仮面に不織布マスク
ふーん、なるほどね。そういう感じね。そういう展開に持って行く訳ね。
まったく、あてつけがましい死に方しやがって。
それでは、お母様、只今より、あなたの可愛い息子が、あなたの死に顔を見てあげますよ。
この場所で振り返れば、背後にいるあなたのお顔を拝見出来ますよ。
なんたって首吊り自殺ですからね。さぞや惨たらしいお顔なのでしょね。
こぼれ出た舌。滴り落ちる涎。紫色の顔面。そうそう、目玉が飛び出ていたりして。
さあ、それでは参りましょう、いち、にーの、さん、で振り返りますからねえええ。
「いち、にーのおおお、さん!」
次の瞬間。
無音。
あれ。おかしいな。
悲鳴。
出ません。
なるほど、とてつもなくすさまじい恐怖に直面した時、人は流暢に叫び声など上げられないものなのでしょう。
空中を重く漂っている数時間前まで母だった物体の頭部に、かつての母の顔はありませんでした。
首の上には増女の仮面。
その口元に白い不織布マスク。
母は能楽の仮面を装着し、更に上から不織布マスクを装着した後、首を吊って死んだのです。
白い顔、細い目、起伏のない顔立ち、氷のように冷たい表情、その口元に白い不織布マスク。
何故、仮面に不織布マスクなのでしょう。
死の間際に錯乱したのでしょうか。
それとも後に死体を発見する息子に、自分の醜い死に顔を見せないための配慮でしょうか。
少し高い位置から僕を見下ろす、僕の存在を嘆き悲しむようなその眼光が、この新型コロナウイルス過の世界を憂いているかのようなその表情が、気が遠のくほどの恐怖となって、僕に迫まります。
「……ふーん、な、な、な、なるほどね。そ、そ、そ、そういう感じね。そういう展開に、も、も、も、持って行く訳ね」
声帯から辛うじて言語を絞り出します。
精一杯斜に構えて強がってみるのも、ここらが限界でした。
言葉を発した途端、胸と胎を逆さまにひっくり返すような不快感が走り、僕はその場で激しく嘔吐しました。
未消化の昼食と大量の胃液が、こぽこぽと床を流れます。
僕は、そのまま床にうずくまり、吐き続けました。
「うおおおおおおおお」
そして、胃の中から一滴の液体も出なくなった頃に、やっと眼前の恐怖に対して叫び声を上げる余裕が訪れました。
「うおおおおおおおお。うおおおおおおおお」
仮面と不織布マスクをした数時間前まで母だった物体の下で、
僕は頭を抱えて床をゴロゴロとのたうち回り、
ゲロまみれになりながら、喉が潰れるまで悲鳴を上げ続けたのでした。




