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第三百四十四話

 

 擬装用魔法袋を介して金貨の山を《次元箱》に叩き込み、見張りの騎士と共にお城を出た時には、時刻は夕方を過ぎていた。

 軽く《探査》や、魔力と神力に負荷がかかることを承知でそれの鑑定技法を混じえながらの作業となったので、それなりに時間がかかってしまった。疲労も色濃い。

 夕暮れのオレンジが疲れた身体を優しく照らしてくれる──が、正直ピカピカが(まぶた)に焼き付いていてあまり感動がない。お金しゅごいよぉ。

 何度か試した鑑定の結果、金メッキで急拵えしたような贋金のようなものは混ざっていなかった。手元には膨大な量の、紛れも無いAu(純金)が山となっている。

 木箱におかしな術式が刻まれているということもなく、全てを懐にしまい込めば、これにて本当に……本当にお仕事完了です。


 馬車を出してくれるとの申し出を丁重に断り、日暮れの石畳をゆっくりと歩き出す。

 仲間の居場所を探ろうと《探査》に神力を通しそうになって、これはやめておくことにした。

「長かったぁ……」

 まだ気を抜くには早い。暗殺者が狙うならこのタイミングがきっとベストだろう。何とか気合を入れ直して宿まで戻り、部屋に錠を落としたところでやっと息をつく。

 ほんの数年の出来事なのに、色々なことがあった。終わってみれば、仕事を請けて良かったと思える。


 船でデコピンに至り、これによって打突の威力は一層増した。技術的な面から攻撃力の増強を図れたことはとても大きな進歩だ。

 パイトの迷宮にひたすら籠もり、思いつきを確かな技術に昇華させることもできた。ただの素振りでは早々に飽きがきていたことだろう。

 それによって稼ぎ出した魔石を惜しみなく吐き出すことで思い切った作戦を採ることができた。大陸中原をマルっと囲み、全てを討滅(うちほろぼ)して焼き尽くす。人的被害は極めて軽微。これも浄化品と仲間達が用意してくれた魔導具無しには成し得られなかった。

 迷宮とは違う実戦の場を用意できたことも、色々と経験してもらえたことも、中々に得難かったんじゃなかろうか。

(そして何と言っても《防具》と神力……これだけでも報酬としては破格もいいところだよね)

 すっかり定位置となった左中指の付け根に収まっている指輪モードのメロンパン。報告は届いていそうだが、ガルデ王からの視線はついに向けられることはなかった。

 神器の返却を迫られる可能性も考えていた。お金と天秤に掛けられることも覚悟していた。いっそ襲ってくる可能性が最も濃厚だと思っていたが、それが杞憂で済んだことにもホッとしている。

 《探査》の鑑定技法のことも忘れてはいけない。破損する前に十手の脆さを明るみにできたことは、ある意味一番の収穫でもある。

 これで《結界》と《浄化》に次いで、《探査》までもが技法化に成功した。

 残るは《転移》と《意思疎通》と──。

(毛色の違う《次元箱》はともかくとして、可能性があるのは……召喚とかだろうか)

 《転移》と統合されているような気もするが、私が召喚されたのだから、私が召喚できてもおかしくない。送還できるようなことも言っていたのだから、私ができてもおかしくはない。

 ただこれは大元が生えておらず、文字の読み書きに不自由しないのも便宜上《意志疎通》としているだけだ。何か別の権能に依るものなのか、という点から既に定かではなかったりする。

 召喚の方は封印されているような気がしないでもないのだが。まぁ可能性はゼロではない。対象が限定されてはいるが、ある意味《引き寄せ》も似たようなものだ。可能性は十分残っている。

(あとは使徒化だけど……ダメだったなぁ。都合よく今回で生えてくるかなーなんて、思ってもいたんだけどねぇ)

 そのために仕込みもしたのだが、今のところリリウムを増やせる気配はない。


 最初の召喚時、女神様は私にカスみたいな神力を植え込んで後継者とは名ばかりの使徒にも劣るなんちゃって神格者を(つく)り出し、自身は十手に潜んで乗っ取りの機会を(うかが)っていた──のだと、邪推している。

 好意的に見れば陰ながら見守ってくれていて、本格的に神格を受け渡す時期を見計らっていたとか……そういう感じになるのであろうが。

 一度死んだ後、十手の温もりと引き換えに本格的に神格が移譲(いじょう)され、私は同時に光の属性を持ち得るに至った。

 だが当時の感覚として、神格が異常成長しただとか──そんなことはなかったように思うのだ。今回のように。魔食獣戦の後のように。

 種だけ()いて、実はどこか別のところに残してきたかのように。

「それがリリウムのところなんだろうけど……単に実力不足というか、能力不足の線が濃厚かな」

 使徒でも天使でも何でもいいが、不壊の神器ほどポンポンと増やせるような代物ではない、ということだけは確かだ。

 コップの中の水を使うことで神器を創り出せるとすれば、コップそのものを使わなければならない、とか。

(きっとこれだよね)

 下手すれば神様一に対して神格者一とか、そういう極悪な交換レートになることも覚悟しておかなければいけない。

 ただパイトの迷宮は、神様が管理をさせるために六体の天使だか何かを生み出して──みたいな神話が残されている。

(どんだけコップでかいんだよ、っていう。使徒と天使が別物だとしても、太刀打ちできるなんて思えないな)

 火迷宮四十層、土迷宮三十層、闇迷宮二十層、風迷宮少なくとも三十層、水迷宮少なくとも四十層以上、光迷宮も四十層はある。

「分かってるだけで二百層越えてるわけだしねぇ」

 下の方は弱いわけだから、等号で二百層レベルの迷宮と同格だとするのもどうかとは思うが……力が入っていることは確か。

「まぁいいか。牛を処理しきった辺りで変化があるか、楽しみにしておこう」

 今はできない。そのうちできるようになるかもしれない。使徒は神格の器、その最大値と引き換えになる可能性が濃厚。リリウムを増やしたら私は大いに弱体化するおそれがある。

 とりあえずこんな認識でいようと思っている。


 静かにオレンジが色を薄め、やがて夜がやってきた。

 横たわっていたベッドから身体を起こし、誰もいない部屋に明かりを灯す。

 もう夕食にもいい時間だ。戻ってこないと分かっていればとっとと食べに出向くところだが、未定のまま一人で先に済ませてしまえばリューンが拗ねる。

 予定は買い物としか聞いていない。特に書き置きのようなものも残されておらず、宿の受付に言伝(ことづて)が残されているようなこともなかった。

 部屋にはベッドくらいしか物がないが、きちんと鍵はかけられていたわけで。

「はぁぁぁ……いいか、もう」

 朝から何も食べていないが、この上一食抜いたところで死にやしない。せっかく身体を起こしたところだが、また倒れ込んで大きく息をついた。

「この宿ともお別れかぁ」

 もっと良い宿もある。お高い宿、高級な宿、一流ホテル的な至れり尽くせりな宿もある。

 立地はいいが、ここは過干渉のない中流ちょい上程度の普通の宿だ。昔の私が一人で宿泊できていたような、食堂もない寝泊まりするだけの宿泊施設。

 セキュリティを考えれば移動すべきかもしれないがここも別段悪くはなく、何よりそれなりの信頼がある。今更移動する気など起こらなかった。

「思い出もあるしね……むっ?」

 思い出がある。一人から二人になった、ある意味原点のような場所だ。

 この部屋とはまた違うのだ……が──。

「まだ受付に人いるかな」

 思い立った。結構いい案だ。たまにはサプライズ的なあれも、悪くない。

 倒した身体を再び起こし、急ぎ行動を開始する。(せわ)しないことだが、昔っからこうなのよ。


 それからしばらくは、所用を一つずつ片付けることで時間が過ぎ去っていく。

 冒険者ギルドが混み合っている関係で、貢献点や報酬関係の雑事がまだ済んでいない。私が強権を振りかざせば何とかなりはするのであろうが、船のこともあるのであまり急いでも仕方がない。

 ペトラちゃんを捕まえてご家族に挨拶に伺ったり、ミッター君を捕まえて──彼は帰郷を拒んだが──お父様にお礼を言いに行ったり。

 ついでにパイトでリリウムアイに目利きをしてもらう。

 場所を教え、店内をグルっと回って、すぐに出る。

「──違いますわね」

「違うか」

「えぇ、特に何も感じません。普通の魔導具かと」

 中央区にある防具屋の一つ、いつかのようにカウンターの裏、その床に直置きされている白銀のすね当て。

 もしかしたらという思いがあったのだが、これはただの物だった。

「ありがと。じゃあ行こうか」

 ガルデ王に一つだけ尋ねてみた。《防具》のような来歴不明の怪しい物品は他にないのか、と。

 曰く、無い。

 宝物庫に忍び込んで探ってみてもいいが、今はまだ王様の言を信じてみることにした。ガルデにもう用はない。

 かつて愛用していた靴が違い、ペアの品であるためおそらく元祖白黒ワンピも違う。

 これらが……少なくとも靴がそうであったのなら、女神様の遺品は北大陸に偏って存在している──なんて可能性が濃厚になって、リリウムを引き連れてあちこち探して回らなければならないところだった。

 大陸の更に北、ナハニア方面まで足を運ぶことも覚悟しなければならなくなるわけで、正直ホッとしている。


「そもそも他にあるかどうかも、それが複数あるとも限らないんだけどね」

「……そうなのですか?」

 長居は無用だ。お酒を始めとした数々の支援のお礼を丁寧に丁寧に告げて、その日のうちに走ってガルデに取って返す。

 お風呂で四人分を磨き上げるには、こんなところで神力を無駄にしてはいられない。これも自分磨きの一環であると思えば苦にもならない。

「たぶんあるとは思うんだ。二つ……もしかしたら三つあるかも」

「なるほど」

 二人して街道沿いに穴を開けながらひた走る。リリウムはまだ走りながら喋るのが苦手なようで、相槌が多い。

 一人だとただただ退屈な時間だが、二人だとこれが結構楽しい。混じりっけなしの気力オンリーマラソン。魔力は全て浄化に回している。


「ただなぁ……名前が分からないんだよね」

 私が《防具》と真の意味で再会できたのは、唯一これの名前に心当たりがあったからだ。

 だが残念ながら、他の物に関しては本当に全くそれがない。ただの兜、ただの槍、ただの胸当て。思い当たるこれらについては、名前がついているかどうかも怪しい。

 よもや全裸に素足で戦っていたわけでもあるまい。服を着て鎧を纏い、靴だって履いていたはず。そういった装備の全てが神器となって残っているかも怪しいし、装飾品の類を身に着けていてそちらの方が残っているとしたら、正直お手上げだ。

 全てを一つずつ鑑定して回るだなんて……気が遠くなる。

「きっと縁があれば巡り会えますわよ」

「そうだといいんだけど……」

 まぁ、メロンパンみたいに勝手に寄ってくるんじゃないか──みたいな期待はある。そういった物の鑑定を怠らないように努めるのが一番かもしれない。

「わたくしが、見つけてみせますわっ!」

 やる気満々だな。頼りにしてはいるけれど、世界中に使徒を派遣して人海戦術で探して回るというのが、下手したら一番効率がいいかもしれない。

 それはそれで気の遠くなる話だ。どれだけ神々を喰らえば成せるやら。

(……反乱されたら怖いなんてものじゃないな)

 千のリリウムの逆襲に遭えば私は死ぬ。少なくとも心が。



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