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第三百三十一話

 

 カーリ中央の山嶺は文字通り、大小様々な山が連なったハリネズミのような地形をしている。

 山を登って下るか裾野をウネウネと迂回し続けなくては先に進めず、進んだ先が登山というよりはロッククライミング向けの切り立った崖のような山だったりするものだから、ハイキング気分で入り込んでは遭難間違いなしだ。

 今は瘴気の森と化した地獄にアンナノやキメラゾンビがウジャウジャと棲息しているのだから、さながら死の森だ。普通に踏み入っては生きて帰るのは難しい。

 ──普通に踏み入れば、の話だ。


「はぁ……本当に何なんですの、ここは」

 辛うじて足が移動手段の体を成しているアンナノ達を猫棒で叩き転がし、巨大な落とし穴に次々と打ち落としていくお嬢の傍ら、リューンが腐った森を伐採する木こり業務に邁進している。

 あちらこちらから吹き出す白いナメクジに嫌な顔をしながら、地面から切り離された植物と動物の混合物も同様に穴に投げ込み、最後に火魔法でこんがり焼いてしまえば、最後っ屁の腐臭を残して森は一見まともになる。

「狂気の坩堝(るつぼ)だな。元が何であったのか想像つかんぞ、これは」

 今大穴に放り込まれたアンナノは、イエティが十一のオークが三、それにオーガが少なくとも二か三体は素材となって合体している。毒はないのでノンコカトリス、ゴブリンはふりかけみたいなものなので、どれだけ混ざろうが誤差みたいなものだ。

 何を食べていたのかまでは、流石に詳しく調査しなければ分からないけれども。

 最近は多少使い慣れてきて、《探査》の鑑定技法から得られる情報の選別もパパっとこなせるようになってきている。やっぱりこれを消すだなんてとんでもない。元になる鑑定術式には多少改良を加えようかと考えているが、この技法は一生ものだ。もう手放せない。

「食欲が失せるよ……はぁ、また痩せちゃうね……」

 ぶつくさと不平を漏らしながらの作業だが、邪神の封印を解くには必須となっております。口より手を動かして頑張って欲しい。


 牛が封印されているということは、牛が封印されているポイントと、牛を封印しているポイントがあるということだ。カーリ山中の一角にひっそりと佇む朽ちた洞窟の中に、そのポイントがある。

 これが全部で四箇所ある。牛を中央に配置してそれを囲むように、おおよそ東西南北の四箇所に洞窟が掘られていて、内部に大変古い祠が祀られている。それぞれで同時に封印を解除する儀式を執り行わなければ解けないようになっているとかなんとか。

 祠を壊しても無駄らしい。ネジ山がダメになるみたいな感じなんだろう。

 優秀だった最初の狂信者でもこればかりはどうしようもなかったらしく、邪神を元気にして自分で封印を解いてもらうようにせっせと養分を撒く方向にシフトした結果が、この惨事を招いている。

 ヤツがいなければ安全対策はばっちりだったわけだ。どうせならこんな深い山中ではなく、分かりやすい平地にでも封じてくれていたら花丸をあげていたところなのだが、町中に邪神が封印されている都市になんて私も住みたくない。ここは大目に見よう。

 幸いなことに、各封印の距離はそれほど離れていない。山の起伏を無視できれば、馬の足で半日もかからない程度だ。

 そして足場魔法を(よう)する我々にとって、こんな起伏は障害のうちには入らない。ペトラちゃんや透明な床を歩くことに不慣れな人々が半泣きになるだけで済む。


 というわけで、しばらくは各ポイントに封印担当の魔法師や護衛の騎士達を山の中に放置しても平気なように、洞窟周辺の安全を確保する必要がある。

 魔物除けの結界石でアンナノを遠ざけているだけでは瘴気とストレスで騎士の人らが参ってしまいそうなので、環境を改善するために動ける者が総出でお仕事をしているわけだ。


「リューンさんはいい加減に痩せた方が──」

「ちょっと! もう体型は戻……って、元々太ってないよっ! いい加減なこと言わないで!」

 にぎやかだ。ガルデではとても良い物を飲み食いしてきたようだが、ここ最近は身体を動かしているのでリューンちゃんもすっかり元のスタイルを取り戻しつつある。相変わらずよく食べるけど、それ以上に動けば太りはしない。

 リリウムほどではなくても、もうちょっと常日頃から身体を動かしてくれると私も安心できるのだが。冬は怖い。

「じゃかあしいぞ小娘共! 黙って手を動かさんか!」

 ショベルを振り回して大穴を掘り、重機をぶん回して腐った木の根っこを引き抜き、汗だくで真面目にお仕事をしている私のお師匠さんは今日も格好良い。

 やはり良い男は背中で語らなければならない。黙々と且つザクザクと不平一つこぼさずにお仕事に集中している姿は……たまらないね。

 私はポイント稼ぎのため、最初から無駄口一つ叩いていない。何のポイントかは知らないけれども。


 穴を掘り、草木と共に肉を焼き、焼き尽くした後に鎮火して浄化。周囲一体を再度浄化し直して、辺りをもう一度チェック。

 洞窟から半径一キロメートル圏内くらいはおおよそ綺麗になったが、地下がマズイ。《結界》や魔物除けなどと違い、私の《浄化》は地中への通りがあまりよろしくない。

 水源や地下水脈を掃除できるかと思って少し調べてみたのだが、一応可能だが実質無理、という結論が出た以外に大した収穫はなかった。

 私にこれをやらせようとすると……山々を全て吹き飛ばした上でアホみたいな大穴を掘りまくり、そこに潜って《浄化》パンチを気が遠くなるような時間、延々と叩き込み続けなければならない。

 当代一の頭脳の持ち主にキメラゾンビウイルスを無害化する薬でも作ってもらって、それを大陸全域に延々と散布する方が千倍は現実的だ。こればかりは依頼されても断る。

(だけど……無害化はいいな。ウイルスにはワクチンだ。対処療法が可能なら、残党どももこんな危険な薬に固執しやしないんじゃなかろうか)

 他の大陸に持ち込まれて悪さをしたところで、お薬があればなんとでもなる。王様に進言しておいた方がいいかもしれないが、とっくに研究が始められているんじゃ──みたいな予感もある。

(本当に知らなかったのかなぁ……王様は)

 一朝一夕の時間で、建国以来代々伝わってきた国宝を一冒険者に授けるなんて決断を下せるものだろうか。


 五人で南の洞窟を処理し終えた後、そのまま時計周りに西、北、東へと順繰りに清掃作業を進め、足場わんこズが封印担当の魔法師を騎士と共に馬で洞窟へ案内するのに数日。

 そこから邪神の封印地点へと外野を引き連れて移動するのに更に数日、準備だけで結構な日数を要してしまった。

 ここいらは瘴気が特に厳しいので、一際(ひときわ)瘴気に弱い禿頭(とくとう)の巨人の男を筆頭に、耐性のない者が初っ端から軒並み使い物にならなかった。何しにきたんだこいつら。

 封印担当の魔法師もその例に漏れず、かなりお膳立てをしなければそもそも話が進まない。結果五人で頑張る羽目になる。ギースはドワーフだけあって、瘴気には割りと強い。本当に頼りになるね。


 前もって私が北方面の浄化を済ませておけば──という話になるのだが、これを先送りにしたのは結論から言うと最良に近い選択だった。

 この山々で産まれ出で、死ぬことで生成された養分の流通経路が、私にも探り出せなかったこの封印の機能に相乗りしたものだったと判明したからだ。

 ようは……あれだ、血管みたいな保護機能付きの術式の回路に守られていて、その内部をギュンギュン行き交っているわけだ。

 私が《浄化》パンチで無理やりこの辺りの清浄化を推し進めていたら、封印が破損したり、その隙間から流入した私の《浄化》や神力を吸った、とびきり元気な邪神とメロンパンなしで突如相対する羽目になっていたかもしれない。気づいた時には流石に血の気が引いた。

 この洞窟や祠の守り、そして封印術式の保護膜に結界由来の力が使われていれば察知もできたのであろうが、他の何かでただ覆い隠されるというのが私的には一番どうしようもない。

 今なら《探査》の技法でそういうものがある……ということは分かるのだが、これはつい最近実装されたばかりの代物だ。危なかった。本当に危なかった。

 邪神なんぞ知らん! とガルデがすっとぼけたら、《防具》は手に入らず、二十兆もパァとなっていた。本当に……危なかった。

 タダ働きなんて冗談じゃない。


 ──いわゆる決戦前夜ともなれば、何かしらイベントのようなものが起きてもまぁ、不思議ではない。

 仲間と共に円陣を組んで酒盛りをするだとか、実は俺、お前のことが……! みたいな。男女の仲に発展した誰それが盛り上がってしまい、翌朝仲間に茶化されていい具合に力が抜ける。定番だと思う。

 確執のあった誰それが打ち解けあったりとか、そういうのでもいい。とにかくまぁ、悔いのないように頑張りましょう、みたいな流れは結構好きだ。

(まぁ……何もないんだけどね)

 別に円陣を組んだりはしないし、酒盛りに参加しているのは私以上に緊張している野次馬の皆さんのみ。

 男女の仲に発展するような相手もいないし、そんな相手が現れようものなら私のエルフの剣に錆が一つ増えるだけ。錆びないけれども。

 別に確執のある相手というのも……少なくともこの場には居ない。ここでリューン相手に盛ったところで声が洩れるような失態は犯さないし、知られたところで茶化してくるような仲間もこれまたいない。呆れと殺意と嫉妬が飛んでくるだけだ。

「サクラは……こんな時でも普通だね」

「騒ぎ立てるほどのことじゃないもの」

 テントに防音も施していないし、何よりアリシアの教育にも悪いので、こんなところでお猿さんのように盛りはしない。膝枕をしてもらっている。

 余計な脂肪分が削ぎ落とされたリューンの太ももは、この上ない。言葉は野暮だ。この上ない。

 ジィっと見つめられながらお手々でほっぺをむにむにされていれば、ここは天国だ。こういうなんてことのない時間が、私はこの上なく好き。

「だってさ、邪神だよ? 長いこと封印されてた。怖くないの?」

 リューンが普通なのは、私が普通にしているからだ。私はできないことを気休めでできるなんて言わない、こいつはそれをよく知っている。

「不安が全くないと言えば嘘になるけど……怖くはないかな。流れ弾で誰かが命を落とすかも、っていうのが怖いと言えば、まぁ怖いうちに入るかもしれないけど……」

 正直、なんとでもなる。いい感じに張り詰めていた空気をぶち壊したくなかったので、皆の前で雰囲気以上の何かを殊更(ことさら)にアピールしてはいなかったが──少なくとも私の負けはない。

 野次馬がいるので手段を選ぶ必要がある、というのが懸念と言えば懸念ではあるのだが、手はそれなりに考えてきている。足りなくなることはない。自信がある。

「髪の色も、眼の色も変わっちゃって、お肌も白くなったけど……そういうとこ変わらないよね」

 眼球を直接触ろうとするのはヤメタマエ!

 目を閉じると、構うことなく突っ込んできた指に(まぶた)を優しく(さす)られる。とてもこそばゆい。

「髪は勘弁して欲しかったなぁ……」

 もっとこう、顔を小さくだとか、脚を長くするだとか、胸を大きくするだとか、腰つきをもっと……いや、急に体格いじられても困るけどさ。

 顔は固定されているので、横目に色素の抜けた髪を眺めることもできない。多少伸びてはきているが、まだまだセミロングの域を脱してはいない。

「いいじゃない。私は好きだし、何色でもサクラはサクラだよ」

「……染めたいなぁ」

 未練がある。ありすぎる。ゆくゆくは烏の濡れ羽色、コマーシャルも真っ青な究極の黒髪に仕上げるのが夢だった。

「痛むから()しなよ……」

「んー……」

 和装の計画も一旦白紙に戻す必要がありそうだ。状況の変化が目まぐるしい。




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― 新着の感想 ―
[良い点] サクラさんとリューンの二人の和むやり取り。こうしてみるとサクラさんにとってリューンが特別な存在であることがよくわかりますね。 [気になる点] 邪神を倒したら瘴気持ちの魔物を倒したときと同じ…
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