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公爵夫人は謎解きがお好き  作者: 灰猫さんきち
第2章 公爵夫人の魔力相談室

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29:呪いの森と消えた娘3

 すべてのピースが、はまった。

 ジュリアとアルフレッドは、頑固な伯爵を出し抜くために「ウィリの森」の伝説を逆手に取り、壮大な狂言失踪を計画した。協力者は娘の幸せを願う母親と、自らの自由を願う聡明な婚約者。完璧すぎる筋書きだ。

 私たちは、伯爵にこの真相を突きつけることはしなかった。そんなことをすれば、若者たちの計画が台無しになってしまう。

 代わりに再び伯爵領を訪れて、ウィリの森へと向かった。

 アルフレッドが毎夜のように森へ通っているのには、表向きの悲しみ以外の理由があるはずだ。


 夜の森は、昼間とは比べ物にならないほど不気味な雰囲気をまとっていた。白い霧がまるで本物の亡霊のように、私たちの足元にまとわりつく。木の枝が風に揺れて、苦しにのたうつ人の腕のように見えた。


 森の入り口に、彼は一人で佇んでいた。

 アルフレッド。

 その姿は、もはや悲嘆に暮れる恋人のものではなかった。丈夫な旅装束をまとい、小さな革袋を肩から下げて、決意に満ちた顔で森の闇の向こうをじっと見つめていた。


 私たちが霧の中から姿を現すと、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。が、すぐに観念したように、ふっと微笑んだ。


「……すべて、お見通しでしたか。公爵様、奥様」


 彼はすべてを語ってくれた。

 父親である伯爵の、古い家柄だけを重んじる圧政。身分の差を超えて愛し合った、ジュリアとの誓い。そして自由を求めて手を取り合った協力者との、大胆不敵な計画のすべてを。

 アルフレッドが毎夜この森に来ていたのは、追っ手を警戒たから。ウィリに魅入られたように装うことで、父親の警戒を解いた。その後にジュリアが待つ場所へ旅立つ最適なタイミングを、計っていたのだ。







「僕は、ジュリアと共に生きます。それが僕の選んだ人生です」


 アルフレッドの瞳には、もはや貴族の跡継ぎの甘さはない。一人の男としての揺るぎない光が宿っていた。

 真っ直ぐな覚悟を感じて、私は心からの敬意を込めて言う。


「素晴らしい覚悟です。あなたのその想いこそが、どんな呪いよりも強い、本物の魔法なのでしょうね」


 すると隣にいたセオドアが、懐から革袋を取り出した。いかにも重そうなそれを、アルフレッドに差し出す。


「これは、餞別だ」


 中を開けてみせる。新天地で新しい生活を始めるには、十分すぎるほどの金貨が入っていた。


「君たちの計画は、感心するほど見事だった。だが世の中は、愛と理想だけでは渡っていけない。これは君たちの覚悟に対する、私からの投資だと思え」

「こ、こんなものを……! 受け取れません!」

「受け取れ。未来の自分に投資できん男は、愛する者一人、守れんぞ」


 セオドアはもう一つ、分厚い羊皮紙の束を渡した。


「隣国の地理と経済、主要産業に関する、私の最新の分析レポートだ。君たちが新しく事業を始めるのに、最も適した定住先の候補地を、三つほどリストアップしておいた。SWOT分析もつけてある」

「すうぉっと……?」


(いつの間に資料なんか作っていたの。どこまで論理的、いえ、過保護なのかしら。この人は……!)


 セオドアは自分が認めた相手には甘い。今回もきっと、アルフレッドの計画に感銘を受けたのだ。

 身分差で引き裂かれた恋人たちが、諦めなかったこと。協力者を募り、駆け落ち計画を実行可能なまで磨き上げ、やり遂げようとしていること。

 協力してやりたくなったのだろう。

 夫の不器用な優しさと、あまりの用意周到さに、もはや呆れるしかなかった。







 アルフレッドは深々と頭を下げた。


「このご恩は、一生忘れません」


 そして彼は一度も振り返ることなく、夜の闇へと一歩を踏み出した。彼の未来には、多くの困難が待ち受けているだろう。だがその足取りは、希望に満ちて力強かった。

 愛する人との新しい生活が、アルフレッドに力を与えている。

 私たちは彼の背中が闇に消えるまで、消えてからもしばらく、見送っていた。


 翌日、私たちは伯爵に報告した。


「調査の結果、息子さんはウィリの呪いからは解放されました。しかし彼の心は、まだ失われた恋人を深く悼んでおります。しばらくは旅に出て、この土地を離れるよう勧めておきました。どうか今は、そっとしておいて差し上げてください」

「そうですか。公爵ご夫妻がそうおっしゃるのであれば……」


 息子が死ななかったことに安堵した伯爵は、渋々ながら受け入れた。


 賢者の塔に戻る馬車の中、窓の外には夕焼けが広がっている。

 美しい光景は、若者たちの門出を祝福しているようにも見えた。


「まるで演劇のような事件でしたね」


 私が言うと、セオドアは珍しく、感傷的な響きを込めて答えた。


「そうだな。だが我々の物語の結末は、悲劇ではない。愛が死を乗り越えるのではなく、愛があるからこそ、生きて未来を掴む物語だ」


 後日。賢者の塔に差出人不明の絵葉書が届いた。

 住所はただ、隣国の国名だけが書かれている。

 裏面には、小さな花屋の店先の風景。満開の花々に囲まれて幸せそうに微笑む、アルフレッドとジュリアの姿が、温かいタッチで描かれていた。


 若者たちの未来が、幸多いものでありますように。

 絵葉書を胸に抱きしめて、隣に座る愛しい人の肩に、そっと頭を預けた。


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