第三百七十一話
──身体強化の魔法術式が消滅して五日が過ぎた。
術式は魔力を通すことで魂に馴染むと同時にちょっとした猶予期間が設けられ、それが過ぎることで徐々に薄まり始め、放っておけばやがて消えてしまう。
馴染めば馴染むほど術式の効率が上がると同時に消滅までの時間が増えていくので、その道の熟練者は手を変えることが難しい。
それでも五年十年数十年と放っておけば、それなりに強く刻まれた術式も消えてしまう。
長いこと使い続けてきたけれど、最後にまともに術式を運用したのは邪神を叩き潰した時。それ以降は何年もろくすっぽ使っていなかったわけで、今回はそう間を置くことなく手を変えることができた。何が幸いするかは分からない。
「でも消えたら消えたで……寂しいもんだね」
鍛冶場でごちる。鍛錬作業は一人暗所で黙々と行うのが常だが、今日はお友達がいる。
「そうは言っても、すぐに取り戻せるのでしょう?」
マイベスト使徒。白大根製の作務衣姿が意外なほどに似合っている、三種強化使いとなったリリウム。
半分ドワーフのお陰か、汗水流して槌を振るう姿も中々堂に入っている。
会話に付き合ってくれるが、視線はそらさず真剣そのもの。私より鍛冶師っぽい。
「今後の修練次第ではあるんだけど……マリンはどうやって魔力をそこまで育てたの?」
「考えたこともないのぅ」
二種強化使いとなった、これまた作務衣姿のマリン。ちみっ子の癖に、汗だく姿がセクシーだ。
最近新たに仲間に加わった最年長の氷ロリフはリリウムと並ぶゴリラ勢筆頭に名を連ね、生力訓練がてら私の趣味に付き合ってくれている。
熱々の鍛冶場でひたすらアダマンタイトを鍛錬する作業はとても効率が良い。スタミナと耐熱機能の向上を同時に図ることができ、おまけで冷凍庫や馬車の部品が増える。
リリウム曰く耐熱と耐寒の訓練は交互に行っていくのが良いそうで、このあと魔石採取がてら『氷山地帯』なんて呼ばれている迷宮の中央六十五から六十八層へと走って遊びに出かければ完璧だ。
これを続けるだけでフルマラソンを全力疾走で完走できるような強靭な肉体を手に入れることが可能になる。やり得だね、タダだし。
「生きておれば自然と育つ。継続することじゃな」
そんなことは分かっている。もっとこう、集中的にグングン育てられるような鍛錬法がないかどうかが知りたいのだ。
「役に立たないエルフだなぁ」
「なんじゃとぅ!?」
打てば響くのでついつい挑発的な物言いをしてしまう。プリプリフェイスもキューティーで素敵だ。ちゅーしたい。
「探せばありそうなものだけどなぁ……術式によって格の育ちやすさって違うよね?」
これもきっと個人差があるのだろう。仮にリリウムに『変形』を任せたところで、私のように格が育つとは限らない。
「それは確かじゃが、そう大差はないと思うぞ。焦っても仕方ない。急な成長は歪みの元じゃ」
急激に成長できないわけではない。魔導具向けの術式の中には『魔力強化』なんていう魔力の格を向上させる類のものがある。
これは放出魔法にしか効かない『魔法強化』と違って多くの魔法の効能に幅広く上向きの影響を及ぼすことができるが、装備したところで術式を記述する魂のスペースが広がったりはしない。
その上、こういった装備を用いている間は魔力の格や器が育たなくなるとフロンから教えてもらったことがある。
私はノーセンキューだが、自身の限界に行き着いた魔法師や楽をしたい魔法士がこぞって身につけたがるので一定の需要がある。お値段も『魔法強化』と比べれば大層お高い。
だが私が欲しいのはそのスペースだ。そういう成長の仕方は望んでいない。焦っても仕方がない。分かってはいる。
身体強化を二つとも取り戻して、転移魔法を刻んで。その前に暗視や隠蔽術式をいくつか追加で刻んでおきたいところではあるのだが、そんなことをしていたら検証が遠退くばかりだ。
《転移》が転移魔法との組み合わせで技法化するかどうかは早めに確認しておきたい事柄なのに、転移魔法は治癒以上に魂のスペースを食う。成長が鈍化しない前提でも数十年はかかるであろうとフロンに言われた覚えがある。
先は長い。焦ってもしゃーないのだ。分かっちゃいる。
「しばらくの間、『か弱い術師』を堪能すれば良いではありませんか。名実共に──可愛いらしくなったことですし」
向けられたお嬢の目が妖しく光り、反射的に身体が強張る。
ここ最近、サクラちゃん大好き勢が力づくで私を好き放題しようとするので少々困っている。
魔法結界は武器で壊され、《転移》や《次元箱》で逃げると不平を漏らされ、観念して虚しい抵抗を返すと喜ばれる。酷いと思う。
「しっかし……結界術や法術に加えて治癒術とは……多才よな」
「前二つはともかく治癒はおまけだから。本職には勝てないよ」
雑談しながらも作業の手は止まらない。賑やかに時間が過ぎていく。
三人でこなせば進捗も三倍。神器にする必要がなければ工程はかなり短縮できるとあって、次から次へと部品が仕上がっていく。
冷凍庫の板を、馬車の骨組みパイプを、ベアリングのボールを。型に流し込んで水樽でボンボコやっている姿をヴァーリルのお師匠さんズに見つかれば、何を言われることやら。
「二つまでなら分からなくはありませんが、三つ揃うとなるとやはり珍しいのでしょうか」
「少なくとも妾は会うたことがないの。治癒と浄化を併せ持つ者すらそうそうお目にかかれるものではない」
《結界》プレスで押し潰してしまえば鉄板の成形もお手の物だ。鉄じゃないけれども。
うちの女神様に見られたら何を言われることやら。怒るかな? 案外気にしないような気もするな。浄化エステに対しても何も言われなかったし、あの人は美にうるさそうだ。
(──そういえば、今なら《浄化》と治癒の複合エステができるか)
一度だけソフィアとペトラちゃん相手に実験し、ものすごい効力を発揮していたのを思い出す。男の子には見せられないアヘ顔を晒しながら、揉めば揉んだだけビクンビクンと、まな板の鯉みたいになっていた。
手伝ってくれているお礼に、この二人にも試してみよう。相手が人種だったから抜群に効いたのか──検証はできるけれど、あまり関係はなさそうだ。
身体強化が消えて早々に施術された治癒の魔法術式。なんとこれ、ソフィアのものと全くの同一。お揃いの品である。
治癒魔法は水属性のものと光属性のものとが広く流通しており、世の治癒使いの大部分は前者を行使する。
そちらは機能を絞った廉価版なども店頭に並んでいたりするのだが、光バージョンはそういったものが──私の知る限り──存在していない。
魔改造が難しいので一から自分で組み上げるなどしない限り、在野の光治癒使いはほぼ全員同じものを使っていることになる。
教えてあげたらとても喜びそうだ。お姉さまとお揃いっ! なんて言ったりして。
(流石にもう子供みたいな喜び方はしないかな。いい年だし)
しかし術式が同一でありながら、魔力の格や属性との親和性といった地力で優位に立っていながら、お姉ちゃんの治癒魔法の効力は妹分に大きく遅れを取っている。
これでも過去の頃と比べればだいぶマシにはなってはいるのだが、適性の差が絶大で、これによって簡単に優位が覆される。
私はよくて一般ピーポー、聖女ちゃんは御伽話の聖女レベル。カモネギやワイバーンとドラゴンくらい違う。喧嘩を売るには分が悪い。
無論術式を行使できる回数は私の方が桁違いに多いが、効力が弱いとソフィアには治せるような大怪我を私には治療することができないなんて無様を晒す可能性が出てくる。それはマズイ。
そんな根っからの聖女基質の癒し系わんこに脳筋が張り合うには、大人げない外部ブースターが必要になる。
マリンといい、ソフィアといい、才ある連中はヤバイのだ。大抵のことは素手で解決できる。してしまう。
朝から始め、昼休憩を挟み、日が暮れる頃まで身体を動かし続ければ、心地良い疲労感に包まれる。
やはり気力のみでアダマンタイトを打ち続けるのはしんどい。初っ端からこれで臨んでいたら途中で心が折れていたかもしれない。
神器の量産なんて無理無理無理。一日一つであっても昔のように丸一日は絶対に要してしまう。一人では。
「二人とも、今日もありがとうね。助かったよ」
あと二、三十分も放っておけば炉の魔石も尽きる。片付けをしていればちょうど良い時間になるだろう。
「いえ、これくらいなんてことありませんわ」
私は割とヘトヘトなのに、リリウムはまるで疲れた様子がない。頼りになるが、ちょっとだけ憎らしい。
ぼちぼち慣れた頃だと思うし、折を見て相槌をお願いするとしよう。
「あーっついのぅ……ひとっ風呂浴びるとするか!」
おっさんか。でも同感だ。急いで浴槽に水を張らなければ。これだけは欠かせない。




