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第九十九話

 

 この世界においての家庭用魔導具は、日本での家電とはまた少し扱いが違う。

 現代日本においての電気やガス代などは、まぁあまり高額なものでもない。一人二人で暮らして月の電気代が一万円超えるなんてことは、夏場に毎日エアコンガンガン効かせてももほぼほぼないだろうと思う。

 この世界ではガスや電気といったものはインフラとして整備されておらず、そういった物に関しては薪を燃やすか魔石頼みとなる。照明のような簡単な物なら魔力を一時的に蓄えることで稼働したりするものもあるが、大型の魔導具でそれはない。魔石使用前提で造られている。

 火や暖なら火石、涼なら水石や風石と特定の魔石を要求するためランニングコストがとにかくかかる。一般家庭でも明かりは魔導具だが、かまどやお風呂は薪を燃やし、水は井戸を汲み上げるといったアナクロ具合が面白い。お風呂がついている家庭はそれほど多くはないらしいが。

 とはいえお金を積めばコンロもあるし、水も……私の浄化蒼石をもってしても効率が悪いらしいが、作れなくはない。

 魔導具と魔石さえあれば、かなり快適に過ごせるということは確かだ。

 明けて昼。そういった家電魔導具を専門に扱う魔導具屋さんでお風呂のボイラーと送風機……サーキュレーターのような物を仕入れて自宅へ向かう。他の家具はまだ購入していない。部屋の使い方を決めかねている。

 私は寝室が居間と分かれていればそれでいい。リューンと私は一緒に寝るわけで、個室一つを寝室にして、そこにベッドを置けばそれで十分だ。後は精々棚やハンガーラックなどを置けばそれで十分事足りてしまう。

 そして居間と残った個室の用途が……まぁ、ないわけだ。

「あのだだっ広い居間に冷暖房備えて生活するのは……色々と無駄だよね」

「天井も高いし……冷房も暖房もかなりの量が要るよ。二人だとちょっともったいなさすぎるよ」

「倉庫にしようにも、物があまりないからねぇ。大事な物はあっちにしまうわけだし」

 残った個室をリューンの作業場にするのが精々だが、わざわざ部屋を分けて作業しようともしないだろう。

「あって困るものでもないし、いいじゃない。それよりも、これで迷宮に入れるね?」

 船を下りて一週間そこそこ、私達は当初の目的を放り投げて自宅の清掃に明け暮れていた。冒険者を名乗るのはもう止めた方がいいと思う。

「木と布だけで大丈夫なの?」

「型を取るだけだからなんでもいいんだよ。剣を店に持っていきたくもないし、この手の加工は慣れたものだから。後で黒いの出してね」

 リューンは割りと何でも自分で作ってしまうので見ていて面白い。剣の鞘も、自前で型を取って武具屋に発注をかけるそうだ。まだ名付けはしていないけれど、鞘が完成するまでに時間もあるだろうし、そのうちお目にかかれそう。

 掃除の前に発注しておけよって話ではあるのだが……お家とお風呂対迷宮と鞘、私達は二人とも前者の優先度が高かった。


 家は土禁とした。窓の外からのものは結界石で防げるそうだが、中に持ち込んでしまうと意味がない。掃除も大変だし、玄関は無駄に広い。リューンもすぐに慣れた。

 試しに使ってみようと居間に机と椅子、それに黒いのを出してリューンに預け、窓を開けて送風機を外向きに回してみるも……意味ないな、これ。

 大して暑くはないが、窓を閉めて冷房の魔導具を稼働させても変化は見られない。この部屋はダメだ。

 暇なので台所で水の入れ替えを行う。自分でも試したが、ここの水は浄化なしでそのまま飲めるほど綺麗だ。

「まぁ一応浄化はするけどね……っと」

 我が身を捧げた甲斐もあって……水の保ち方もある程度理解できてきた。

 持ち歩いている水は、次元箱に入れておけば三日に一度の浄化を繰り返せば傷むことがない。四日になると怪しく、五日になるとお腹を壊す。

 傷んだ水を浄化し直せば飲めなくもないのだが……私は神力の訓練も兼ね、傷まないように定期的に浄化をかけている。

 水は大事だ。もっと水樽を仕入れておくべきか……ルナの迷宮は世界有数の大きさなわけで、万が一内部で遭難でもしたら……。

「水樽、塩、保存食……薬もあった方がいいんだけど……日持ちしないんだよなぁ……」

 この世界において、医療とはイコール魔法だ。大抵のものはこれで何とかなり、薬は補助的な物がほとんど。飲めばたちまち傷が癒える薬なんてものは売っておらず、私は幸いにもこれまで大きな怪我とは縁がなかった。走って転んで擦り傷を負ったり狼に飛びかかられて背中を怪我したりはしたけれど、その程度だ。

 しかし、今のままでいいとは思っていない。治癒……治癒はきっと大事だ。治癒使いが欲しい。どこかに落ちてないかな……リューンは適性がないらしいので使えない。私にはあるが、術式を刻むスペースがない。そもそもかろうじて使えるだけで向いていないらしい。

(仮に落ちていたところで、拾うとも限らないわけで……浄化できなくなるからなぁ。本気で法術師に擬態できるよう、考えてみないとダメかな)

 そもそも法術とは何かというところから始めなくてはいけない。リューンは私を法術師だと思っているので聞けない。そういった書物は購入していない。アホか私は。

 しかし、このポンプで水をカコカコするの……楽しいな。桶を釣り上げなくていいのは楽でいい。


 お風呂は問題なく機能した。湯の温度を調整するのに手間取ったが、広いお風呂が自宅にあるというのは最高だ。寒い中公衆浴場へ向かう必要がないというだけで……涙が出そうになる。

「うわっ、こんなに垢が……産毛もすごい……お肌つるつる! すごいよこれ!」

 女神式エステフルコースはご堪能頂けましたでしょうか。私はたまに自分でやっていたが、最初はそりゃあもう酷かった。リューンも似たようなものだ。喜び方も含めて。

 脱毛垢擦りに加えて全身のマッサージも念入りに行い、エルフは湯船で肌を撫でながらご満悦だった。マットでもあればよかったのだが、床の上にタオルを敷くだけで済ませたのは少し申し訳ない。

「これを独り占めしてたのはズルいよ。なんであんなにお肌綺麗なんだろうって思ってはいたけど……いいねぇ、これはいいよぉ……」

 にやにやしてるのが気持ち悪いが、まぁ気持ちは分からんでもない。私もそうだった。しかし、一層美人度が上がったな。よきかなよきかな。

「喜んで頂けて何よりだよ。自分以外に施したのは初めてだったから少し不安だったけど」

「サクラが洗ってくれると髪も綺麗になるんだよね……これ商売にしたら引っ張りだこだよ」

 お金になるといっても、迷宮で魔石一個浄化品にした方が圧倒的に儲かるわけで。エステを本業にする気は欠片ほどもない。


 それからしばらくは武具屋に鞘を発注しに行ったり、薄手の服を揃えたり、家具を買い込んだりと、迷宮行きの支度をしながら過ごした。何か違う気がするな。

 魔力を使うようになる前までは暇ができると迷宮に行っていたものだが、今は毎日枯れる寸前まで使い込めるので、暇だからと時間を持て余すことも少ない。庭も広い。近くに公園らしき広場もあるが、裏庭は人にも見られないし、荒れても誰に迷惑もかけない。身体を動かすには打ってつけの場所だ。

 そこで今、二人してチャンバラをしている。膂力を大体揃えて木刀が折れない程度に加減しての打ち合いだ。リューンは黒いのと同じくらいの長さの棒を、私は十手を使っている。

「ちょ、ちょっとたんま……きついよぉ……」

「人と打ち合うのも楽しくていいね。力を抑えれば大怪我しないし」

 久し振りに互いに水袋持参だ。新調したので使ってみたかった。

「その鈎がきついよ……何のためについてるのかずっと不思議だったけど、それ本当に武器だったんだね……」

 へたり込んでそうのたまう。何度も言っているのに……。

 引っ掛けて前に倒すでも後ろに引くでもすれば、武器が折れるか私の膂力に負けて相手の体勢が崩れる。そうなれば相手はだいたい死ぬ。リューンを殺しはしないけど、これで何本も木刀が折れたり隙ができて一本を取っていた。

「これは保険だよ。大抵の場合は武器を弾いた方が早いし」

「最初払われるだけで木剣折れて吹き飛んだもんね……。散々見てきたけどその馬鹿力、いざ対面するときついなんてもんじゃないよ」

「もっと上げたいんだよね、何か手段ないかな?」

「オーガでも目指してるの? やめてよ怖いから……。心当たりはないね、探せばありそうなものだけど」


 鞘は割りとあっけなく完成した。剣と同じ深い黒色をした金属製で、剣先と刃の部分を覆い隠して峰は剥き出しという……些か半端なようにも見えるが、形状が独特なので完全に覆い隠したら抜けなくなるのか。理に適っているのだろう。それをベルトで吊るしている。ベルトと鞘の着脱も簡単に可能なようだ。

「どう? 鞘まで備えると……剣士に見えるね。かっこいいよ」

「ありがとう。抜刀も納刀も問題ない、刃は極力鞘に当たらないようにしてあるし……大丈夫だよ。名付けしようと思う。──いいかな?」

「いいよ、やっちゃいな」

 一つ頷くと窓を閉めきった真っ暗な寝室で床の上に黒いのを置き、跪いて祈りを捧げ始めた。しばらく静かな時間が過ぎ、やがて黒いのとリューンの間に見えない絆のようなものが生まれ──ああ、これが名付けか。

 特に神が降りてきたり剣が光り輝いたりはしなかった。一見地味だが、確かに名付けは完了している。なぜだかそれが分かるような気がした。

(最悪私の神格が反応するかとも思ったんだけど……これはやっぱりうちの女神様によるものじゃないな。不壊の祝福は分からないけど、剣自体は普通の迷宮産の物だ)

 なにはともあれ、これで私のパートナーは無事にめでたく、黒い剣の正式な持ち主になったというわけだ。


「それで、結局名前はどうしたの?」

「他にいいのも思いつかなかったからね、『黒いの』にしたよ。これが一番しっくりくるっていうのも……まぁいいよ、気に入ってるし」

 窓を開けて椅子に腰掛けて向かい合う。ベッドやソファーだと鞘を外さなければならない。気分の問題かもしれないが……黒いのはお行儀よくリューンの腰に収まっている。そんな印象を受けた。

「早速迷宮に……ともいかないね、明日にして今日は身体動かしてみようよ」

「そうだね、名付けしたらかなり軽くなったから……びっくりしてるんだ。色々考え直さないと」

 ほお、そんな異変が……切れ味も、名付けする前は大したことないって言ってたもんな。一種の封印みたいなものなのだろうか。

 私の十手は剣ではないし、私の戦い方は剣術なんてものでもない。リューンは過去に習っていたということもあって、その動きは洗練されていて、こう……剣士! って感じがする。過去エイクイルの騎士達が戦っているのを見て感心したものだが、リューンのそれは、騎士達のそれよりも更に柔軟で、水に流れるように滑らかな動き方をする。ただ、その動きを外から視認できるのは身体強化が弱い間だけだ。

 強化の度合いを上げるたびに……これ絶対私より強いよね? 近づいたらなます切りにされそうな剣舞を見せる。ヒュンヒュンと振り回しているのに髪の毛一本斬り落とさないのだから、大したものだと思う。

 私が剛ならリューンは柔って感じ。これは迷宮が楽しみだ、試してみたいことは色々ある。

 試しにその辺に落ちていた小石を幾つか掴んで投擲してみる。私はノーコンなのでいくつもあらぬ方向へ飛ぶが、リューンは自身に当たりそうな物だけを全て黒いので切り払っていた。

「おー、やるじゃん。実は相当使ってたんじゃないの?」

「本当に少しかじっただけだよ……魔物狩ったこともないし。短剣で解体したりする方がよっぽど役に立ったくらいだよ」

 はにかんでそう言うが……これで狩れない魔物が町に出没でもしたら、その町は滅びるだろう。

「それに……これ、すごくいい。軽いし、自分の身体の一部みたいだよ……名付けって凄いね、こうなるんだね」

 気に入ってくれたようで何よりだ。それにまだ、『黒いの』の真価は発揮されていない。


 ルナの迷宮への入り口は無数……という程でもないが、数多くある。それらは別々の迷宮というわけではなく、中で一つに繋がっているらしい。

 地域や区画によって出現する魔物も違う上に、東では森なのに西では溶岩地帯とか、環境も異なるそうだ。階層毎を繋ぐ、大岩のような謎の黒い穴を経由して奥へ奥へ進んでいくという点は変わらない。

 ただ死層──死の階層があちらこちらの区域に点在しているらしい。避けることも楽だし迷宮も広く深い。自分に合った狩場を選べることから、ルナは大金使って船で長旅をしてでも訪れる価値があるのだと説明を受ける。

「ね、リューン聞いた? 死の階層いっぱいあるんだって、楽しみだね。全部回ってみようよ」

「馬鹿なこと言わないでよ。私これ使うのも魔物斬るのも初めてなんだよ? 今度付き合ってあげるから」

 自宅は役所群が近い。そして当然その中には迷宮の管理所のようなものがあり、私達はまずそこで説明を受けていた。

 ここはパイトよりも更に緩い。強盗や殺人などについては手配書が出るが、迷宮内で揉め事を起こしても一切自己責任でお願いしますといった感じ。ただ、それを迷宮の外に持ち出すとパイト以上に厳しい。迷宮で訓練を積んでいる歴戦の兵士が飛んでくる。これは後で知ったのだが、私の自宅の近くには兵士の訓練所や宿舎があり、あの公園や遊歩道、そして私の家の回りも余裕で巡回コースだった。治安最強。

 二人とも久々にフル装備で役所群から、そして自宅からも一番近い入り口へ足を向けている。ここは雨ざらしの大岩ではなく、建物の中にギルドと併設される形で入り口が用意されている。

「黒い穴……あれが入り口かな?」

「そうみたいだね。地図も貰ったし道程は任せるよ。初日なんだから無理だけはしないでね? 私のお願いはそれだけ」

 受付も依頼板もすっ飛ばして人が出入りしている穴へ向けて歩き出す。久しぶりの……死神以来の迷宮だ。リューンと一緒に入ったのはお酒を取りに行く前か、随分と経つ。



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