第三百十一話
リビングメイルが騎士、ゲイザーが魔法射手だとすれば、リッチは僧侶と魔法士と呪術士の役割を兼任した、癒し系メンヘラ魔法少女といった立ち位置の魔物だ。
霊体パーティはバランスがいい。オーガレイスのような遊撃戦士を加えれば、今以上に隙のないパーティに仕上がることだろう。──本当に居なくてよかった。
リッチそのものは別に珍しい魔物というわけでもない。十から十五箇所の迷宮を当たれば一つは棲息している死層が見つかるような、割とありふれた、よく聞く霊体の一つ。どちらかと言えば低級の、霊体入門扱いしてもいいような、弱い魔物だ。
霊鎧や大目玉、幽霊大鬼の方がよほど珍しい。そのくらい、本当にありふれている。
私も相手をしたことは何度もあるし、正直障害にはなり得ない。そんな認識でいたので、「どこから湧いてきたのだろう」と疑問を浮かべることはあっても軽い懸念の一つで留まり、その発生源についてを血眼になって探し回ることをしなかった。
荒野に突如リッチが現れたと騎士の人から報告を受けた時も、それほど警戒をしなかった。それをしたのは、攻撃を受けてからだ。
ボロボロのローブを纏ったスケルトン型の魔物。空を飛び、瘴気持ちのような黒いオーラを纏っているのは悪霊特有のものなので、特筆するようなことでもない。
──ヤツが真新しい武具を携えていたこと以外は、本当にただのリッチにしか見えなかったのだから。
「これはマズイね」
地面に幾つもの大穴を開けながらも、討伐そのものは犠牲なく完了した。
私が、私達が本気でかかって倒せない魔物は、最早普遍的な魔物のカテゴリにはいない。だが、マズイ。
「マズイな……」
あれだけフロンに燃やされたにも関わらず、黒茶色のローブはボロボロになりながらもその原形を留めている。それを触れないようにしてひっぺがせば、そこには人型の黄ばんだ骨の残骸が残っている。つい先程まで、こいつは元気に暴れまわっていた。今はただのカルシウムだが。
「マズイよねぇ……」
この骨は、生意気なことに着飾っている。リューンに切り刻まれても散らばることなく、その身に張り付くようにして。指輪、指輪、指輪。ネックレスにブレスレットに、どうやってくっついているのか、ずれ落ちることのないクラウンまでも。その全てがマズイ。
「マズイですわね。山の野良迷宮にリッチは出現しなかったのでしょう?」
そして杖だ。これがある意味一番ヤバく、マズイ。リリウムが不意を打って遠当てで跳ね飛ばさなければ、更なる持久戦に持ち込まれたであろうことは想像に難くない。
「いなかったよ、あそこにいたのはゲイザー。やっぱり……まだあるんだろうなぁ……」
頭が痛くなってくる。間違いなく、これらは全てが迷宮産魔導具だ。
迷宮では稀に、宝箱と呼ばれる箱と遭遇することがある。その名の通り中にはお宝や、人によってはお宝や、ゴミがランダムに一つ入っており、それが大金に化けたり国宝扱いされるなんてことは珍しいことではない。
滅多にお目にかかれない──というほど希少なものでもない。夢扱いするには程遠いくらいには出現する。大抵はボスを倒せば生えてくるし、階層にもランダムで出現する。自分が手に入れられるかは、ともかくとして。
そして、迷宮の中でも一際厄介な死の階層から出現するコレからは、お宝の出現率が極めて高い。
──もし、自我に目覚めた死層のリッチ達が、悠久の年月の中でおびただしい数の死層の宝箱を開封しまくり、それらを選別し、身に着けて、迷宮の外へと打って出れば──。
「……どうしようか。こんなのが何匹もいたらスタンピードの鎮圧どころじゃないよ」
考えたくもない。だが、それを視野に入れなければならない状況に立たされてしまっている。なにせ目の前にいたのだ、そんな個体が。
丸太を抱えたオークとはワケが違う。神の恩寵を携えた骸骨魔法少女は、かなり洒落になっていなかった。
空を飛ぶ、魔法を放つ。それだけでも厄介だ。しかもその放出魔法の出力が装飾品の類で盛大にブーストされていて、更に厄介なことに自我が芽生えているような印象さえ受けた。
執拗にフロンを狙い続けてきたことと、私が作った神杖と。無関係であったと断じてしまうには、クラウンの効果が怪しすぎる。
迷宮の魔物は想定の外から手を打ってくるということをほぼしない。今日も明日も、そして昨日も、日々同じように、雑にプログラミングされたロボットのような動きを続けるばかり。
それでも人の命を奪うには十分だが、冷静さを失わなければ、ある日突然対処できなくなる……なんてことにはならない。
だが在野の個体はそれなりに異なっていて、他の種族を殺して食べて、版図を拡げて、知恵もつける。きっと修練を続ければ魔力も増える。増えた魔力がブーストされる。やっていられない。
「このリッチが終の死層に単体で出現する個体ということであれば、話はそれほど複雑にはならないだろう」
「そうだね、迷宮内を徘徊して……同種を倒して箱を開けて、それを繰り返す。現実に起こり得るかはともかくとして……ないとは言えない」
「しかし、リッチ程度の小物が終層に単独で出現するでしょうか。仮にしたところで、討伐されていない以上、次が生えてくるかも──」
「後はこれが人災か天災か……あるいは──」
本当に……頭が痛くなってくる。
魔法強化の指輪、魔力強化の指輪、風属性魔法全般の威力強化に繋がる更なる指輪に、魔力回復速度を促進する腕輪も確実に迷宮産出の逸品だ。呪われていようがお構いなし、効果のあるものを片っ端から身に着けている。
なぜこんなに魔法師向けのアイテムを、しかも一見するだけでは効果がまるで不明な装飾品の中から選別できたかと言えば、この女性向けっぽいデザインのかんむりが、まさに鑑定の魔導具だったからだ。
昔フロンに、リューンの鑑定術式を転写したとてもお高い使い捨て型の鑑定魔導具を作ってもらったことがある。アレと同じようなものだが、使い捨てではないらしい。鑑定神殿に真っ向から喧嘩を売っている。
「とりあえず、これらの処遇を決めねばならん。杖と冠以外は市井に流してしまっても問題はないと思うが」
「冠はともかく、杖はマズイよ。この場で焼き払った方が絶対に良いって」
「何かの間違いで所有していることを知られれば……まぁ、情状酌量の余地はありません。即座に指名手配をされるでしょう。国から神殿から……危ない組織も狙ってきそうですね」
「面倒な物を持ってきてくれたよ、本当に……これ、下手すると同じものがまだどこかにあるかもしれないってことだよね」
高品質な迷宮産魔導具はペアで出てくることが多い。
ずっと宝箱で眠っていて欲しかった。転移の杖なんて代物には。
此度の戦いのMVPは間違いなくリリウムだ。空飛ぶ霊体が転移で逃げ回りながら致死性の魔法を乱射してくるのは、正直悪夢以外のなにものでもない。
魔力に対してやたら機敏な反応を見せ、フロンの放出魔法は当たらず、リューンの束縛魔法も転移で抜けだされ、打撃も斬撃も届く前に逃げられる。本人はしっかり狙ったと豪語しているが、たぶん数打って偶然当たっただけだろう。
とにかく、その遠当てで転移の杖がリッチの手を離れなければ、今でも泥沼の鬼ごっこを続けていたはずだ。
仮にこいつが頭領だったところで、残党がいないとも限らない。こいつが尖兵だったらと思うと夜も眠れない。私の心の平穏のためにも、原因を潰すことはマストだと判断された。
なので三人を調査に出す。王都の東側が怪しい。下手すれば王様も関与している。
「さて──じゃあ、壊しちゃおうか」
「あぁ、じっくり炙れば灰になるだろう」
魂に術式を刻むことなく、魔力を通すだけであちこちにワープできる魔法の杖。昔の私なら、大喜びしてさぞ酷使したことだろう。
リッチの魔導具に神器が、不壊化した代物が混ざっていなかったのは、不幸中の幸いだった。




