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公爵夫人は謎解きがお好き  作者: 灰猫さんきち
第2章 公爵夫人の魔力相談室

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15/46

15:オペラ座のファントム?1

 劇場の舞台はライトアップされて、ヒロイン役を務める女性が歌声を響かせている。

 美しい歌声は、高く低く。劇場の隅々まで届いては、人々の心を震わせた。


「ブラボー! ブラボー、リリアーナ!」


 拍手喝采が轟いて、劇場を満たした。プリマドンナは深々とお辞儀をしている。

 感動のるつぼに飲み込まれた劇場は、ますます高く拍手が巻き起こった。


 ――そんな光景を見つめる、一対の瞳がある。

 舞台の上方、細いキャットウォークの闇に身を潜めて、真下の舞台を眺めている――。




 ◇




 賢者の塔のいつもの穏やかな午後は、舞台役者のように大げさなノックの音によって、唐突にその幕を閉じた。


「公爵様! 奥様! どうか、この王立歌劇場の危機を、お救いください!」


 応接室のソファで、ほとんど泣きそうな顔で訴えているのは、王都で最も歴史ある「王立歌劇場ロイヤル・オペラハウス」の恰幅のいい支配人だった。


(まただわ。どうして、厄介事というのは、こうも芝居がかった登場人物を連れてくるのかしら)


 私は、淹れたばかりの紅茶の繊細な香りが飛んでしまわないように、そっとカップに蓋をした。

『公爵夫人の魔力相談室』は今やずいぶんと有名で、色々な事件が飛び込んでくる。今回もまた、風変わりな事件がやって来たのだ。


 彼の話によると、由緒正しき劇場は今、深刻な幽霊騒ぎ――彼らはそれを『オペラ座のファントム』と呼んでいるらしい――に見舞われているのだという。

 誰もいないはずの客席から啜り泣きが響く。ひとりでに鍵盤が下り、物悲しいメロディを奏でるピアノ。宙を舞う楽譜。ここまではまあ、古い建物の怪談としてはよくある話だ。

 だが最近になって、『ファントム』は行動を変えた。今度の新作オペラの主役を大抜擢で射止めた期待の新人プリマドンナ、リリアーナ嬢に、明らかに敵意を向け始めたという。


「舞台稽古中に、彼女を吊り上げるワイヤーが勝手に巻き上がり、宙吊りになったかと思えば、次の日には、丹精込めて作られた彼女の舞台衣装が、まるで獣に引き裂かれたかのようにズタズタに……。楽屋の鏡には、毎夜のように『去れ』という血文字が浮かび上がるのです!」

「……ちなみに、その血文字の成分は?」


 セオドアが冷静に尋ねる。


「え? ああ、はい。調べさせましたが、どうやら上質なクランベリージュースだったようで……」

「……ずいぶんと、お洒落な幽霊ですこと」


 私の皮肉な感想に、支配人は「笑い事ではございません!」とさらに涙目になった。


 巷では、まことしやかに噂が囁かれているらしい。

 ――数十年前、不慮の事故で亡くなった伝説のプリマドンナ・イザドラの亡霊が、自分と同じ役を射止めた若き新人の才能に嫉妬して、呪いをかけているのだと。

 イザドラは劇場を作った初代オーナーの妻。プリマドンナとして劇場を盛りたてていたが、ある日、劇場内の事故で亡くなってしまった。失意のオーナーは気力を失い、劇場を他人に売り渡して姿を消したという。


「ほう。数十年前の幽霊ときたか。実に興味深い」


 セオドアが青灰色の瞳を、分厚い魔導書から上げた。とはいえ、彼が興味を持ったのは幽霊などではない。


「王立歌劇場は、王国で最も古い『魔術的舞台機構マジック・ギミック』が、今も現役で使われていると聞く。心霊現象とされるものも、ギミックの影響下にあるかもしれんな。一度その精巧な術式構造を、詳細に調査してみたいと思っていたところだ」


 まったく、この人は。私の愛する夫は、いつだって純粋な知的好奇心の暴走機関車なのだ。


「でも、セオドア。危険があるかもしれませんよ。幽霊はともかく、ギミックが暴走していたら」

「その時はちゃんと君を守るよ。安心してくれ」


 私は半分呆れながらも、この奇妙な依頼を引き受けることにした。何より才能ある若きプリマドンナが、こんな下らないことで未来を絶たれてしまうのは、あまりに不憫だったから。







 その夜。真夜中の歌劇場は、昼間の華やかさが嘘のように静寂と暗闇に包まれていた。ひんやりとした空気、幾千もの観客の熱狂を吸い込んだ、分厚いベルベットの椅子の匂い。そして舞台の上から漂う、微かな埃っぽさ。


「支配人は、イザドラが数十年前に亡くなったという舞台地下……『奈落』には、絶対に近づくなと言っていたな」


「ええ。つまり、そこが一番怪しいということですね」


 私たちは軋む階段を降りて、奈落の下へと足を踏み入れた。そこは様々な舞台装置が眠る、巨大な機械室のようだった。

 迷路のような空間を調査していると、それは始まった。

 カタン。背後で小道具の木箱が、ひとりでに倒れた。

 私たちの頭上で古いシャンデリアが、きらきらと光の欠片を散らしながら、ゆっくりと揺れる。

 ポロン、ポロンとピアノの音がする。物悲しいと言うよりは、ただのデタラメだ。小さな子どもが鍵盤をいたずらで叩くような、メロディと言えない音の連続が響いている。

 足元を風が吹き抜ける。さわさわと足に何かが触れた、気がした。


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