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第八十四話

 

 身体に付いた墨を拭いた後、買い物に行こうとしたところで問題が発生した。服を買いに行く服がないのだ。

 綺麗さっぱり頭から抜け落ちていた。普段着は魔導具で、魔力を吸うからダメ。日本から着てきた穴開き服は次元箱の中だし、そもそもこんな時期に着ていられない。他はパーカーと下着しかない。

「あぁ……そうだよ、ないんだった……しまったぁ……」

 下着もパーカーも多めに確保してあるので、最近は服に困るということがなかった。だがそれは全て、常に身に着けているレベルで着込んでいるキャミとホットパンツの魔導具あってのことだ。

 寝間着にしているシャツやズボンはあるけど……これでいいかなもう。サンダルに靴下に寝間着にパーカーに外套。乙女的には完全にアウトな恰好だが、魔導具を身に着けられるのは早くて三日後だ。その間も服がないのは流石に困る。

「マ、マント被ってれば外からはあんまり見えないよ。大丈夫だよ」

「そうだよね……今だけ我慢すれば大丈夫だよね。はぁ……」


 二人して西の三層を目指す。いつぞや逆ナン騎士少女にお勧めされた区画が西の三から五。とりあえずこの辺りを見て回ることにしていた。今は魔力を吸われるとまずいので、魔法袋はリューンに預けている。全財産が突っ込んであるので結構重いはずなのだが、身体強化を使っているのだろう、彼女の足取りは軽い。

「ねぇ、私達服のサイズそんなに変わらないよね?」

「そだね。背も肩幅も似たような感じだし、共有できるかもね」

「そうだよねっ! ふふ、姉妹いないから、こういうの何か楽しいな」

 私も服を共有するという経験はない。姉からのお下がりを貰ったことは昔あったはずだが、どうだったかな。

「私も楽しいよ。一人だと最低限必要な物しか買わないんだよね。しばらく時間あるし、ゆっくり選ぼうよ。私、王都ほとんど見て回ってないんだよ」

「そうなんだ、じゃあ私が色々案内してあげるよ」

 私は基本的にパンツルックを好む。激しく動くし、見えることを気にして戦うのは精神衛生上よろしくない。別にスカートを穿かないわけではないのだが、思えばそう短いものは……穿いてこなかった気がする。

 一方リューンはスカートを好んでいる。巷のエルフは私の見た限り、ズボン派とスカート派、半々くらいの印象があったのだが……彼女はズボンに一切足を通そうとしない。普段着もミニだし、この寒さも気にした様子なく、ミニ丈のを試着して回っている。

(っていうか、なんでこの時期にこんなにミニの種類があるんだこの店は……)

 そしてそんな彼女と一緒にいると、私もそういったものを試着させられるわけだ。


「ねぇリューン。流石にこれちょっと恥ずかしいんだけど……スカートはいいけど、もっとこう、裾の長い物がいいな」

「恥ずかしいって。サクラ、自分が普段どんな恰好してるか知らないの?」

「言わないでよ……魔導具じゃなかったらあんなの着ないわよ。少女って年でもないんだから……」

「と、年は関係ないわよ! 似合ってる物、着たい物を着ればいいじゃない!」

 エルフに年の話題はあかんらしい。覚えておこう。

「短いの似合ってるのに。サクラ肌綺麗だから、足出そうよ」

「それ冒険者としてどうなのよ。私最初は金属の製品でガチガチに固める予定だったんだよ?」

「絶対そんなのダメだよ! そんなの絶対に許さないよ。もうミニじゃなくてもいいから、スカート履こうよ。私スカート穿いたサクラに悪戯したいんだよ」

「なんでそんなにスカート推しなのよ……ミニ丈着るのはいいけど、ミディもロングも買うからね。リューン、寝間着はどうするの? スカートじゃ寒いでしょ」

「それはズボンでいいよ。あまり興味ないから、サクラが適当に選んで」

 リューンは楽しそうにしているし、私も楽しい。心地良い時間だ。


 その後いくつか店を回ったが、結局寝間着以外のズボンは全て却下された。

 魔導靴を脱いでいるから、ロングスカートがすね当てに絡まないか少し不安だが……その時は大人しくスカートは脱ごう。ホットパンツのみの方がいくらかマシだ。

 靴や下着、寝間着といくらかの私服を買い込んでその日は早めに宿へ戻った。途中で着替えればよかったのだが、私が寝間着パーカーでい続けたためにリューンが切れたのだ。

「うーん、サクラは長いスカート禁止! 短い方が可愛いよ、ねっ? お願い?」

「えぇ……ミニじゃなくてもいいって言ったじゃない……」

「あんなの口実だよ。絶対短い方がいいよ。動きやすいよ?」

 まぁそれは一理ある。周囲の目を気にしなければ、だけど。

「動きやすいのは分かるけど……じゃあ、タイツを──」

「絶対ダメッ!」

 このエルフは私が足を隠すことを認めようとしなかった。ロング禁止。膝下禁止。タイツ禁止。

「うぅ……分かったわよもう……。いいけど、ミディ丈までは認めて貰う、これは譲れないから。それと長いのも捨てないからね? 売りにもいかないよ?」

「うんうん、分かってくれて嬉しいよ。じゃあほら、ご飯食べてお風呂行こうよ。日が暮れると困るでしょ?」

 メガネを掛けられないわけで、いくら宿周辺が明るいとは言っても……困るなぁ、絶対に。しばらくはリューンに逆らえない。

「そうだね、早めに食べてゆっくりしようか」

 気力を切って一日活動していたので今日は疲れている。これでも日本にいた頃と比べて体力はかなりついていると思うのだが……やっぱりこれが生力なのかな?

 お風呂にも入って宿に戻って早々に就寝しようと思ったのだが、着替える前にリューンが満足するまで悪戯され続け、眠れたのは結局夜半も過ぎた辺りになった。翌朝ゆっくり起床をした時も私は悪戯されていた。このエロエルフ、絶対に私が抵抗出来ないことを知っててこの所業に及んでいる。後で覚えておけよ……。


 それから数日は平和な……日中は平和な日々が続いた。三日経った辺りで魔力身体強化を試そうとしたのだが、まだ馴染んでないからあと数日はダメ、と真剣な顔で制止された。私を好きにしたいがために言ってるんじゃないかと疑わずにはいられないが、リューンはこういうところで嘘をつかない。本当にダメなんだろう。

 やることがなくて暇な間は、残りの買い物や素振りなどをして時間を潰した。最近疎かになりがちだったが、ギースにもこれは続けるように勧められている。型なんて大層なものでもないが、自分なりにどう戦えばいいかのイメージはだいぶ固まっている。

 私は自分に戦闘センスがあるなんて考えてはいない。ひたすら地力を高める方向に能力を伸ばしているのもその辺りが関係している。どんな相手も一撃で殺したいのだ。どれだけ囲まれようとも、どんなに相手が強大であろうとも。

 私なりに考えた結果、達した結論は『常に構え続ける』だ。攻撃を入れて即普段の正眼の構えに戻る。回避をしても次の瞬間には動けるようにする。攻撃も回避も動きは最小限に、最速で打突し、最小で回避する。

 上段や下段の構えからは上手くいかないと思ったので、正眼の構えを常に意識するよう心がけている。色々な魔物と戦ってきた、頭の中でも相手がどう動いてくるのかシミュレートできる。

 リビングメイルの剣を、ゴーレムの槍を、コウモリの身体を、ダチョウの頭を。大黒鹿の角を避け、猪の突進をいなし、致死の暴力で以て仕留める。

 突きの精度も上げたいところだが、私は二種……ゆくゆくは三種の身体強化を併用することになるはずだ。これを完璧に御しながら点を点で狙う真似ができるだろうか。ヘビ先生を相手取って練習する必要がある。

 問題は死神だ。ああいう手合はどうしてもリーチの長さで負けていて辛い。あの鎌さえなければなんとでもなるのだが……なんとかできないものだろうか。武器を破壊できれば、あんな骨野郎物の数ではないのだが……。


「……ねぇリューン。そんなに私のパンツ見るの楽しい?」

「楽しいなんてもんじゃないよ、どれだけ見ても飽きないよ。癒やしだよ。やっぱり短いスカートはいいねっ!」

 このエルフ、普段は魔石に細工をしたり魔導具のような物を作って時間を潰しているのだが、私が身体を動かし始めると決まって作業の手を止めてじっと私の動きを注視してくる。アドバイスでもくれるのかと思っていたのだが、単に下着や足を見ているだけだと気付いたのはしばらくしてからだ。

「普段は短いズボンだし、マントも被っているじゃない。気力を使っていると速いし……サクラの動き、見えないんだよ。今のうちにそれを知っておくことは、大事なことだと思うんだ」

 趣味と実益を兼ねているとでも言いたいのだろうが、ただの口実にすぎないことは分かっている。部屋の中でミニスカでいるのは単に強要されているからだ。私に露出趣味があるわけじゃない。

「今は二人だからいいけど、戦闘が絡みそうな場所に出向く時は穿かないからね、これ」

「それは……分かってるよ。怪我はして欲しくない。魔導具の方がいいってことは理解してるよ」

 ホットパンツがスパッツのようなものなら、その上にスカートを穿く選択肢もあるのだろうが……流石にズボンの上にスカートを穿いていられるほど腰つきに自信はない。

「魔力身体強化が馴染んだらどうしようか。冬の間はこっちにいてもいいけど、稼ぐならパイトの方が圧倒的に優位なんだよね。そのうちまたこっちに戻ってこなきゃならないから、二度手間になるけど」

 汗を拭きながら椅子に腰掛ける。暖房も効いているので動けばそれなりに汗をかく。一人で外に出ることはリューンから禁止されているので止むを得ないのだが……もうしばらくの辛抱だ。

「用があるの? 王都に?」

「師匠にね、次会う時にお酒持っていく約束をしてて。それを引き取りにこないといけないんだ」

「ああ、お酒……ドワーフだもんね」

 リューンは一切アルコールをやらない。水かお茶かジュースといった感じ。私も飲まないのでその辺も相性がよかった。

「急いで受け取っても肝心の師匠がまだ帰ってきてないから、どうしようかなって。リューンがパイトで留守番しててくれるなら、適当な頃合いにささっと取りにここまで走るってのもありなんだけど」

「それは嫌だよ。どうしてもそうしなきゃダメなら我慢するけど……」

「パイトに行くのを遅らせてしばらくこっちにいるか、早めにパイトへ行って余計に一往復するか。悩ましいね。どうしようかほんと」

「修行には行かないとダメなの? 魔力身体強化はもう使えるようになるよ?」

「師匠には本当に世話になったんだ。修行のこと抜きでも、きちんと感謝の気持は伝えておきたい。今私がこうして生きていられるのは、師匠のお陰なんだよ。あの人がいなかったら本当に野垂れ死んでたと思う。不義理なことはしたくないんだよ」

 しかし、半年……長くて一年も離れるとは、どこまで行っているんだろう。商隊の護衛と言っていたからほぼほぼ移動で一年ってことになると思うのだが。リューンなら分かるかな。


「ねぇ、パイトの北にある村のこと知ってる? 薬で有名な」

「バイアル? 知ってるも何も、あそこには少し住んでたことがあるよ。ほんの数ヶ月だと思うけど」

「え、そうなの? そこから西に少し行ったところに町があるでしょ。外壁を石で囲まれた、森が近い」

「町っていうと、アルシュだよね。すぐお隣の」

 おお、あそこアルシュって言うんだ。

「目的地はそこで、師匠はそこに住んでるドワーフだよ。ねぇ、そこから半年から一年の間、商隊の護衛に出向くってなったらどういう経路を取るとか分かる? 西の方へ行くって言ってたんだけど」

 リューンは腕を組んで悩み始める。地理にも詳しいんだろうか、流石エルフ。長生きしてるだけは──。

「ドワーフの一団が西に向かってるんじゃないんだよね? 人の商隊の護衛なんでしょ?」

「ドワーフのとは聞いてないね。仕えてたのは人だし」

「無理なく行って戻ってで半年っていうと……いくつか候補はあるよ。ただ、一年かかるって言ってたなら候補はいくつかどころじゃないね。船を使ってないだろうってことは言えるけど、追うのは無謀だと思うよ。入れ違いになったら困るでしょ? 私もあっちは土地勘ないし」

 追うか? 流石にそれはな……。その気があるならきっと最初に付いていこうとしただろう。

「そっか。追うつもりはなかったけど、アルシュの西へ行くのは無謀か。そっちの方に狩場はないの?」

「ないこともないけど、あの辺りは流入が抑えられているから魔物が少ないんだよ。パイトの方がいいと思うよ。私は迷宮に入ったことないけど、その辺りはサクラも知ってるでしょ?」

 最初の町アルシュ。その近辺は本当に平和だった。森に入ればなんとか狼がいるくらい。そこからパイトまでは……まぁ、何とも遭遇しなかった。

 あんなところに出向いても退屈で死ぬだろう。あの辺りに出向くのは次が最後でいいね。

「あっちへ行くのはナシだね。王都かパイトか……リューンはどこか行きたいところないの?」

「特にはないなぁ。生まれ故郷には帰れないし。田舎も都会もそれぞれ面倒があるんだ、私は本当にどこでもいいよ」

「故郷に帰れないの?」

「帰ったら殺されるか……死んだ方がマシ! っていうくらい責められるよ。そしてその後叩き出される。故郷を出たハイエルフはよほどの事情がない限り戻ってこないものなんだよ。帰りたい気持ちが残ってないわけじゃないけど、それ以上に死にたくないからね」

 殺伐としている。ハイエルフは本当に謎だ。言葉を覚えさせずに旅に出してみたり。

「私は魔物が狩れて安全な宿があって、お風呂があれば後はどこでもいいなぁ。他の迷宮都市にも興味あるし、やっぱりそっちに行こうかな」

「ここからだとだいぶ遠いよ。船に乗らないといけないところもあるし、ちょっと遊びに行くって距離じゃないね」

 八方塞がっている。しばらくは身動きが取れない、精々パイトまでだ。

「もういっそ、あれだね。私がリューンを抱えて走ろうか」

「んっ? ……んん? ……いい。いいよ! いいね! それいいよ! そうしようよ!」

 特に何も考えず発した一言に凄い勢いで食いつかれた。いや、しないよ? ただの冗談じゃない。人一人抱えて夜通し走って遊びにいくとかアホでしょ──。



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