第三百三十八話
何かに集中していると、時間が経つのが早い。
盆栽を愛でるかのようにして《次元箱》の成長を眺め、身体を動かし、身体を痛めつけ、身体を休める。修行三昧の日々。
マジカルプライベートルームであるところの次元箱を身体の一部としていいのかどうかは、未だに謎だけれども。
仲間と過ごしていればこの時間の流れもゆったりとしたものになったかもしれないが、作戦終了までの残りわずかな時間も、一貫して一人で過ごし続けた。
あえて距離を置く理由は色々とあるけれども、その際たる要因として、私が仕事に付き合うと仲間達の貢献点が大きく目減りしてしまうという点が挙げられる。
拠点でおばちゃん達とのんびりとお茶を飲んで過ごしていたとしても、ただそこに居たというだけで作戦の難度が大きく引き下げられてしまうのが、この立場のままならないところ。楽な仕事扱いされてしまっては、働き甲斐がないことだろう。
それにキメラゾンビやアンナノの討伐報酬は基本的に歩合制だ。私が倒した分だけ荒くれ共の酒代が目減りしてしまう。
私抜きでこなせる仕事は、私抜きでやってもらった方が得られるものが多い。経験は積極的に積んでおくべきだ。
リューンもフロンもリリウムも、目指す所は三級でもなく二級でもなく、第一級の冒険者。
なら大きく稼げる時に稼いでおいた方がいい。こんな機会は滅多にない──いや、もう二度と来ないで欲しい。ノーセンキューだ。
後はまぁ、私が本調子でないという理由もある。
牛からぶん取った神力の消化にはまだ数年かかる。魔力と神力を浄化と消化に全力で当てて、早くても数年。
まだ灰色の存在がしつこく存在感をアピールしているし、体内に残留している瘴気もまだ相当な量に及ぶことだろう
牛の成分も色濃い。この神力が不安定な状態で迷宮に入るのは過去を思うと大変に怖いもので、すっかりパイトともご無沙汰になっている。
魔石の補給に動けない以上、窃盗事件は割りと死活問題のそれであって……フロンが過労死しなくてよかったね。
とにかく自分の掃除をするにも、山の掃除をするにも、深山幽谷に一人で佇んでいるのが最も都合がいい。
一人であれば大きな問題を起こすこともなく、深山に居れば問題が向こうから関わってくることもない。既に一度やっちゃってしまっているのだし、残りの時間くらいは穏やかにお淑やかでいさせて欲しい。
現状維持では明日にでもまたやらかさないとも限らない。安寧と清掃はセットで、分かち難いもの。
「──さて、終わってしまったわけですが」
作戦領域であるカーリは、その区分が大別して四つに分けられている。
今現在私がいるのが北の山。その南の平野部を西、中央、東で区切って計四つ。人海戦術で東進してきた連中は西から、私達の拠点は中央にあり、ギースをはじめとした精鋭冒険者は東から西進して中央に合流した。
現在では西と中央を東西で区切るようにして大きな街道が通っているので、あちらでは西や中央の北と南がそれぞれ別の領域として扱われているかもしれない。
それはさておき、私が担っていた領域はその西から東までを併せたよりも尚広い面積に起伏が加わった深い深い北の山。その清浄化がついに完了した。
「感無量だけど……この後はどうしたものかな。手伝いに行っても仕方ないし」
山の南東から北東にかけての南北線、それに北東から北西にかけての東西線は早い段階に済ませていた。
北西から南西にかけてをチマチマと掃除している最中に盗難騒ぎが発生し、威嚇のために南西から東南(盗難だけに)にかけてを急遽先回りして掃除したのは記憶に新しい。
半年ほどかけてゆっくりと処理するプランであった南の緯線を一日で片付けてしまったがために、残っていたのはやりかけの西の経線のみ。牛歩戦術にも限界があり、これも数十日程で済んでしまった。
「ぱんぱかぱーんってね。それにしても、どうしたもんか……」
取りうる選択肢はいくつかある。皆を手伝いに行く、山で遊んでいる、ガルデに向かう、他所に遊びに行く、などなど。
「先にガルデに報告しに戻ってもいいけど……一人でお風呂入って美味しいもの食べてたら怒られるよねぇ……」
ガルデ王に報告すべき点はそう多くはない。問いたださなくてはならない点はそれなりにあるけれども、急ぎの用でもない。
結局、山で大人しくしていることにした。
日中は身体を動かし、夜は身体を痛めつけた後に《次元箱》の中で適当に時間を潰す。今日は思索に耽りたい気分だ。
「王様は『眷属』って呼んでたんだよねぇ。最初っから」
国語辞典があればよかったのだが、私の理解によれば、これは神の使徒や使者といった意味合いのお友達を指す言葉となる。
ただの魔物を、多少造形や存在そのものが奇天烈になっていたとはいえ、普通は眷属なんて呼びやしない。種として安定していればキマイラ系だが、やっぱりキメラやアンナノ、あるいはゾンビや肉塊。まぁ、今となってはなんでもいいけど。
「関わっていることに気づいていた。最初っから私に邪神をぶち当てる算段だった──としてもまぁ、不思議ではないのか」
龍の駆除と眷属の掃除を確かに請け負った。これが龍とキメラではなく、はじめっから龍と牛のことを指していたのだとすれば……。
「はぁ……性格悪いなんてもんじゃないよ、お爺ちゃん」
だがこれは確認しなかった私に非がある。「眷属ってあのキメラゾンビのこと?」と一言問うてみればそれで済んだわけで。そこに虚偽を挟み込まれていたらお城をペシャンコにしていたところだが、今回はまぁ……私の負けだろう。
固定観念だ。話を聞く以前から、眷属とキメラゾンビがイコールで繋がってしまっていた。うまくミスリードを誘われた形になってしまったが、王様は最初から私がそのつもり──亜神なんかのメルヘン存在と相対する覚悟でいた、なんて思っていたかもしれない。
今になって問いただすのも間の抜けた話だ。あまり格好のいい在り方ではない。
神算鬼謀の只中で生きている王様にとっては、年若く世間知らずなピッチピチの若い美女を弄ぶくらい、児戯にも等しかったことと思う。
「遊ばれたなぁ……依頼主の言うことを真に受けちゃダメだね」
予め開示されていた情報と実際に確認しに出向いた情報とで物事を判断してしまった──いや、これがミスなの? これ以上どうしろっていうのよ。知らないよ邪神なんて。
もしかしてギルマスのおっさんもグルだったんだろうか……その時はぶん殴ってやろう。
「それとあれか、あの魔導具持ちのリッチも……噂の初代狂信者さんっぽいよね」
あれはいわゆる魔物のリッチとは違っていた。リッチというか、霊体というか、骸骨のお化けというか、リッチはリッチなんだけど──。
あの時は見分けようがなかったが、《探査》の鑑定技法を得た今なら、何かしらの情報を得られていたかもしれない。
転移の杖を手に、魔法強化や魔力強化の指輪を骨だけの指にジャラジャラと身につけ、風魔法の威力強化に繋がる更なる指輪までつけていたはず。あのリッチは風魔法以外は使ってこなかった。
防具は適当だったが、幽霊らしく空を飛び、転移で逃げ回りながら魔法を乱射するのに強固な鎧なんて物は必要ない。
無駄な装備を身に着けず、必要な物だけを厳選して、得意分野を伸ばす。意志の介在なくして成し得られることではない。
その上魔力回復速度を促進する腕輪やティアラのような高そうな鑑定魔導具までもを身に着けていて、フロンを執拗に狙ってきた。
──魔力に長けたハイエルフのお肉を狙って現れた。フロンを乗っ取って邪神と契約を結び、神格を得ることで──。
「中々に当を得ているんじゃなかろうか、危ない思想集団の元凶が考えそうなことだ」
お化けのまま神格を得たらどうなるんだろう。骸骨の使徒なんてのも格好良いかもしれないが、私ならノーセンキューだ。美人にして欲しい。
その点フロンは肉体のポテンシャルが高い。切れ目の眼尻こそ少々キツイが、怜悧な美人で綺麗で、魔力もいっぱい持ってて強い。そういった技があるのかは不明だが、乗っ取ることができるのであれば、この上ない逸材だと言えよう。
すぐ近くにいながら全く見向きをされなかったハイエルフが確かもう一人いたような気がするのだが、まぁ……うん。
アリシアが狙われなくてよかったね、ってことで。
「邪神の来歴を調べ損なったのも失点だ。正しく鑑定できたかどうか、だけでもある程度は絞り込めたかもしれないのに……」
サンドバッグにする前にやるべきことがあった。あの牛は、いかなる神であったのか。
神力を直にカツアゲすることに成功したのだから、神であったことは確かだと思うのだが……どこどこの誰々さんだと確認できたわけではなく、今は情況証拠から推測するしかない。
「もう後の祭りか。考えても仕方ないしね」
もう寝てしまおう。想像で物事を決めつけると痛い目を見る。
────。
「お疲れさまー。はぁぁぁぁ……疲れたよぉ……」
「ご無事で何よりです。報告を伺います」
今日も一日無事生き長らえた。組んでいた冒険者達と共に事務所で戦果を報告し、魔石を受け渡して別れる。いつもの日常。
作戦の進捗は既に八割ほど完了していて、次の季節を跨いだ頃には全て完了するだろう──と展望を抱ける程度には、終わりが見えてきた。
随分と長い間戦ってきた。お陰で馴染みの顔も増え、今では誰と組んでも問題なく動けるようになってきている。
もちろん、相手は選ぶけどね!
汗と瘴気とを洗い流して一人で慣れ親しんだテントに戻ると、フロンがアリシアと談笑をしていた。最近ではエルフ語の出番がなく、この娘も交流の幅が広がったことで楽しそうにしていることが多い。
テント一つ、ベッド三つ、樽がいっぱい。もう違和感を覚えることもなくなった。樽はいつだってそこにある。ないとおかしい。
「戻ったか、大事はないか?」
「お帰りなさいっ! お疲れさまです!」
「ただいまー。特に何もない、いつも通りだよ」
フロンがいるのもいつも通り。アリシアがいるのもいつも通り。サクラがいないのも、いつも通り。
「……手紙、届いてないよね?」
「あぁ、完了の報告を受けたきりだ。そのうち顔を出すだろう」
「だよねぇ……」
これもいつも通りのやり取り。何でこう、あの子は、仕事が終わったのに──!
(会いに来ないんだよぉぉぉ……もぉぉぉ……)
リリウムによれば、サクラが激怒してみせたのはほぼ演技であろう、とのこと。
本気なら、生きて朝を迎えられるわけがない、と。
馬が無事なのがいい証拠で、街道を潰してもいない、と。
フロンは冷静に見えて、想定外の状況に弱すぎる、と。
三人だけの時に、得意気な顔でのたまってくれた。返す言葉もない。分かっていたと強がるには、晒した失態が大きすぎる。
こちらに顔を出さないのも、おそらくはギルドが設定する貢献点を考えてのこと。鬼の居ぬ間にしこたま稼ぎ倒すのだと、リリウムは高位冒険者の群れからなる遠征軍団を率いて今日も不在にしている。
サクラの元師匠のドワーフやバカみたいに大きな盾を持った娘に、魔剣士のパーティなど。こういった主力陣が不在としていながらも拠点の秩序が乱れていないのは──樽やこんなところにしか、サクラの存在を感じられない。
魔石や道具の管理が徹底され、今では酒瓶の一本に至るまで、数が一切狂わない。初めからこうしておけば、あんな恐怖を感じることもなかったんだ。
──今度ばかりは殺されるかと思った。死んだと思った。ペトラ達はきっと知らなかっただろう。あの子猫はうっかりで尻尾を踏まれた程度では怒らないが、そこに悪意が介在していれば決して殺しを躊躇わない。
優しいだけのサクラと、ちょっと厳しいだけのサクラしか知らなかったソフィア達には、リリウムの脅しもいい薬になったと思う。




