第三百十話
魔物や魔獣といったいわゆるモンスターに分類されるあれこれは、生物非生物を問わず、体内に魔石を内包しているといった面がおおよそ共通している。
多くの飼い犬と、魔犬や狼の類はその辺りに差異がある。とは言っても、この世界でそういう普通の生物を探すことは結構難しい。
それはともかく、浄化と呼ばれる技能を行使するいわゆる法術士と呼ばれる人達が、その魔石を一段階上の良品へと昇華させることができるということは、今更説明するまでもない。
だがまぁ、それにも条件があるのだ。
まず大前提として、死骸を浄化品にすることはできない。
無機物寄りにしか思えないゴーレムやガーゴイル、明らかに生きていない幽霊、死骸だけど動いている種としてのゾンビなど、この前提に基づいているかどうかは正直怪しいあれこれも色々と存在しているのだが──私の認識としては、前提として活動しているかどうかが関わってくる。
その上で、浄化で止めを刺す必要がある。
ゲーム的な表現をすれば、HPを一以上から零にする際のダメージに浄化が関わっている必要がある。これは《浄化》でも変わらない。
私が《浄化》パンチをお見舞いして、死に体へのトドメをリューンが刺したら、その個体は浄化品にはならない。消えもせず、死骸が残るだけだ。
ここまでの条件を満たした上で、魔力に依る浄化だと通常はランダムで浄化品になる。おそらくどれほど熟達した法術師でも、成功率五割を上回ることはない。複数の魔法術式を組み合わせてどうなるかは、要検証といったところだが。
つまり、死んだ不死龍を浄化したところで浄化真石になることはない。生きたまま牙や鱗を剥いだ上でなら、残った本体を魔石にすることは可能なのだが。
──そして卵も。これについては、機会があったら話すことにしよう。
「うーん……よし、これなら大丈夫でしょう」
「お疲れさまでございました」
龍の討伐は王様の前で自信満々に請け負った。ならばまぁ、私を信頼してくれているのなら、事前に運搬手段を確保しておくのがデキる為政者の采配というものだろう。
騎士団はきちんと準備してくれていた。いわゆる国宝級の魔法袋を。
もうすっかり過去の話になってしまっているが、かつて私も購入をひたすら検討し続けた、この世界における正攻法の運搬手段。迷宮産出の魔法袋。
袋というよりは、箱というか、部屋というか、金庫というか……大層物々しい造りをしているけれども、入り口が大きく、当たり前のように重量軽減を、その上で時間停止までもを備え、それでいて容量も凄まじく大きい逸品だ。
これを橋や道作りの際に使えていればペトラちゃんの心は死ぬことがなかったと思うのだが……まぁ、もう済んだ話。それにおそらく燃費は壊滅的だ。
拠点から連れてきた数少ない荷馬車の一つ、その荷台を専有していた魔法袋へと、浄化処理を終えたドラゴンが吸い込まれていく。
大きさが大きさ、質量が質量で、しかも二匹分。隅まで隈無く念入りにとなると、私でも処置にはそれなりの時間を要する。
身体から流れ出る血潮は傷口が焼き固められていることで大した量でもない。ひたすら浄化を体内へと向ければそれで済むのは幸いなことであった。
魔法袋に転移の機能が備わっていなかったがため、魔法袋への詰め込み作業は気力マン総出の力仕事となったが、これはそれほど時間のかかる作業でもない。
日の出とともに浄化作業を始め、搬入を済ませ、野営を片付け拠点への移動を開始したのがお昼頃。徹夜明けでしんどかったので、私は数少ない馬車の荷台を丸々借りて、一人お昼寝モード。護衛には仲間がついてくれている。
ガタゴトとゆっくり進む荷台はお世辞にも居心地の良い空間ではないが、あまり贅沢も言っていられない。
このまま決戦場に残ってカーリの浄化作業に移るというのも手ではあったが、これは満場一致で止められてしまった。
やはり移動用魔導具はなんとかして工面するべきだろうが、この一件が終われば優先順位が下がるというのが悩ましいところだ。
回っていない頭であれこれ考えても仕方がないので、この日は一日ゆっくりとしていた。不平を言う仲間はいない。
更に丸一日の移動を挟んで戻ってきた拠点は、見事に様変わりしていた。
いくつもの井戸が掘られ、それを中心として炊事場が備え付けられ、いくつものテントがそれを囲む。可愛い馬達も荒れた大地ではあるが、座り込んで身体を休める程度には落ち着けているようだ。
そして頑張って切り出したたくさんの大岩が、風景を遮る壁へやキッチンへと姿を変えつつある。
井戸掘りの補助にも使える、何やら地脈や水脈を探る探知系の術式があること、ボーリングのように使える掘削の術式や魔導具といったものが存在していることは既に知らされていたが、数日開けただけで井戸が用意されているとは、正直予想の上をいっていた。
「こんなにチャチャッと済ませられるものなの? 井戸掘りって」
「魔法師次第だな。それほど頻繁に用いる術でもないが、あれは比較的コンパクトな術法なんだ。とりあえず身につけている土木関係者はそれなりに多いよ」
「なるほど」
土掘りの魔法は戦争などでも活躍する、この世界においては比較的メジャーな土魔法であるらしい。浅めの水源は汚染が懸念されていたので不安だったが、どうやらかなり深くまで掘り進めたらしく、ドヤ顔で成果を誇る裏方魔法師の姿は一人二人ではない。
「これなら私の術式要らなかったかな」
というか、事前に落とし穴を掘ってくれていれば……頭を狙えれば……龍退治はもっと──いや、もう止そう。上手くいったとも限らない。
「飲めるかどうかはそれでも微妙なところだろう。まずは飲用以外の生活用水で様子を見る必要がある。それまで姉さんは利用しないようにして欲しい」
せっかく作られた簡易キッチンではあるが、私はここで作られた食事を頂く機会は得られない。これまでの道中でも、口にするものは自前で用意した物に限られていた。
お酒の一滴すらもご相伴に預かっていない。仕方がないのだが、少し寂しい気もする。
暗殺には毒が手っ取り早い。大抵のものは浄化できると思うが、少なくとも水銀を《浄化》で取り除けないことは確認してある。そこに対しての備えは決して万全とは言い難い。
それに私が口にするということは、同じものを仲間も口にするということに他ならない。無差別殺人の標的となりかねない行動は慎む必要がある。食事に毒を盛っても無意味だと、大っぴらに周知し続けなければいけない。
毒ガスなんてものを持ちだされはしないと思うが──。
この生活を年単位で送らなければならないと考えると憂鬱にもなりそうだが──まぁ、仕方ないんだ。仕方ない。
諦めも割り切りも必要だ。このストレスと、アイオナのお姫ちゃんを始めとした多くの王侯貴族は日々戦っている。凄まじい胆力だよね。
内心の不安や苛立ちを抱えながらも、それを表に出してはいけないのが、今の私の立場の困ったところだ。
今までも、そしてこれからしばらくはより一層努めなければならない。これよりしばらく、仲間の半数が拠点を離れる。
「では、行ってくる。なるべく早く戻るよ」
「サクラのことですからあまり心配はしていませんが……無理をなさらないように」
凱旋班は主に三組からなる。うちの一級冒険者になりたい年長組、ガルデ王国第三騎士団、そして龍にしか興味がなかった冒険者達。
残るのは私とうちのパーティの年少組に、歩合給を積んだ方が稼げることに気づきつつあった冒険者達。それに後方支援担当の皆さんだ。
メイドさん達からすれば、まだこの地にやってきて数日しか経っていない。人員交代を希望する声は上がらなかった。
「ね、ねぇサクラ……やっぱりサクラも一緒に行こう?」
最後まで悩みに悩み抜き、結局凱旋組への同行を決めたリューンだが、その表情には未だに迷いを浮かべている。
可愛く誘惑されると揺らぎそうになるが──。
「それはできないよ。それに色々と仕入れてきて欲しい物もあるし……手紙はね、やっぱり信頼できる人にしか渡せないから」
「その件については心配しなくていい。最悪の場合、私一人でも先に戻ってくる」
「フロンが居てくれて助かるよ……」
私がお願いすれば、きっと三人共残ってくれる。ここ数日で暗殺への恐怖感が日に日に募り、可愛いことを言えば、一人で寝るのがとても怖い。
なにせ《次元箱》が使えないのだ。東側のギース一行が合流して単独行動で北の山へと向かえるその時まで、生身を晒して夜を過ごす恐怖に耐えなければならない。
すぐそばに、暗殺を目論んでいるメイドさんが立っているかもしれない。気を違えた冒険者が弓で狙っているかもしれない。見張りは交代で立てるが、人が減ると負担も大きい。
それでも──三人を送り出すことを決めたのには色々と理由がある。食料関係と、冒険者ギルドのマスターへの調査依頼。
国への疑義を大いに含んでいるので、漏洩するリスクは避けたかった。自分で持っていくのが一番なのだが、今の私は自由が効かない。
「リッチか──懸念は理解できる。あれは根源を潰さなければマズイ」
「うん、マズイんだ。ごめんね、余計な仕事を頼んで」
「気にするな、決して他人事ではない。心配しないでくれ」
次から次へと問題が噴出する。いや、最初から分かってはいたのだが……つい先日、カーリの荒野にリッチが現れた。
──超、強かった。




