表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵夫人は謎解きがお好き  作者: 灰猫さんきち
第2章 公爵夫人の魔力相談室

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/46

26:予言魔術師の死3

 セオドアはそれから一晩中、書斎に籠もりきりだった。そして翌朝、目の下にうっすらと隈を作って出てくると、私の前に一枚のグラフを差し出した。

 そこにはレオニダスの過去数年間の予言とその的中率が、冷徹なまでに客観的な数値で示されていた。


「見ろ、アリアーナ。彼の力は明らかに衰えていた。特に個人の未来に関する詳細な予言は、ここ一年ほぼ外れている。彼の権威は過去の栄光と、曖昧な表現でどうとでも取れる予言によって、かろうじて保たれていたに過ぎない」


 そのグラフが示す事実は、あまりに雄弁だった。

 稀代の大予言者の伝説は、すでに崩壊していたのだ。


「まさか……では、あの最後の予言も」


「ああ。あれは、未来を視た神託などではない。彼自身が書き上げた、最後の脚本だったのだ」


 私たちは再び、三人の弟子を占星術の塔に集めた。アレクシスも、固唾を飲んで私たちの隣に立っている。

 セオドアは静かに話し始めた。その場にいる全員の魂を貫くような声だった。


「この事件は殺人事件ではない。そして、予言の成就でもない。これは一人の老人が自らの権威の失墜を恐れて、伝説を守るために仕組んだもの。壮大な自作自演の末に起きた、あまりに悲しい事故だ」


 セオドアは的中率の記録という動かぬ証拠を突きつけながら、レオニダスが描いた狂気の脚本を暴いていく。

 権威の失墜を恐れた彼が、自らの死を「完璧な予言の成就」として演出し、永遠の伝説として歴史に名を刻もうとしたこと。

 そのための哀れな生贄として、最も精神的に脆く彼に心酔していた弟子、カシウスを選んだこと。


「先生は……僕に、『お前が私を殺すのだ』と、何度も、何度も……夢の中にまで現れて……」


 カシウスが泣きながら、精神的に弱っていた様を告白する。師として重圧を掛ける以外にも、魔術を使って精神に干渉していたのだろう。

 レオニダスは予言の夜、追い詰められたカシウスが、恐怖と混乱から自分に攻撃してくるように仕向けていたのだ。


「馬鹿な! では師は、一体どうやって死んだというのだ! カシウスは何もしていない!」


 ゼノンが、信じられないというように叫んだ。

 その時だった。


「……私が、殺したのです」


 震える声で呟いたのは、ずっと黙って涙を流していたエリアーラだった。


「私が、先生の部屋を訪れなければ……先生は、死なずに済んだ……!」


 彼女はすべてを告白した。

 エリアーラは師の計画と狂気に、ただ一人気づいていた。師が自らの名誉のために、自ら死を選ぼうとしていること。そして同じ弟子であるカシウスを、人殺しに仕立て上げようとしていることに。

 彼女は事件の夜、他の二人の弟子が集まる前に、密かにレオニダスの部屋を訪れた。計画をやめるよう、涙ながらに説得したのだという。


「先生、おやめください! そんなことをしても、誰も幸せになりません!」

「私の伝説を汚すな! 邪魔をするな、エリアーラ!」


 計画を邪魔され、激昂したレオニダス。彼を止めようともみ合う中で、悲劇は起きた。

 レオニダスは誤って、カシウスが攻撃してきた際の「保険」として自らが椅子に仕掛けていた、微弱な心臓衝撃の魔術罠に自ら触れてしまったのだ。

 彼の死に顔が「驚愕」に染まっていたのは、自らが描いた脚本とは、全く違う結末を迎えてしまったから。

 レオニダスの死は、予言の成就でもなければ殺人でもない。ただの哀れで滑稽な、偶発的な事故死だったのだ。


 ゼノンとカシウスが師の部屋の前にやってきた時には、既に扉の向こうのレオニダスは死んでいた。

 エレオノーラはその事実を伏せて、あたかも予言が成就したかのように見せかけた。密室内の謎の死であれば、師の威厳が保たれると考えて。







 エリアーラの涙の告白に、ゼノンとカシウスはただ言葉を失っていた。

 アレクシスは重々しく頷くと、「国王陛下には、私から報告しよう。マスター・レオニダスの死は、予言の成就による原因不明の謎の死として、公式には処理されることになるだろう」と告げた。エリアーラが、罪に問われることはない。

 だが彼女は言った。静かな口調だった。


「いいえ。この罪は、私が一生背負ってまいります。先生の過ちも、先生をお救いできなかった、私の弱さも」


 その瞳には、もはや単なる崇拝の色はない。一人の魔術師として、強く悲しい覚悟が宿っていた。

 その覚悟は残された二人の弟子たちの心をも、変えたようだった。

 ゼノンは自らの野心の小ささを恥じるように、深く頭を垂れた。


「エリアーラ、カシウス……すまなかった。俺が、師が汚した宮廷魔術師団の名誉を、必ず取り戻す。それが、俺の贖罪だ」


 カシウスは涙を拭うと、震えながらもエリアーラのそばに寄り添った。


「これからは僕が、あなたを守ります。僕たちの未来はもう、先生の予言の中にはないのだから」


 師の死と罪は、皮肉にも残された三人の弟子に、本物の絆を与えたのだった。







 賢者の塔に戻った私たちは、書斎の窓から霧雨が上がった後の美しい月を眺めていた。

 一つの事件は終わった。だが私の心には、あの不吉な予言が小さな棘のようにずっと引っかかってた。


「偽りの救世主……調律の乙女……。セオドア。あの予言は、力が衰えた彼の最後の悪あがきが見せた、ただの戯言だったのでしょうか」


 セオドアは、月の光に照らされた私の顔をじっと見つめながら、静かに答えた。


「戯言かどうかは……いずれ我々の目の前で、この世界が証明することになるだろうな」


 その声は、あまりに静か。雨上がりの月と相まって、どこか非現実的な雰囲気を漂わせる。

 それがかえって、これから訪れるであろう避けられぬ嵐の気配を、孕んでいるかのようだった。


 セオドアが私の方を優しく抱き寄せた。

 私たちの平穏な日常の裏側で未来の嵐が、静かに胎動を始めている。

 そんな確かな予感が、私の胸を冷たく締め付けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ