第三百六十六話
数年前にガルデの工房をお借りして、水生成の術式を強化する杖を二本製作した。
字面通りに一朝一夕の時間があれば、今の私はお手軽サイズの神器を二つ三つと拵えることができる。
当時と比して神力も育っていることであるし、朝開始して昼になる頃までに一本仕上げるなんて造作もないこと。
久しぶりに魂込めて打ち抜いた一本の至極の仕上がりを前にして、この上なくご機嫌になるのも当然のこと。
「うーん……良い出来だ」
「このようなことも可能なのですね……」
可能でした。つい先日思い浮かんだ螺旋構造を何とか取り入れられないかと構想を練り、とりあえずやってみようと着手した第三の猫棒はまさに案ずるより産むが易しといった感じで、特に問題もなく完璧に仕上がった。
「我ながら、中々目の付け所が良かったと思うね」
「確かにこれならば、あの武装リッチ相手でも遅れを取ることはなかったでしょう」
全くだ。もっと早く──いや、最初から猫棒ズもこうやって作るべきだった。
此度の猫棒は黒いが、灰白色でもある。交じり合うことなく、DNAの二重螺旋構造を意識して構築したアダマンタイトはしっかりと渦を巻いている。
浄化真石の『霊体干渉』と浄化黒石の『魔力貫通』、両方の特性を保持したまま──!
下準備はそれなりに大変であったが、やってできないことはない。
質量が半分になればアダマンタイトがリラックスモードに入るまでに要する時間もこれまた半分になり、私の《結界》なら鍛造し終えた半身を温度を下げることなく炉の中に安置することが可能となる。
その間に必死に仕上げたもう半身と共に、これまた《結界》で作った型に流し込んでしっかりと固定し、毎度お馴染み過浄化冷却水に浸せば完成。
歯磨き粉とか、床屋さんの店頭で回っているあれとか、DNAとか、ネジとか、そんな感じのアレを意識して作ったシマウマみたいなグルグルトンファー。
横着して魔石粉末を混ぜてしまうと失敗してしまうが、こういったやり方でなら欲張ることができることを実証できたのは大きな進歩と言えると思う。
「使った浄化品の粉末は質も量も『黒猫さん』や『灰猫さん』とほとんど変わらないはずだけど……十割十割で機能するかは……すればいいなぁ」
私の『黒いの』を始めとした神器は共通して、ほぼ八十八パーセントのアダマンタイトに対して浄化黒石か浄化真石が十二パーセントほど含有されている。
今回作った欲張りトンファーは、浄化黒石と浄化真石がそれぞれ十二パーセント前後ずつ含まれているらしい。首を傾げたくもなるが、《探査》がそう教えてくれるので、そうなんだろう。
その結果、アダマンタイトの割合が何故か七十六パーセントにまで落ちている。自分の算数に自信がなくなってくるが、《探査》は疑わないと決めている。減ったんだろう、アダマンタイトが。
現に手中にある熱々のこの子は、過去に作った猫棒とほぼ同じサイズであるのにも関わらず、それら二本よりも明らかに重量が軽い。契約すれば更に軽くなるはずだ。意味が分からないが、現実を直視しなくてはならない。
(色々と考えられることはあるけれど……考察は後にしよう)
鑑定の手を止め、朝から……というより昨夜からずっとそばにくっついていたお嬢に三匹目の猫棒を受け渡し、炉の火を落として鍛冶場を出る。
忙しないことだが、これからマリンちゃんのアクセサリーを仕上げなければならない。検証はまた後日。
「マリンさん、勝負を挑みますわっ!」
「受けて立とう!」
「受けて立ってんじゃねーです」
一瞬の出来事だ。リビングで妖精のお茶会に花を咲かせていたエルフ達が視界に入るや否や、当家の使徒が決闘を申し付けた。
即座に応じ、ソファーからガバッ! と立ち上がったロリフを中心に、心地良い緊張感がリビングを覆い始めた。
「な、なぜじゃ!」
後にして欲しい。っていうかここでおっ始めんなや、せめて表に出てくれ。
「なぜじゃ、じゃねーです。今からそれいじくるんだから、大人しくしてて」
今日も不足なく身につけている七つの青いアクセサリーで魔力の圧を抑えていても、その好戦的なプリティーフェイスまでは隠せない。
活きのいい玩具を見つけた猫のような顔をしてみても、それを取り上げられてショボくれた顔をしてみせても、私は揺らがない。これも決闘の対価だ、じっとしていて欲しい。
「リリウムも、じゃれるのはいいけど明日にして」
うずうずしているうちのお嬢は、新しく仲間に加わった愛猫を今すぐぶん回したくてたまらないというオーラを隠しきれていない。
名付けもまだなのに、いきなりぶっつけ本番はどうかと思う。素振りくらいはして欲しい。
「ダメですか?」
「ダメ。三日の間に仕上げないとマリン帰っちゃうかもしれないでしょ。半端なままにしておけないから」
「はぁい」
お? 今のは可愛い。後ろ手にプイッとする何気ない仕草がとても良い。キマっている。不承不承、しぶしぶの可愛さ最上級系。はなまるを差し上げたい。
「あー、それなんじゃがな……のぅサクラ」
「なに?」
プニロリの頭からカチューチャを優しく取り上げ、ソファーに腰掛けて早速術式の改良に挑む。
「お主がどぉぉぉぅしても、妾を仲間にしたいと言うのであれば……付き合ってやっても……よいぞ?」
これまた可愛い。素直になれないお年頃は何千年も前に置いてきたかと思いきや、まだ現役であらせられるらしい。
チラッとされると私は弱い。思わず飛びつきそうになるが、ここは大人の余裕を見せつけてやるところだ。狂った手元の術式を必死に補正しながら。
「どうしたの急に。お風呂気に入った?」
「それもないわけではないが……共に迷宮探索をして欲しい。たっての願いじゃ」
軽く茶化したつもりが、一転してロリフらしかぬ真剣な眼差しが返ってくる。これもまた可愛いので可だ。
「そりゃ、別に構わないけれど」
可愛さに当てられて作業が捗らない。話が長くなりそうなので一度カチューシャを返し、リューンが淹れてくれたお茶を頂きながら話を聞く。
「ただ迷宮に潜るという話でもない。お主はルナの最深部がどこにあるか知っておるか?」
「八十層前半までは割と情報や話に真実味があって、東の九十七層までは探索されたことがあるなんて伝承が残っているとか聞いたことがあるね」
それも眉唾。階層の様相、出没する魔物の種類、大穴がどこに繋がっているかなど、まるで情報が残っていない。
「その通りじゃ。今より三千年ほど前、確かに東部九十七層──と、される地区まで辿り着いた一団がいた。何を隠そう、妾がこの目で確認しておる」
そんなエルフの感覚では噂話、人の感覚では御伽話の世界の話。その伝説が真であったとマリンは語る。当事者なのだと。
「……凄いじゃん」
これは予想していなかった。すごいなエルフ、伝説がすぐそこにある。
「そうじゃ! 我らは凄かったのじゃ! じゃが……のぅ」
耳がへにょりと力をなくす。エルフ耳はあまりピコピコ動かないものだと思っていたが、頑張れば動かせるのかもしれない。
「エルフ種を中心に百近い大軍で挑み、九十六層と呼称していた階層を突破した折にはその数は半数以下まで減ってしもうた。勢いのまま突き進んだ先で壊滅し、逃げ帰って来られたのはほんの数人。あの時、妾は何もかもを失ったのじゃ」
馬鹿みたいな話だ。そしてよくある話でもある。
「当時は妾も若かった。己が身を守ることで精一杯じゃったが、今は違う。いつかあの忌々しい畜生共に目に物見せてやろうと牙を研いできた──サクラ、お主が力を貸してくれれば一矢報いてやることができるやもしれぬ。散っていった同胞達の仇を討てるかもしれぬ。どうじゃ、力を貸してはくれぬか」
九十七層が終層であるのであればまだしも、半壊した戦力で探索を続け、それが全壊近くまで崩壊し、そこでようやく撤退を決めたものの、それなりに時間を掛けていたのだろう。
それらと大して差のない難度であろう九十五、九十四層といった突破してきてきた復路にすら魔物が立ちはだかり出し、万全でない一団は一人減り二人減り、終いにはほんの数人を残すのみで残りは全て磨り潰された。
どのような思いで進軍を決めたのかは推察することしかできないが、馬鹿な話だと思う。私なら九十六層で苦戦し始めた段階で撤退を検討するし、何なら九十五層でそれを提言する。
九十七層がボス部屋だったらマリンも生きて帰ることはできなかったわけで。その勢いは確実に帰路に回すべきものであった。
(──けどまぁ、集団である以上そう簡単に話も進まないだろうね)
私もリリウム一人説得できず、流されて宝箱に関わって死んでしまった過去がある。偉そうに人のことをどうこう言える立場でもない。
色々な思惑の人材が集っていたことだろう。自称若かったマリンちゃん、当時はまだ我を通せる立場になかったのかもしれない。
「それで、また百人集めて同じことをするの?」
「舐めるなっ! 同じ轍は二度と踏まぬわ!」
安心した。熱さがとうに喉元を過ぎ去っていて、根拠のない楽観論に身を任せ、三千年前と同じことを繰り返すつもりであればこの時点で縁は切れていたところだ。
今も尚燻っているということなら大丈夫だろう。氷エルフだ、クールにお願いしたい。
「それで──二人で行くの?」
とんでもない案だ。だが最も被害が少ない手でもある。私が守り、マリンが攻める。エルフの魔力が切れたら走って撤収。私の守りが突破されない限り、時間と労力以外は消費されない。エコだ。リリウムが居れば尚盤石になる。
「馬鹿を言うな、フロンもリューンも連れて行く。……じゃが、こいつらは弱い。連れて行ってもすぐに足手まといになってしまう。じゃから、妾が鍛えよう! ビシバシとな!」
「えっ?」
「…………?」
なにそれ聞いてない、と表情で語っているフロンと、理解することを拒んでひたすらに疑問符を浮かべているリューン。二人して呆気にとられている。
「情報を集めて地図を作って、一歩ずつ未知を既知に変えながら、いずれその辺りの攻略も視野に入れる……みたいな感じでいいんだね?」
そしてそんな二人の表情は見なかったことにして、話を進めてしまうわけだ。
「うむ、うむ! 手を貸してくれるか!?」
「私も死にたくないから、無理をしないと約束してくれるなら──喜んで付き合うよ」
どの道深部の探索は装備が整った後に始める予定でいた。ある意味ベストタイミングだ。
百戦錬磨のマリンが術式スカスカのリューンと体力面に不安が残るフロンをしごいてくれると言うのであれば、是非もない。
地力の急成長は望めなくとも、実地で鍛えれば戦力的には大幅な強化が見込めることだろう。いずれ壁に突き当たった頃に改めて装備も含めた局地的な対策を積み重ねていけば、ゴールもきっと見えるはず。
笑顔で手を差し出し、同じく笑顔でそれを掴まれる。ちっちゃいお手々、熱い友情というやつだ。迷宮で殴り合った甲斐があったというもの。
カタカタ震えているエルフ組のことは──まぁ、これも修練だ。頑張って欲しい。
数日ごたついており更新ができませんでした。落ち着きましたので通常ペースで続けていきます。




