第三百十七話
四十人から五十四人、そして六十九人と、拠点に集う戦闘要員は着実に増加の一途を辿っている。
当初自分一人だけだった浄化使いも今では五人。私を抜いたところで四人もいれば、焼き払われたキメラのゾンビ成分を消滅させることも、一人頭十七、八人分の浄化を仲間に施すことも、大した労苦にはならない。
人数が増えれば前線に出る戦闘要員もローテーションを組むことができるし、このまま総力戦を挑み続けてもいい。やりようによってはブラック業務や過労とも縁遠くなる。
ボチボチ、良いのではないだろうか。万全を期すのであれば、もう少し様子を見てもいいとは思う。だが、そろそろ良いのではないだろうか。
いい加減単独行動を取りたい。東側の徹底浄化作業と、北方面の清浄化と。──いや、素直になろう。《次元箱》で眠りたい。
そんな思いを抱えながらやっぱり様子を見ることを選び、変化が訪れたのが第五陣の合流を受け入れるために前線に出ていた日のお昼頃。
──リューン達と別れて四十一日が過ぎたこの日、忘れかけていた合図がやってきた。
(……んっ?)
相変わらず会話を許してくれない赤いトゲトゲ大盾の少女につきまとうようにして最前線に出て、交流を深めようと結果の出ない努力を続けながら、キメラを燃やしたり浄化を施したりと雑務に明け暮れる日々を過ごしている中、神力がリズミカルにポンポンポンポンポンッと減るのを感じた。
減ったと称するには些か誇大が過ぎるか。濡れた指で塩の表面を撫でたときのような微々たる持っていかれ具合だが、確かにしょっぱい。それが分かる程度には神力が減る。
それが二度三度と繰り返されれば、これは勘違いではない。一時間ほどした後、また同じペースで神力に訴えかけてくる。ポンポンポンポンポンッ、っと、それが五回。
(随分と早いな、もう終わったのか。何か戦果があったかな──)
モールス信号とはよくできたものだ。これが学生の時分に必修科目であったなら、もっと仔細を把握できていたであろうに。
トントン、ツーってやつだ。私の認識がこのくらいのもので、このトンツーが何に対応しているのかはまるで理解していないが、リューンから私への一方通行で、なおかつ簡単なメッセージくらいなら送ることができるのではないか──ということは、あのナイフを作った時から考えてはいた。
自慢? の黒髪を断ち、その全てをお弁当屋さんの使い捨てプラナイフ程度の大きさに錬り込んだ、黒魔術に片足を踏み入れることで完成した《引き寄せ》内蔵の三代目『黒いの』。
うなじを風が撫でるような感覚にももうすっかり慣れてしまった。あの子はリューンに《引き寄せ》られる際、奇跡の体現に私の神力を用いる。
市販されている投げナイフとは一線を画した性能のナイフだ。投げなくても、伊達に魔石型を使った神器ではない。その切れ味は控えめに称して狂っている。
切断力強化の術式を使わなければ、私の《次元箱》で眠っている二代目『黒いの』と比肩するのだから、これは余程のことだ。
そんな強い得物なので、普通に使うこともあるだろう。それが誤報となってはマズイ。そんな懸念を振り払うべく、とりあえずエスオーエスとヘルプ、そしてお家帰りますの三パターンの認識を、二人の間で共通化しておいた。
緊急のSOSは三回、通常のHELPは四回、お家帰ります! は別になくてもよかったが、希望されたのでとりあえず五回といった具合に。
試験運用でしかないのでそのくらい。問題ありません! とか、元気? なんてのはナシ。便りがないのは良い証拠だ。仮にどうしようもなくなっていたら、私にももうどうしようもない。
今回は神格タッチが五回掛けるの五回だったので、落ち着いた環境下での帰還連絡といった塩梅の報告ということになる。
(ケータイ……とまでは言わなくても、無線機くらい作れないものかね)
くらい、なんて話ではない。無線通信はれっきとした物理学の技術で、理系でもない女が零から構築できるほど簡単な技術ではないことくらいは理解している。
そもそも電灯すら実用化されていないこの世界で、一足飛びに電信の技術を実装しようというのは、色々と間違えている。
(でも、欲しいなぁ……どうせ迷宮の内外を隔てたらダメだとか、色々と問題は出てくるんだろうけど──)
電報──いや、超速伝書鳩くらいならいけないだろうか。鳩は私か、私の子か。
転移の杖なんてものが実在しているわけで、転移術式を魔導具に落とし込むことはきっと不可能ではなく、人やリッチを運べるなら手紙の一通飛ばせない道理はない。
(私にもあの子が《引き寄せ》られれば、手紙をくっつけてやり取りできそうなものだけど……)
残念ながらそれは不可能だ。技術的な面でも、そして常識的な面でも。
この不可思議なメルヘン世界で物理法則にとらわれることはとっくに諦めている。腰を据えて成そうと思えば、たぶん、成る。
そして成してしまえば、人の輪の中で生きることは難しくなる。この世界において、転移の忌避っぷりはちょっと半端ではない。絶対に何者かの意志が介在しているレベルで広く広く浸透しているし、思いっきり迫害の対象だ。ままならないね。
だからこそ電気通信、無線通信、トランシーバー、ケータイ……まぁ、そんな感じの物が望まれるのだが、再三述べるように私は素人で、そっち方面からのアプローチは割と無理筋。やるなら魔力か神力頼みだ。
「まぁ……これ終わったらじっくり考えよう」
心のメモ帳に追記して意識を切り替える。今はお仕事を片付けなければならない。アンナノ込みの第三波が見えてきた。
「ふむ。どうじゃサクラ、まだおるか?」
その第三波を何事もなく淡々と片付ければ、いつもの確認行程に入る。
「最も近い集団は百キロメートルほど先ですね。足も遅いようなので、今日はこの辺りで切り上げましょうか」
「それがいいかの」
索敵、焼却、浄化、水生成。そしてお手製ゆずレモンを配ったり何なり、私はギースのメイドさんとして、今日も最前線で頑張っている。
彼やトゲトゲ大盾の少女が合流してから、私は十手を抜く機会を完全に逸した。メンバーは多少流動しているものの、この二人は最前線に固定されており、今や中央の拠点勢から一目も二目も置かれる存在になっていた。
ギースはただでさえ冒険者の一般的な頂点である二級冒険者だ。冒険者であれば、その肩書が伊達ではないことをよく理解している。
確かな経験に裏打ちされた隙のない戦いっぷりを一度目にしてしまえば、その老練っぷりに誰もが夢中になる。私のアイドルだ。
私だけのアイドルであって欲しかったという気持ちがなくもないが、彼の素晴らしさを世に知らしめたいという相反した感情も持ち合わせている。とにかく格好良いのだ。
トゲトゲ大盾の少女は三級冒険者とのことだが、彼女もまた二級がそう遠くはない。
身体がすっぽり隠れてしまう大きな赤い盾を全面に押し出しながらキメラゾンビに突進し、弾き飛ばしたり力比べをしたり、刺で刺したり、そのまま引き裂いたりと、その行動パターンは決して単調ではない。
息のつき方も上手い。死体を殴りつけたり轢いたりといった無駄なアクションがとにかくが少なく、人一倍小休止を挟めることで、見た目からは似つかわしくないタフさを見せている。
(敵の生死を盾の裏からどのようにして見極めているのかという点には、大層興味をそそられるね)
その戦いぶりからは、勝てずとも絶対に負けないといった印象を強く受ける。
強いて難癖をつけるのであれば、仕事に得手不得手が多そうだ。護衛任務を例に挙げれば、個人を一面から守るのは得意でも全周囲から襲い来るそれを相手取るのは苦手としていて、大きな商隊に付いたりした経験はほとんどないはず。自分さえ守ることができればそれでいいという戦い方。
私も基本的には自分第一なので、それはそれで別に構わないとは思う。結局は采配次第だ、彼女はこの状況下において、とても頼りになる防波堤となってくれている。
本日遭遇したキメラの総数はおよそ二千と六百余り。
二千を後ろに流し、六百余りを防波堤組で受け持ったが、その中の三百と二十ほどは赤トゲ盾の少女によって屠られた。
ギースの取り分は、実は百五十ほど。割合的にはそう多くはない。
「……ギースさん、長柄の得物は用いられないのですか?」
刃の欠け具合をチェックして、顔をしかめて数本を踏み折っている。ここしばらくでよく見られるようになった光景。意を決して声をかける。
「んっ? そうじゃの、使えんことはない。昔は槌だの斧だのと使っておったが……なんぞどうした、急に」
「いえ、数打ちの剣鉈で相手取るのはきつそうだな、と」
「ほっほ、お前さんもそうじゃろうが。じゃが……外れてはおらん。得物にも得手不得手があるでの」
包丁でも剣でもなんでもそうだが、切れば刃物は切れなくなっていく。
肉を斬れば脂に塗れ、骨を断てば欠けもする。使い捨てが前提の得物であれば、刺して身体に埋めたり投擲したりとやりようはあるのであろうが、それを使い続けるには日々の手入れが欠かせない。
だがそれにも限度がある。担い手が達人であろうと砥げばすり減り、やがて無くなる。こればかりは仕方がない。
そして我々の相手はでっぷりお肉のキメラゾンビ達だ。刃先の短い剣鉈を使い、安全第一戦果は二の次で立ち回っていれば、一匹を無力化するにも相応の労力を必要とする。
昔は物騒な凶器に好きも嫌いもなかったのだが──私は槍が嫌いだ。
遠間から人を殺すに適してはいても、懐に飛び込まれてしまえば石突でどうこうといった次元ではなくなる。死ぬ。
私は全力で突かれた槍の穂先を指で挟めるし、柄を掴める。そうなったらもう、槍側は得物を手放すしかない。私にできるのだから、世の達人と呼ばれる連中の多くはきっとこれを可能とする。
真剣白刃取りというヤツだ。この世界において、これはそう難しい技能ではない。
槍はとにかく殺傷範囲が狭すぎる。しかも重い。重量と堅牢さは表裏一体。軽くすれば柄は容易く折られ、穂先は魔食獣の体内に飲み込まれるのだ。
同じ理由で、実は剣もあまり好きではない。……正確には長剣か。二代目『黒いの』は大層な得物だが、どうしても長剣は取り回しに難がある。
それはもちろん比較対象が私の十手であるからで、一般的にはこれを取り回しに難のある得物だとは称さないであろうが……まぁ、私にとっては扱いにくい武器なわけだ。
もし私が刃物を常用するなら、ナイフよりは長めの短刀──正式な名前は知らないが、任侠映画に出てくる『ドス』のような物を作るだろう。もちろん鍔付きの。
だが……遠間から一方的に殺せるなら、それに越したことはないのだ。
槍だって、投げ槍だって、弓だって、放出魔法だって、銃や大砲だって、ミサイルだってそうだ。
どこに重きを置くかの話なだけ。私は扱い易さ至上主義者で、リーチが短くても軽く、隙なく、思い通りに動かせる得物の方が好みだという話であるだけ。
重い槍だって、その質量を活かせれば軽い槍より強い薙ぎを振るえる。
もしかしたら、魔食獣を両断できるようなひたすらに長い刃物を愛剣とする日がこないとも限らない。
だから、アレは……ただの土木用品に過ぎないのだが……剣鉈よりはリーチが長く、形状はともかく、アダマンタイトは真面目に鍛錬した。
相当に堅牢で、形状はふざけているが、ぶん殴ることも、刺すことも、斬ることもできる。
まさにマルチツールだ。こんなことなら術式の一つや二つ仕込んでおくのだったと、後悔しても後の祭り。
アレは多少鋭利な、ただの金属塊に過ぎない。
「斧や槌とは少々違うのですが……死蔵している得物があるんです。よろしければお使いになりませんか?」
だが、キメラを殺すに不足はない。




