第六十五話
(死神の魔石のことはもういい。今は次元箱の検証だ。屋台やってるかな……買ってさっさと帰りたいんだけど)
昼過ぎ、昼食を取る客を狙った屋台はぼちぼち店仕舞いを始める頃合いだ。
全てではないが、屋台はどこかの店舗が出張して店を出しているものが多い。付近の店舗を混雑具合を見ていると、店内では捌き切れないのだろうな、との感想を抱く。
私が主食にしているパニーノの屋台も店舗を持っているらしい。私の行動圏とはズレた場所にあるので、足を運んだことはないけれど。
「おばさんこんにちは、まだやっていますか?」
「あらいらっしゃい。ええ、あるわよ。いつものお任せでいいかしら」
「ありがとうございます。適当に三つお願いします」
間に合ったようだ。ここは三つ買うとちょうど銀貨一枚になる。少し量が多いが……お釣りが出ないのが楽でいい。
商品の種類はそれなりにあるものの、仕入れの具合によってコロコロ変わるので、私はいつも適当に選んでもらっている。そもそも私の知識では品名から中身を推測できないものが多い。
(これ放置して腐るかどうかでも判断でき……いや、流石にそれはだめだ。おいしく食べないとね)
商品を受け取りお礼を言って宿に戻る。しっかりと鍵を掛けて食事を済ませてから検証に入ることにした。
まず位置固定について。所長室では座って試したせいで毎回尻から落下したが、立って試すと問題なく中に入れた。出るときも同じだ。
試しにジャンプして中に入ってみたが、着地の感覚はなかった。足が地面に触れる形で入るのかな? 外に出た時はちゃんと宙にいた。床に着地する。
仕組みは分からないけど、尻から落下することがなければ問題ない。検証を続ける。
中の広さだが、これはおおよそ二十畳程だろうと思う。日本で私が暮らしていたワンルームが十畳だったから、倍はある。高さは大凡三メートル程かな、結構ある。
中は模様も光沢もない艶消しの黒い壁、消える前の箱と同じ色をしていた。いや、これはもしかして。
「あのタバコの箱……あの形に近いのかな? 元の形状が空間の形に関係しているのかもね」
内部で魔導具は普通に機能する。ランタンはそのまま維持され、懐中電灯は手を離すとすぐに消えてしまう。黒一色というのは少し気が滅入るが、カーペットや壁紙を工夫すれば滞在に不満を感じないようにできそうだ。
「ワクワクするね! ふふ、私のお部屋」
その為にはまだ課題が多い。当面の問題が空気だ。風の流れが感じられない以上、どこからか流れ込んできているというわけではないだろう。最初から空気が入っていたのは謎だが……今は置いておく。
外に出て魔導具の明かりを切った。見るだけならメガネだけで十分。次は……。
「持ち込める物についてかな。所長室ではヤスリを持った私と身に着けていた衣服、魔導具はいけた。十手と魔法袋はちょうど身体から離していたから連れていけなかった。座っていたソファーも、足の下に敷かれていた絨毯もだ」
私に触れているものを持ち込めるが、全てを持っていけるわけではない。この差は何か。
「とりあえず十手を……ん、これは持っていけるか。ふむ」
続けて魔法袋を試したが、これはやはり持ち込めなかった。中身を全て出して試してもダメ。魔法袋はノーグッドだ。
ふと思い立って目の前にある椅子を持って入ろうとしてみたが、これはできなかった。宿から貸し出されている明かりの魔導具や外套を引っ掛けているスタンド、箒やバケツなどもだ。ベッドシーツやベッドも持って入れなかった。
その一方で水の容器や保存食、魔石の入った布袋、日本から着てきた服を含めた私物は問題なく持ち込める。
「私のランタンはよくて、宿のランタンはだめ、か……。ひょっとして……」
外套を羽織り、十手と財布だけを持って外に出た。最寄りの雑貨屋へ向かう。
(褒められたことじゃないんだけど……成功したらごめんなさい。必ず返しますので)
手に取った木製のコップを持って中に入ろうとしてみたが、失敗した。籠、皿、ハンカチ、髪紐など近くの商品を一つ取っては中に入る、を繰り返してみたが全て失敗する。
少し可愛いと思ったモノクロに編み込まれた髪紐とハンカチを数枚とコップを買って宿へと戻る。再度鍵を掛けた。
「さて、これでこれらは『私の物』になったわけだけど……」
試しにコップだけを持って中に入ろうとしてみるが、これが成功した。
「なるほどな……こういう仕組みになっててもおかしくない。窃盗し放題だもんね」
転送付きの魔法袋にもこのような制限がかかっているかもしれない。
魔法袋が持ち込めなかった理由は分からないが、次元箱……少なくとも私の次元箱には、私に所有権がある私の物、文字通り『私物』しか持ち込めないのだろう。
水の入った水の容器が持ち込めたことを考えると、金銭を支払い売買契約をしたかどうかが焦点になってはいない。
十手もそうだ、これは女神様が私にくれたもの。お金を払って買ったわけではない。
魔石だって、私が狩って私の物にしただけで、元は違う。
「椅子や明かりは宿の物であって私の物ではない。だから持ち込めない。その理解でいいはず。ここで宿から椅子を買ったらどうなる……? 試してみるか」
椅子と財布を持って受付に出向き、受付にいた職員にオーナーがいるかを尋ねてみる。仕事中とのことだったが、呼んで貰った。
「何か用らしいが」
ぶっきらぼうなオーナー、面倒を頼むのは心苦しいのだが、必要なことだ。許して欲しい
「あの、変なことをお願いするのですが、対応して頂けませんでしょうか。無理でしたら断って頂いても構いません」
「聞くだけ聞こう」
「はい。この椅子を、適切な値段で売って欲しいのです。その後、同じ値段で買い取って頂けませんでしょうか。その後また貸し出して欲しいのですが」
「何の意味があるのか分からんが、いいだろう。値付けは適当でいいのか」
「はい。オーナーが決めて頂ければ」
「ふむ、では小金貨一枚でその椅子を売ろう」
私は財布から一枚貨幣を取り出してオーナーに手渡す。
「確かに買いました。すぐに戻るので少しだけお待ち頂けませんか」
分かった。と口にしたオーナーを残して椅子を持って部屋に戻る。次元箱へは……入れた。すぐに出て受付へ戻る。
「お待たせしました、次に、この椅子を買い取って頂けませんか」
「ああ。小金貨一枚で買い取ろう」
金貨を受け取り、少し待ってて下さい。と言い残し椅子を持って部屋に戻る。次元箱へは……入れない。また受付に戻る。
「変なことをお願いして申し訳ありませんでした。この椅子はこのままお借りしていて構いませんか」
「構わない。用件は以上か」
「はい、これで終わりです。お忙しい中ありがとうございました」
そのままオーナーが去っていく。不思議そうな顔をした受付職員に会釈をして私も部屋に戻る。
部屋から水の容器を一つだけ持って鍵を掛け井戸へ向かい、水を入れ替えて部屋に戻る。これを持って問題なく中に入れた。中身も飲める。すぐ外に出た。
「決まりでいいね。この世界には明確な『所有権』がある。水も、実態上所有していると見なされれば私の物とされる。『私物』とはそういうものか」
いや、井戸の水は宿代に含まれているからか……? 川の水はまた違うかもしれない。
今日のところはこれで最後かな。捨てようと思っていたダメになった衣服達、その中の一枚を広げて床に敷いた。
服を靴のまま踏んで中に入る。足元には服がある。そのまま外に出ると、やはり靴の下には服がある。
次に、踏んだままジャンプして空中で中に入る。中へ服は付いてこなかった。外に出て着地すると、靴の下に服がある。
一つ残っていたパニーノをナイフで刺す。ナイフの柄を持って中に……パンごと入れる。
「おおよそ持ち込める物の条件が絞り込めてきたね。人の物ではない、私に所有権のある物。それでいて私の身体か、私が触れている『私物』に触れている『私物』。ややっこいな。けどこれが条件ということでよさそう」
魔法袋はまだ分からないけど、今のところダメ。
今は持ち込めないが、椅子は持ち込めた。後は持ち込める物の大きさを検証したい。片っ端から大きさの違うベッドを買って回るのはナシだろう。重さにしても、水入りの樽と空の樽でまた違うかもしれない。
オーナーに棚やベッドで同じことを繰り返してもらうのも気が引ける。後は自力でなんとかしよう。
「あれ、棚は備品じゃないね、そういえば」
これは物が置けないのを苦慮して、許可を得て自腹を切って買ったものだ。備品のつもりでいたよ。
試してみたが問題なく持ち込めた。これは最悪分割できればベッドなんかも持ち込めそう! やったね!




