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公爵夫人は謎解きがお好き  作者: 灰猫さんきち
第2章 公爵夫人の魔力相談室

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23:静寂の森2

 私の魔力感知とギデオンの案内を頼りに、森の最深部、森の生命力を司る巨大な古木を目指した。

 近づくにつれて空気中の魔力が、目に見えるかのように禍々しく歪んでいく。ついにたどり着いたその場所で、私たちは言葉を失った。


 天を突くほどの巨木。その威容は神々しささえ感じさせる。けれどその根元は、まるで病に侵されたように黒く変色していた。黒ぐろとした邪悪な魔力を放っている。

 そして、その中心に。

 心臓に突き刺さるナイフのように、一本の黒く錆びついた杭が深く打ち込まれていた。


「……あの、杭は……! あれは、叔父の。ヴァルデマールの研究室にあったもの」


 セオドア様の声が、震えていた。

 それは、かつて彼の叔父ヴァルデマールが開発していたもの。生命力を吸い取り、魔力を汚染するための呪いの道具だという。


「間違いない。どうしてあれがここにあるんだ」


 ヴァルデマールが失脚する前に、ここに打ち込んでいったのは確かだ。その呪いが何年もの時間をかけて、この森全体を静かに蝕み続けてきた。

 理由は恐らく、セオドアを追い詰めるため。セオドアにさっさと死んで欲しかった叔父は、安息の場所が気に入らなかったのだろう。


「……あの男……ッ! 私だけでなく、この森まで……! よくも……ッ!」


 セオドアの周囲で風が吹き荒れた。地面が震える。彼の身体から溢れ出した魔力が、かつての呪いを彷彿とさせるほどの危険な嵐となって荒れ狂う。背後でギデオンが悲鳴を上げた。

 自分の過去の因縁が、唯一の安息所であったこの森を死に追いやっていた。その事実が怒りと深い自責の念で心を焼いている。


「許さん……! 許さんぞ、ヴァルデマールッ!! あぁ、でも、私がここに来たから森が狙われたのか……私のせいで……」


 激情に駆られるセオドアの背中を、私はありったけの想いを込めてそっと抱きしめた。


「――あなたのせいでは、ありません」


 彼の震えが伝わってくる。


「これはあの男が残した罪です。怒りと憎しみは呪いを強めるだけ。お兄ちゃんも、きっとそう言うはず」


 私の言葉を聞いて、彼の身体から少しずつ力が抜けていく。


「今のあなたには、この森を救う力がある。……私と一緒に」


「そうだ。そうだった。きみと一緒に……」


 セオドアはゆっくりと頷いた。

 呪いの杭を無力化するための、極めて高度な解呪式の詠唱を始める。その声にもはや怒りはない。鎮魂歌を思わせる静かで感謝と哀悼に満ちた声が、森の奥に響いた。

 同時に私は、弱りきった大樹にそっと手を触れる。


「大丈夫。もう怖くないから。悪い夢は、もう終わり」


 私の調律の力が、大樹の枯れかけた生命力に温かい光を注ぎ込んでいく。

 彼が呪いの毒を取り除き、私が新たな栄養を与える。

 私たちの力は一つになって、死にかけた大木に命を吹き込んだ。


 セオドアの詠唱が終わると、黒い杭は甲高い音を立てて砕け散り、光の粒子となって消滅していった。

 その瞬間、大樹の幹から温かく柔らかな光が立ち上った。森全体に木霊するように広がっていく。

 枯れていた枝に、小さな新芽が一斉に芽吹く。鳥たちのさえずりが、どこからともなく聞こえてきた。森が再び、命の息吹を取り戻したのだ。


「森が、生き返った……!」


 ギデオンが喜びの声を上げる。

 風が吹いて、木々の梢をさざなみのように揺らした。その涼やかな音は、森の喜びの声のよう。


『ありがとう』


 そんなかすかな声が、そっと囁くように耳元で聞こえた。







 賢者の塔への帰り道。

 夕日に照らされながら、セオドアが静かに言った。


「……ありがとう、アリアーナ。君がいなければ、私はまた怒りに我を忘れるところだった。君は森だけでなく、私の癒えない過去の心も救ってくれた」


「立ち直ったのは、あなた自身の力。私は少しお手伝いしただけです。森を救ったのは、二人の力ですよ」


 私は微笑んで、彼の手を握る。伝わる体温がとても嬉しい。


 数週間後。森林官のギデオンから、感謝の手紙が届いた。森で咲いたという花の冠が同封されている。

 素朴で可愛らしい野の花で、生き返った森の生命力を感じるものだった。


「アリアーナ。かぶってみてくれ」


「いいのかしら?」


「私がかぶるわけにもいかないだろう」


 美しい彼であれば、花冠も似合いそうだが。

 私が花冠を頭に乗せると、セオドアは少しだけ照れたように、でもはっきりと呟いた。


「……綺麗だ」


 この人の過去が完全に癒える日はまだ来ていない。それだけ辛く苦しい半生を過ごしてきた。

 でも今は、こうやって笑いあって生きていける。

 それが何より嬉しくて、誇らしかった。





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