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公爵夫人は謎解きがお好き  作者: 灰猫さんきち
第2章 公爵夫人の魔力相談室

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20/46

20:盗まれた夢2

(……見つけた)


 間違いない。この人だ。この歪んだ執着こそが、あの残穢の正体。


 塔に戻った私たちは、書斎で推理の最終確認を行った。


「まず今回の問題は、セレスティーナ嬢の眠りにかなり特殊な術が使われている点だ」


 セオドアが言う。私は頷いた。


「古代魔術の『夢見の術』の応用ではないでしょうか。禁術指定されていますが、侯爵家の権限を使えばアクセスは可能です」

「夢見、か。あれは術者の精神汚染リスクが高すぎるゆえに、禁術になったのだったな」

「はい。術を使ううちに感情が歪んでしまったのか、それとも元からそうだったのか。今はそこまではわかりませんが」


 二人でため息をついた。


「ライオネル伯爵令息は、動機はあるが、これほど巧妙な古代魔術を使えるとは思えん。エルザ先生は、動機が希薄だ」

「ええ。そして、イザベラ様は、その魔力の『紋様』を隠そうとしました。自分の犯行だと白状しているようなものです」

「決まりだな」


 セオドアは書棚から一冊の禍々しい装丁の禁書を取り出した。


「古代の精神干渉呪術。解呪するには、こちらも相応の準備が必要になる。アリアーナ、明日すべてを終わらせるぞ」


 彼の青灰色の瞳に、冷たい決意の光が灯っていた。







 翌日。侯爵邸の応接室には、侯爵夫妻と三人の関係者が集められていた。重々しい空気が部屋を支配している。


「単刀直入に申し上げます。セレスティーティーナ嬢が眠り続けているのは、病でも呪いでもありません。ある人物が、極めて悪質な古代呪術を使い、彼女の『夢』を、今も盗み続けているからです」


 セオドアのその一言に、部屋がどよめいた。

 彼は淡々と、しかし有無を言わせぬ迫力で、私たちの推理を披露していく。ライオネル伯爵令息とエルザ先生の動機。そのどちらでもないこと。そして犯人だけが持ち得る、特殊な古代魔術の知識。

 すべての状況証拠が、一人の人物を指し示していた。


「――犯人はあなたですね。イザベラ様」


 追い詰められたイザベラが、金切り声を上げた。


「証拠でもあるというの!? あなたたちの根拠のない憶測でしょう!」

「証拠なら、ここに」


 私は静かに立ち上がると、眠るセレスティーナの傍らに膝をつき、その金色の髪にそっと触れた。


「残穢となって残る、決して消すことのできない、魔力の『紋様』が、ここにあります」


 私は『調律』の力を解放する。セレスティーナの魂に絡みつく、異質な魔力の残穢をその場にいる全員が感知できるように増幅させた。次に震えるイザベラに向き直る。


「残穢は今、あなたから発せられている、その歪んだ執着の魔力と、寸分違わず完全に一致します!」

「……っ!」


 観念したイザベラ様の口から語られたのは、あまりに歪んだ独善的な愛情の物語だった。

 彼女は天使のように純粋なセレスティーナが俗世の男と結婚し、汚れた現実に触れることが、どうしても許せなかった。


「あの子は永遠に美しく、穢れのない夢の世界で、幸せに生き続けるのよ! それがあの子にとっての本当の幸せ! これが、私の愛なの!」


 独白が熱を帯びる。侯爵夫妻が恐ろしいものを見る目で姪を見つめた。







「――茶番は終わりだ」


 セオドアが冷たく言い放つ。彼の手には、解呪のための複雑な術式が描かれた羊皮紙が握られていた。

 彼が厳かに詠唱を始めると、私の「調律」の力がその術式の道標となった。

 イザベラがセレスティーナから盗み、自らの中に溜め込んでいたおびただしい数の『夢』が、光の蝶のように解き放たれて、本来の持ち主であるセレスティーナの魂へと、次々と還っていく。

 部屋の中に夢の幻がこぼれた。どれもが美しく無邪気な夢。幼子の理想をそのまま映し出したような、現実離れするほどに儚い夢の胡蝶たち。


 イザベラが叫ぶ。


「嫌! 返して! あの子は私のものなの!」


 光の蝶を掴もうとするが、夢の欠片は指をすり抜ける。イザベラは蝶を捕まえようとして、踊るように身を巡らせた。

 きらきら、きらきら。狂ったように踊る女と、幻の蝶。光と影が交差する。

 幻想的で、そして――悲しい光景だった。


 すべての夢が還った時、ベッドの上の少女の長い睫毛が、ぴくりと震えた。

 一ヶ月の長い長い眠りから覚める。青い瞳が、ゆっくりと開かれた。

 ベッドのそばにひざまずいた侯爵夫妻が、涙を流しながら娘の名を呼んでいた。


 事件の後、侯爵家は家の醜聞が広まることを恐れて、精神を病んだイザベラを遠方の修道院に送ることで、事を収めたという。目覚めたセレスティーナは、心に深い傷を負いながらも、両親の本当の愛に支えられて少しずつ回復へと向かっているらしい。


 賢者の塔に戻った私は、今回の事件の記録をカルテに記しながら、深い疲労と共に大きなため息をついた。


「人の心は魔術よりもよほど複雑で、厄介ですね」


 するとセオドアが、私のために淹れてくれた温かいお茶を、そっとテーブルに置いてくれた。


「ああ、全くだ。だが」


 彼は私の隣に座ると、優しく微笑んだ。


「だからこそ、君のような光が必要なのだろう。暗闇に隠された小さな真実も見つけ出す、君のような光が」


 その素直な言葉に、私の疲れなどどこかへ吹き飛んでしまった。

 お茶を一口飲む。うん、おいしい。

 かつてのセオドアは研究以外は不器用で、お茶入れも失敗ばかりだった。でも私のために練習を重ねて、今ではこの通り。

 私の愛おしい夫は、優しい頑張りやさんなのだ。


 私たちの「魔力相談室」の歴史に、また一つ忘れられないページが加わった。

 これからも厄介で悲しくて、やりがいのある日々が続いていくのだろう。

 最高に頼れる、最愛のパートナーと共に。




お読みいただきありがとうございます。

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