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公爵夫人は謎解きがお好き  作者: 灰猫さんきち
第2章 公爵夫人の魔力相談室

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10:迷える騎士1

 先日の古代遺物の一件以来、私は自身の「調律」の能力について本格的な研究を始めていた。

 私の魔力は、攻撃や防御といった派手な現象を起こすものではない。乱れた魔力の波長を感じ取り、それに寄り添い、穏やかな流れへと導くだけだ。あまりに地味で、書庫の片隅で埃を被っているような能力。そう思っていた時期も、私にはあった。

 だが、セオドア様は違った。


「これは、既存の魔法体系を覆しかねない、まったく新しい概念だ。アリアーナ、君の力は、傷を癒やす治癒魔法とも、精神に干渉する魔法とも違う。いわば、魔力そのものの『調律』――いや、『調律師』そのものだ」


 彼は私の能力をそう評価し、自分の研究よりも優先して、そのメカニズムの解明に付き合ってくれている。まったく呪いが解けてからの彼は、過保護と紙一重の優しさで私を甘やかす天才になったらしい。


 そんなある日、私たちの穏やかな研究時間は、またしてもお馴染みの闖入者によって破られた。


「頼む! 今回ばかりは本当に頼む! 神様仏様アシュベリー夫妻様!」


「アレク、その妙な言い草はやめろ。鳥肌が立つ」


 騎士団長の威厳をどこかに放り投げたような情けない声で、アレクシス様が書斎に駆け込んできた。

 その後ろにはまだ若い見習い騎士といった風情の少年が、顔を真っ青にして俯いている。今回は国の危機、というわけではなさそうだ。どちらかといえば、もっと個人的で、切実な問題の匂いがした。


「一体どうしたんです、アレクシス様。その若い騎士の方は?」


「ああ、こいつは俺の部下のノアだ。最近、原因不明の魔力不調に悩まされていてな……」


 アレクシス様の話を要約すると、こうだった。

 見習い騎士ノアは数週間前から、剣に魔力を込めることができなくなったという。宮廷の魔術師に診せても原因は不明。騎士にとって魔力制御は生命線だ。このままでは彼は騎士の道を諦めるしかない。藁にもすがる思いで呪いを解いた専門家と、不思議な力を持つその奥方を頼ってきた、というわけだった。


(なるほど。賢者の塔が、駆け込み寺か何かに見えてきたのかしら)


 私は内心でため息をつきつつ、俯くノア君に視線を向けた。その全身から発せられる魔力は確かに弱々しく、そしてどこか歪んでいる。

 私はセオドア様と視線を交わし、静かに頷いた。


「ノア君、でしたね。少し、あなたの魔力を見せてもらってもいいかしら?」


「……はい」


 私は彼に椅子を勧めてその向かいに座った。目を閉じ意識を集中させる。私の「調律」の感覚が、彼の内なる魔力の流れを探っていく。

 ……これは。


「セオドア様。彼の魔力は、詰まっているわけではありません。弱っているわけでもない。これは……まるで、固く、固く結ばれた糸玉のように、複雑に『もつれて』います」


「もつれ、か」


 私の所見を聞き、セオドア様が腕を組んだ。


「魔力循環の経路に、精神的なストレスが物理的な『結節けっせつ』を形成している可能性があるな。何か、強いトラウマやプレッシャーを感じる出来事はなかったか?」


 その言葉に、ノア君の肩がびくりと震えた。アレクシス様が気まずそうに口を開く。


「……実は一月ほど前、大きな任務でな。ノアは仲間を庇って、結果として任務を失敗させてしまった。あいつは、そのことをずっと……」


「なるほど。責任感と無力感が、彼の魔力を内側から縛り付けているわけか」


 原因はわかった。だが問題はどう治すかだ。

 セオドア様が私に向き直る。


「力ずくで解こうとすれば、彼の魔力回路そのものを傷つけかねない。アリアーナ、君の力で、そのもつれを優しく解きほぐすことはできるか?」


「……やってみます」


 それは未知への挑戦だった。けれど目の前で絶望している少年を見捨てるなんて選択肢は、今の私にはなかった。

 私はノア君の前に立ち、両肩に軽く手を添えて、意識を集中させる。絡まった糸を一本一本、辛抱強く解きほぐしていくように。私の魂の波長を、彼の魔力にそっと同調させていく。

 詠唱は最初は弱く。もつれた部分は丁寧に。するりと解ければなめらかに。


「アリアーナ、彼の心臓付近の魔力抵抗が強い。詠唱のトーンを少し上げて、共鳴を促せ」


 傍らでセオドア様が的確なアドバイスを送ってくれる。一人じゃない。最強のパートナーが隣にいる。その事実が私に勇気をくれた。

 そうしてどれほどの時間が経っただろうか。ノア君の魔力のもつれは、少しずつだが確実にほどけていっている。

 でも何だろう。表面に見えるもつれだけではない、もっと深い何かがわだかまっているようにも感じるのだ。


『ごめんなさい』


 ふと声が聞こえた。

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