がれる。


「我々の知識も、力も、こうして次の世代に受け継がれていくのだな」


「ええ。私たちの愛と血脈も」


 その言葉の意味を理解した瞬間、セオドアはこれ以上ないほどに目を見開いた。


「まさか、アリアーナ、本当に?」


「はい。パーティの前にお医者様に診ていただいて、間違いないと」


「なんということだ……! 私たちに子ができたなんて。アリアーナ、ありがとう! 本当に嬉しいよ!」


 彼は私を抱きしめようとして、はっと気づいたように体を離した。まるで壊れ物を扱うような態度に、ついくすくすと笑ってしまう。


「そんなに気遣わなくても大丈夫ですよ」


「だが、君はただでさえ私の至宝なのに、お腹に子どもがいるなんて。もうどうしていいか……」


「あらあら。天才のあなたでも判断ができないことが、あるんですね」


「からかわないでくれ、アリアーナ。……よし。明日から完璧な食事メニューを作って、生まれてくる子のためにベビーグッズのデザインも……」


 賢者の塔には、やがて新しい弟子が訪れるようになるだろう。

 そして私たち家族にも、新しい宝物が増える。


 偽りの結婚から始まった、私たちの物語。

 たくさんの回り道をしてたくさんの涙を流して、最高の幸せへとたどり着いた。

 私たちの戦いはひとまず終わった。

 これから始まるのは、どこまでも幸福で愛に満ちた新しい物語。その最初のページを私たちは今、二人でめくったのだった。


 私たちの物語は、これからも続いていく。


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