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公爵夫人は謎解きがお好き  作者: 灰猫さんきち
第2章 公爵夫人の魔力相談室

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38/46

38:盗まれた首飾り3

「私に策がある」


 セオドアが不敵に微笑んだ瞬間、私は確信した。この事件はおそらく常人には到底思いつかないであろう、奇妙キテレツな方法で解決へと向かうのだと。


 彼の作戦――名付けて「暴走ゴーレム討伐作戦」の全容を聞かされたアレクシスは、案の定、「お前は正気か!」と頭を抱えた。無理もない。公爵自らが魔法人形を暴走させて、暴走を口実に商人の屋敷を破壊するなど前代未聞の計画だ。


「本当に大丈夫ですか……?」


 若干の不安に襲われた私に、セオドアは優しく微笑んでみせる。

 彼の微笑みはいつもなら私の心を落ち着けてくれるのだが、今回ばかりは効き目が薄かった。


「心配はいらない。全て計算の上だ。人的被害はゼロ、物的損害はバルガス邸の壁と金庫のみ。そして弁償の責任は全て私にある」


 あまりにも自信満々に言う夫に、アレクシスは深いため息をついて折れた。


「……失敗したら、お前を真っ先に逮捕するからな」


 彼なりの協力の言葉だった。







 翌日の昼下がり、計画は実行に移された。

 セオドアは「自律型ゴーレムの公開実地試験」と称して、例の土製ゴーレムをバルガスの屋敷からほど近い空き地へと運び出した。もちろん、見物人が集まるように事前に噂は流してある。


「では、起動する」


 セオドアが厳かに宣言した直後、ゴーレムはけたたましい音を立ててショートし、赤い魔力光を目から放ちながら暴れ出した。


「いかん! 制御不能だ! 皆、離れろ!」


 セオドアの白々しい、しかしながら迫真の演技。見物人たちがパニックに陥る。ゴーレムはあらかじめプログラムされた通り、一直線に商人バルガスの屋敷へと突進していった。


 どっかーーーん!

 屋敷の豪華な塀を突き破り、手入れの行き届いた庭を蹂躙するゴーレム。屋敷の窓から顔を出したバルガスが、顔面蒼白で卒倒しそうになっているのが見えた。ゴーレムは彼の悲鳴などお構いなしに、目当ての壁――金庫が埋め込まれた部屋の外壁――を、その巨大な腕で殴りつけ始めた。

 町が大混乱に陥った、その時だった。


「そこまでだ、悪しき泥人形め!」


 凛とした声と共に、一体の鋼の騎士が現場に駆けつけた。賢者の塔の守護者、番人さんだ!

 番人さんは喋れないので、事前に声を吹き込んでおいた。声優は何を隠そうこの私、アリアーナ・アシュベリー。セオドア特製のボイスチェンジャーで、凛々しくも神秘的な青年の声になっている。


 なお声の吹込みを行った際、やたらとセリフをたくさん喋らされた。

 そんなに使わないでしょう? と言ったのだが、セオドアは生真面目な顔で「君が出かけた時に寂しくないように、繰り返し聞けるようにする」と。

 うちの夫にも困ったものである。


 番人さんの勇姿を認めて、町の人々が声を上げた。


「あれは……賢者の塔のリビングアーマー!」


「街を守りに来てくれたんだ!」


 番人さんは時折、騎士団と一緒に町の巡回をしている。中身がからっぽの不思議な鎧として、市民に人気なのだ。


 民衆の歓声の中、番人さんはゴーレムの前に立ちはだかる。暴走するゴーレムと、鋼の騎士の対決。

 その戦いは凄まじい迫力だった。ゴーレムの岩の拳を、番人さんは鉄の腕で受け止める。ゴーレムの剛腕をいなし、投げ飛ばす。計算された完璧なヒーローの登場だった。


 戦いのクライマックス、番人さんはゴーレムを捕らえると、その巨体を持ち上げて渾身の力で問題の壁へと投げつけた。

 轟音。

 土煙が晴れると、そこには大破したゴーレムと、見るも無残に破壊された壁、そして――その向こうに転がる魔法金庫の残骸があった。極めて頑丈だったはずの魔法金庫も、特別製ゴーレムの重量と番人さんの投げ技の威力に、ひとたまりもなかったらしい。

 呆然とするバルガスのもとへ、セオドアとアレクシスが駆けつける。


「まことに申し訳ない、バルガス殿! 私の実験の失敗です。損害は全て弁償いたします」


 セオドアが深々と頭を下げる隣で、アレクシスが壊れた金庫を覗き込み、わざとらしく叫んだ。


「おや? これは……王妃陛下の秘宝、『月影の首飾り』によく似ているな!」


 その一言が、全てにとどめを刺した。


 事件の収束は早かった。

 現物が目の前にあれば、盗人たちが言い訳できるはずもない。逮捕されたバルガスと魔術師ハンスは、全ての罪を自白した。首飾りは無事に王妃の元へと返され、侍女長からは後日、涙ながらの感謝の手紙が届いた。






 賢者の塔には、いつもの穏やかな夕暮れが戻っていた。

 王妃から感謝の印として贈られた最高級の紅茶を飲みながら、私は窓の外を眺める。庭では今回の功労者である番人さんが、セバスチャンにピカピカに磨き上げられていた。その傍らではファントムが、同じく王妃から贈られた銀のおもちゃを追いかけて遊んでいる。


「それにしても今回は、派手に壁を壊して、肝が冷えましたよ。まったく、あなたという人は……」


「結果的に、全て丸く収まっただろう?」


 隣で微笑む夫の顔を見上げ、私は小さくため息をつく。確かにそうだ。彼の奇策がなければ、王妃の心は今も曇ったままだっただろう。

 それにしたって、もう少しやりようがあったのではないかと思うが。


 とはいえ番人さんとゴーレムの大立ち回り、最後に壁が大破壊された様子などは、見ていてスカッとしたものだ。

 セオドアに言うと調子に乗りそうなので、言わないけど。


 私たちの魔力相談室は、今日もまた(少しだけ変わったやり方で)人の心を救った。その事実が夏の終わりの涼しい風と共に、私の心を温かく満たしていくのだった。




お読みいただきありがとうございます。

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