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公爵夫人は謎解きがお好き  作者: 灰猫さんきち
第3章 水面下の戦い

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44:幻影の軍勢

 ラザラスが片手を掲げたのを合図に、聖堂の壁画から溢れ出した幻影の軍勢が、地を揺るがす勢いで私たちに襲いかかってきた。古代の鎧をまとった兵士、異形の獣。そのどれもが並の騎士など一瞬で蹂躙するであろう、禍々しい魔力を放っている。


「――来るぞ、アリアーナ!」


「ええ!」


 絶望的な数の敵を前に、セオドアは一歩も引かなかった。

 彼の指先から、詠唱すら伴わない無数の光の槍が放たれて、先頭の幻影兵たちを貫く。同時に、私たちの周囲には幾重もの防御結界が展開され、四方八方からの攻撃を防いでいく。天才魔術師の面目躍如といった、まさに神業の応戦。


 だが、敵は無限だった。

 打ち破られた幻影兵は、壁画から魔力を供給されて即座に再生。再び襲いかかってきて、その数を減らすことがない。セオドアの額に、じわりと汗が滲む。呼吸がわずかに荒くなっている。


(このままでは、追い詰められて負ける……!)


 私は胸のペンダントが展開する結界の中で、歯噛みした。彼が消耗しきる前に、何か、何か打開策を見つけなければ。

 私はただ守られるだけの存在ではない。私は、彼のパートナーなのだから。

 私は「調律」の力を極限まで高め、一体一体の幻影兵が持つ、魔力の「質」を読み解こうと試みた。


 すると、あることに気づいた。彼らは単なる魔力の塊ではない。その核には、それぞれ固有の「物語」……「逸話」が宿っている。


 その時、巨大な斧を振り回す屈強な幻影兵が、セオドアの結界に強烈な一撃を叩き込んだ。

 巨大な斧と、何もかもを打ち砕くような一撃。英雄の面差し。見覚えがある!

 私の脳裏に、幼い頃に兄と読んだ神話の一節が、まるで稲妻のように閃いた。書庫に入り浸って物語を読んで、父に叱られた思い出。


 ――お兄ちゃん! 次のお話、読んで!


 ――ああ、いいぞ。アリアーナは本当に本が好きだね。さて、次の英雄は竜殺し。強大な竜の血を全身に浴びて不死身になったが、その時、左足の踵に木の葉がついていた。おかげでそこだけ竜の血を浴びそこねて、弱点になってしまった……。


「セオドア!」


 私は叫んだ。


「あの戦士の弱点は、左足の踵です!」


「――承知した!」


 私の言葉に、彼はすぐさま応えた。そこに一点の迷いもない。私たちの信頼の証だった。

 セオドアは防御を私に任せて、全魔力を一点に集中させる。彼の指先に灯った光は、やがて針のように鋭く、細く収束していった。

 放たれた一撃は、戦士の猛攻を紙一重でかいくぐり、的確にその左足の踵を撃ち抜いた。

 派手な爆発などはない。ただ、ぷすん、と。風船が萎むように、それまで無敵に見えた巨人の幻影が、悲鳴もなく光の粒子となって霧散した。

 そのまま復活はない。壁の絵そのものが消えて去っている。


「……なぜだ。なぜ、古代英雄の弱点を知っている!」


 ラザラスは、初めて焦りの色を浮かべた声を上げた。

 好機は逃さない。


「セオドア、次は右翼の鷲の兵士! 伝承では、心臓ではなく、三枚目の風切り羽が魔力の核です!」


「あの双剣使いは、月光の下でしか真の力を発揮しないという逸話があります! この聖堂に月はありません! ならばきっと、天井に描かれた月が力の源」


 私の「神話知識」と「調律による逸話の特定」。

 セオドアの「超精密な魔力攻撃」。

 二つの切り札が組み合わさった時、絶望的だった戦況は、面白いように覆っていった。私たちの反撃に、ラザラスの顔がみるみるうちに怒りと屈辱に歪んでいく。


「小賢しい真似を!」


 追い詰められたラザラスが、これまでとは比較にならないほどの魔力を壁画に注ぎ込んだ。召喚されたのは、三つの首を持つ巨大な魔犬、地獄の番犬ケルベロス。その咆哮は、広い聖堂を震わせた。

 セオドアは即座に私を庇い、ケルベロスと対峙する。だがその隙に、残っていた数体の幻影兵が私に狙いを定めて迫ってきた。


 セオドアが必死に私の方を見るが、ケルベロスの猛攻を凌ぐのが精一杯。とても間に合わない。

 私の頭を目掛けて、幻影の戦士の剣が振り上げられる。


(ここまで、か……)


 諦めかけた瞬間。私は、見てしまった。

 ラザラスが幻影兵を召喚するために、壁画そのものに魔力を供給している、その「流れ」を。


(……そうよ。本当の敵は幻影兵たちじゃない。この歪んだ物語そのものなのよ!)


 この状況、今この時。私にできる最大限のことを、必死で考える。セオドアがいつもそうしていたように。

 ペンダントの防御結界を最大に展開。その力のすべてを、ラザラスの魔力が注がれる壁画へと向ける。


「あなたの歪んだ物語は、私が『調律』します!」


 私の力は破壊ではない。鎮静。調和。寄り添って相手の言葉を聞き取ること。

 荒れ狂う物語を根源から鎮めて、あるべき場所へと還す。

 私の「調律」の波長を受けた壁画から、悲鳴のような音が響いた。迫っていた幻影兵たちが、まるで絵の中に吸い込まれるように、次々とその姿を消していく。


「なっ……! 私の英雄譚が、私の聖域が……!」


 最大の戦力を無力化され、ラザラスは愕然とした表情で立ち尽くす。

 だが彼の瞳に宿る光は、まだ消えてはいなかった。

 彼はゆっくりと振り返ると、背後にある巨大なマナ・クリスタルに向かって手をかざした。


「――ならばこの私が、神の力で、あなた方を裁きましょう」


 マナ・クリスタルからおびただしい量の魔力が、彼の身体へと流れ込んでいく。その身体はまばゆい光に包まれ、やがて人ならざるものへと、その姿を変容させ始めた。

 最後の戦いが始まろうとしていた。


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