第三百三十七話
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修験者の真似事をしながらお仕事に邁進すること幾日か、食べ物の補給に戻った中央拠点の食堂に顔を出したその瞬間、お茶をしながら談笑をしていた受付さん達が一斉に凍りついた。
ゾンビか幽霊か、あるいはエイリアンでも見たかのような態度に傷つかないでもないが、事情を聞いて納得する。
(まぁ、予想はできていたことだ──性善説を鵜呑みにするほどね、少女ではないわけですよ)
仲間達、弟妹達、ギースを始めとした上級冒険者達、皆まともな冒険者だ。王様選別の騎士に、同じく直々に選定された後方支援の皆様方。皆真面目な人達だ。
お金目的の冒険者や食堂のおばちゃん達だって決して悪い人達ではなかった。中央の拠点は人材に恵まれていた。たまに喧嘩くらいはしていたけれども、これまで大した問題も起こさなかったのだから。
ルナからの支度金を手に、一目散へと逃げていった港町の彼ら。周囲にいる人達がまとも過ぎたから勘違いしそうになるが、多くの中級未満の冒険者なんてものは、所詮こんなもの。
初めから大して期待もしていない。だから憤りもない。淡々と処理しよう。
盗みの対価は死をもって購ってもらう。
(──とはいえ。とはいえ……ですよ。どう表現したものか……)
正直になれば、どちらかと言えば、怒ってはいる。魔石は全て私の私物だ。寝る間も惜しんで迷宮を駆けずり回り、手ずから一つずつ大きさを揃えたり術式を刻んだりして手を加えた、大事な大事な私の魔石。
それを盗まれてヘラヘラしていられるほど、私はデキた人間ではない。
(盗人が誰だか分かっているなら締め上げてしまえばいいんだけど……記念品感覚で持ち帰られてもねぇ、困るんですよ)
指輪につける宝石大の大きさになったものから、新品から、樽ごとまで。規模の大小はあれど、窃盗犯は一人二人といったレベルではないだろう、とのこと。
スタンプラリーの台紙感覚でいるのかもしれないが、やっていることはハンコを鎖から外して持ち去っているのと変わらない。思いっきり業務に支障をきたしている。皆やってるから、なんて軽いノリで仕事を妨害してもらっては困る。そんな連中居ない方がいい。
私のルールでは、盗賊は人間ではない。頭を潰し、首を切り落とし、崖から放り捨てようが、穴を掘って焼き捨てようが、何ら心が痛むことはない。
魔物や害獣と同列か、それ以下のランクの、外道。
腐ったミカンは取り除かねば、箱の全てに伝播してしまう。一人ずつ身体検査を行って摘発するのが正道かもしれないが、そんな面倒事にかかずらっていられるほど、私も暇じゃない。
一度だけ。一度だけ、見逃してあげてもいい。魔が差した、つい。そういうことでもいい。
自分から返してくれさえすれば、今回に限り、罪を帳消しにしてあげてもいい。許してあげてもいい。
しかしまぁ、返して? と可愛くお願いしたところで、誰も動かないことは分かりきっている。
めっ! なんて可愛く叱ってみても、まるで効果が出ないのは当たり前。
窃盗なんて世界中どこでも、大抵は罪になる。なるのだが、私は法術師なんて役柄を担ってはいるものの、法の番人なんぞでは断じてない。善悪の在り方を定めるなんて御免被る。裁く必要があったとしても、それはガルデにお任せしたいところだ。
それに改心、更生してくれなくてもいい。悪いと思っていても、いなくても、盗った物を返してくれればそれだけでいい。手足を動かして残りの期間の間だけでも真面目であってくれさえすれば、その後のことはどうでもいい。彼らの素行や生き死になんぞに欠片ほどの興味もない。
死ではなく、労働で購ってくれても構わない。私はその辺融通が利く。
(自発的に返却してくれるよう促すには……脅すのが手っ取り早いよね)
脳筋に説いても無駄だ。一人ずつ面談を繰り返すだなんて真似、お金をもらってもしたくない。
自分一人くらい返さなくったって──なんて考えでいられる連中がわずかでも残ってしまえば、わざわざ動く意味がない。
危機感をビンビンに煽らなくてはいけない。本当に崖っぷちギリギリにいるのだと、次はないのだと。こういうのは中途半端が一番良くない。
何をもって訴えるんだと聞かれれば、暴力を置いて他にない。徹底的にやらなければいけない。
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作戦の決行は翌朝の早朝に設定した。拠点から姿を消して準備を整え、いざ朝になってみると……決心が鈍りそうになる。
「はぁ……」
眼下に広がる私の遊び場。せっかく綺麗にしたのに。掃除した床にジャムの瓶をぶち撒けてしまった時のようなやっちまった感に、腕を振り下ろす前から支配される。
これからぶち撒けられるのは、ジャムの中身ではなく床なんだけど。
「まずは……山をナイナイしないとね」
スナック感覚で山をモグモグしている最近の己が素行を思うと微妙な心境にもなってくるが、これは必要なことだと割り切って心を鬼にする。
「そうだ、私は鬼。夜叉を、修羅を、鬼ババを……演じるんだ、できるんだ」
へーきへーき。山なんてどうせまたすぐに生えてくる。いっぱいあるんだし、一つくらいなくなったって──。
魔が差した人達も、きっとこんな気持ちだったんだろう。酒瓶くらいなら問題にもしなかったのに。
「大丈夫、できる。いける。やる。私は、ヅカをっ、目指すん……だっ!」
毎度おなじみメロンパン型UFOが、南端の山の一つへと向かって飛んで行く。
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「うひゃああぁぁっ!?」
筆舌にし難い爆音が轟き、文字通り跳ね起きる。フロンの火玉を同時に千発叩き込んでも、こんな音は出ないでしょう。
「敵襲!? まさか、こんなところに……!」
油断していました。この一件は未だ不明瞭な点が多いのです。その渦中に居ながら、襲撃されるまで気がつかないなんて!
枕元に忍ばせている愛用の棒を引っ掴んで寝間着のまま天幕から飛び出て周囲を確認したところで、力んでいた全身から力が抜けます。
「あぁ……そういうことですか。──耳に届いてしまったのですね」
崩れかけの天幕へと戻って朝の支度を始めた頃に、ようやく周囲から悲鳴と怒声が聞こえ始めます。少し行動が遅すぎますわね。
「ああぁぁぁ……もうお終いだよぉ……」
二つ目の山が吹き飛ばされ、煙が立ち上る頃にはリューンさんも起きてきました。三つ目が消し飛ばされた頃には、ソフィアやアリシアも。泣きも震えもしていないだけリューンさんよりはマシですが、ただただ言葉を失い呆然としているだけというのも、成長が見られませんね。
四つめ五つ目と順繰りに吹き飛ばされて、毎日見ていた北の景色が一変した頃には、悲鳴も怒声も聞こえなくなりました。安穏としているのは、お馬さん達くらいなもの。
「おいおい! これは一体どういうことだ! 邪神は討伐されたんじゃなかったのかっ!? 説明してくれ!」
以前冒険者ギルドでサクラに喧嘩を売っていた、全身鎧の剣士が詰め寄ってきます。火を吐けない以外は何かと有用で、仲間と共に先鋒として戦場に放り込んでおけば、着実に戦果を挙げて帰ってくる便利な男。
しっかり臨戦態勢でいるのは高評価ですね。唯一性こそありませんが、生きて帰ることができれば二級への昇給試験に受かる望みもあるかもしれません。
──その前提が、今まさに崩れようとしているのですが。
「邪神は確かに討伐された、お前もあの場に居ただろう。……今暴れているのは、あれを討伐した女だ」
「……なんだって?」
顔を真っ青にしたフロンが合流し、詰め掛けてきた大勢を前に、アレがナニであるかの説明がなされています。
「うちのお姫様が怒り狂っているのですよ。邪神なんかよりよっぽど恐ろしいですわね」
腕を組んで息を吐く。これはもうお手上げ……というアピールをしておくのが、正解だと思います。
「どういうことだ、説明してくれ!」
この方、いつも説明を求めている気がしますね。
「魔導具用の魔石を盗んでいる者達がいる──という話をお前も耳にしているだろう。それによって作戦の続行が困難になっているという報告を彼女に上げた。つい先日のことだ」
「…………」
「彼女はああ見えて、本職は法術師なのですよ。その法術師が寝る間も惜しんでかき集め、手ずから加工した魔石を盗まれて……黙っていられるはずがありません。ひとしきり暴れたらこちらに向かってきますわよ」
「ま、まさか……」
「あのおてんば姫は今頭が沸騰していて、山と盗っ人の区別がついていませんもの。そのうちこちらへも目が向くでしょう。その際に村人と盗賊を見分けられるとお思い? ここも一撃で……ああなりますわ」
タイミングよく、北東方面の山がまた一つ消し飛ばされました。あれだけ暴れれば疲労も半端ではないでしょうに、徹底していますね。
ほとんどの人間が恐慌を通り越して呆然と、唖然と、馬鹿みたいに口を開いて言葉と思考能力を喪失しています。うるさくなくて大変結構。
「殺してから魔石を探すも、魔石を探してから殺すも……彼女からすれば同じことだ。私達は皆アンナノに食われて全滅した。ガルデにはそう報告を上げればいい」
目撃者なんて残らんからな、などと漏らして項垂れるフロンの演技は、中々に堂に入っています。心の中で拍手をしておきましょう。
「──お、おい! あれ……近づいてきてないか……?」
目ざとい誰かが声を上げ、騒然と動揺が波及し始めます。元気に山を消し飛ばしているはずのサクラの姿は見えませんが、徐々にこちらへ向かってきているご様子。
山と麓の森とを吹き飛ばし、浄化の済んだ荒野に大穴を開けながら、死を予期させる轟音と衝撃とが徐々に近づいてくる様を見ていることしかできないというのは、脅しだと分かっていても中々の恐怖体験です。
「逃げろぉー!! 逃げるんだ! このままじゃ殺されるぞ!」
「おい、外壁の向こうに結界魔法が展開されている! 誰の仕業だ!」
「おいおい、出れねぇぞ! 壊せ壊せ! 急げぇぇぇっ!」
「壊れねぇよ! おい、壊れねぇんだよ!!」
(本当に徹底していますわね)
お馬さんだけではなく、わたくし達も拠点ごと守ってくれるようです。閉じ込めて一網打尽とは、大変理に適っています。
リューンさんもフロンも、全てを諦めたような表情で座り込んでしまいました。サクラが転移を阻めるということをようやく思い出したのでしょう。
そんな人々が行き交う様子を、馬房の馬達は興味深そうな表情で眺めています。ご安心なさい、貴方達だけは無事でしょうから。
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雲の上からメロンパンを落星させること数度。サクサクと軽快な音を立てながら山から森、そして荒野を順繰りに咀嚼していき、ついに拠点の番がやってきた。
東西に広がる大きな街道を挟むようにして脇にキャンプ地を併設しているような、町のような規模の集落。住居部はほとんどテントのようなので、今の段階で守らねばならない施設はそう多くはない。
石造りっぽい食堂がいくつかと、簡素なシャワーだけの公開浴場。後は倉庫と可愛い馬達をびっくりさせないように、そして彼らのお部屋に被害が及ばないように気をつけておけば、いくら脅しても平気だ。
《防具》を手にした私の演算能力は、結界種限定ではあるがすこぶる高い。気分はスパコン、こんなこともできちゃいます。
「投げて手放しても崩れないんだから、すごいよね。どうなってんだろ……」
私の頭が良くなったわけではないのだが、これも名付けと契約による効能なんだろうか。今なら龍を運んだコンベアだって、片手間でいくつも作り出せる。
「まぁいいか。さて、とりあえず一発行ってみよう」
邪神を叩き潰した巨大メロンパンのサイズはそのままで質量のみを調整し、あっちとこっちに重力場をセットしてから思いっきり投げ下ろす。
《結界》とメロンパンが衝突したことを確認した後、雲の高さから自然落下すれば、中々劇的な登場シーンを演出できるのではないだろうか。
あれはなんだ! 鳥だ! いやUFOだ! いいえ、サクラちゃんです。
窮地を前に、高いところからバーン! と登場してみせるのは中々に感動的なシーンかもしれないが、どちらかと言えば今の私は死神側。
普通なら衝撃で足から腰にかけてがミンチになっているところだが、引き寄せた《防具》を足場にして着地してみれば、私へのダメージはゼロ。地球では真似しないようにね。
地面では具合が悪いので街道の数メートル上空まで幽鬼のような姿で移動して、お預けになっていた演説──という名の、一方的な独演会を始める。
「──話を聞いたわ」
聞いてしまいました、と宣言する。
ガルデから借りっぱなしになっていた拡声魔導具を一番強いモードにして、拠点の端から端まで届く声量で、しかし決して声は張り上げず、淡々と言葉を紡ぐ。
「話を聞いたわ。報告を受けたの。……分かるかしら?」
聴衆はお行儀がいい。ざわめき一つ立てずに清聴してくれている。分かるって、何が? 自分でも分かっていない。
「私が一所懸命集めてきた魔石を、寝る間も惜しんで作った魔物除けを、盗んでいる者達がいる。数が合わないの。数は全て、記録してあるのに」
具体的に何がどれだけあるかを、私は把握していないのだけれども。
「記録してあるのよ。記録してあるわよね? 西の集団にも、中央の集団にも、管理を徹底するよう指示したわ。だから安心していたの。信じていたの。信じていたのよ?」
ここで唐突に暴力に訴える。メロンパンを人のいない、しかしテントをいくつか吹き飛ばせる位置を目掛けて投げつける。お寝坊さんがいたらごめんなさいだが、投げた後に《探査》で確認してみたところ、住人は不在とのこと。よかったね。
「それがここにきて、今になって、数が合わなくなった。作戦が失敗するかもしれない。──貴方達、誰の顔に泥を塗っているのか、分かっているのかしら」
思いっきり凄む。これは昨夜たくさん練習した。静かに怒りを押し殺して、滲み出るオーラを主成分にして威圧するのだ。重量支配でちょっと周囲の空気を重くしてあげると、中々いい結果が出る。張り詰めた空気というものは、メルヘン物理でお手軽に再現できるのです。
このために白ワンピも頑張って汚してきて、昨夜は滑落後に身体を洗っていないので、今はお手本のような冒険者らしい身なりになっている。
髪はグチャグチャ、肌も薄汚れ、真っ白な服は垢汚れ──のように見せたドロ──が目立ち、サンダルは紐が切れかけて脱げそうになっている。
目だけは血走らせておく。よく見えはしないだろうが、オシャレとは見えないところを着飾ってこそ。
そして、こう……『もしかしてこいつ、話通じねぇな?』的なイカレ野郎を演じてみせれば、大層危機感を煽ることができるとの見立てだ。ここまではプラン通りに進行している。
臭いのは自分が我慢できないので、その辺りは割りと常識的なスメルを放っていると思うのだけれども、今の私に近づいてこようなんて酔狂なアホはいない。
しかしあれだ、これだけ注目を集めたところで、すっかり気にならなくなっている自分がいる。案外生徒会長とか向いていたのかもしれない。やったことないけれども。
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(やはり向いていませんわ……)
前置きは良かったと思いますが、そこからが良くありません。
必死に駄々をこねる小娘を演じてはいますが、一歩引いて落ち着いて観察してみれば、とても粗が目立ちます。
まず人死が出ていないというのがありえません。恐怖で支配するというのなら、見せしめに数人散らしてしまうのがセオリーですのに。
山を飛ばし、大地に大穴を開け、拠点にも暴威を向けてみせましたが、これも北と南に穴を開けるのみ。堀のようになってしまっていて却って拠点の堅牢さは上昇していますし、街道も潰れていない。
そもそも拡声魔導具を使うというのがありえません。台無しです。
これでは演技だとバレるのも時間の問題。そうしてしまっては、魔石も戻ってきやしないでしょう。
「頑張りは認めますが、早くも潮時ですわね。──アリシアはどこにいましたかしら」
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「もうお止めになってっ!」
またいくつか穴を開けようと《防具》を拡大させたところに、拡声魔導具を介してリリウムの声が響き渡った。とりあえずぶん投げてから話を聞く。
「魔石は全て回収いたしますわっ! 今より二刻以内に全て回収してご覧に入れます! だから怒りを鎮めて! 許してくださいまし!」
アリシアの杖に相乗りし、目立つところから身振り手振りを交えて魔石の回収プランを説いてくれるうちのお嬢。出来の悪い舞台でも見ているかのようだ。
(ヘッタクソな演技だなぁ……ここからがいいところなのに)
ここから徐々に、理性をなくして話が通じなっていくイカレ野郎ルートに入るシナリオを書いていた。ちょうど屋内が空になった建物がいくつかある。そこを粉砕してみたりして。
あっちをドカン、こっちもドカン。どうしようもなくなって、恐慌に陥り、ガタガタ震えて自分から盗った魔石を取り出して許しを乞うてくれれば最高だった。哄笑の練習もしたのに。ハーッハッハッハッ! みたいな。
だがリリウムは言う。言ってしまう。全員を一つのテントに順繰りに放り込み、そこで自発的に提出させた後に、続けて全員に対して身体検査を行うと。
盗っていても、身体検査で魔石が見つからなければ不問にするとお空から人々に説いて回り、返事も待たずに状況を勝手に進め、宣言を少しオーバーした二刻半程度で見事に盗品を回収してみせた。
許しがたいことに、火炎放射器を盗ってるアホもいた。気づけよ。どんだけ管理適当だったんだよ。杜撰過ぎるぞ。
(しっかし何かこういうの、フロンより向いてそうだよね、リリウム)
脳筋に見えて──いや、見えているだけじゃないけど。とにかく案外指揮官とかリーダーとか、向いているのかもしれない。というか、最も向いていそうなフロンの動きがあまり良くなかった。
何かこう、私の演技を真に受けているというか、生気がないというか。そこまで込みで演技である可能性の方が高いけど。
《探査》を介して見ていたが、程度を問わずに盗っ人が二百人強。それでもなお盗った物を返却しなかったのはその中のたったの八人。中々上手に隠していたので、きっと常習犯だろう。
こいつらはその日の晩までに全員始末して、中身と一緒に晒しておいた。
以降は管理が徹底されたこともあり、魔石の数は一切ズレなかったとの報告を受けている。
意外なことに、離脱者は出なかった。皆最後まで真面目に働いてくれたとの報告も受けている。




