第三百九話
──二匹目の討伐が終了したのは日がどっぷりと暮れた後、黄昏時を過ぎ去ってしばらくした頃だった。
日の下での討伐が怪しくなった頃合いからいくつかの人員により決戦場に大量の篝火が焚かれ、橙と赤の混ざり合った終末チックな雰囲気の中で止まることなく戦いは続けられた。
きちんとダメージが通っているのかどうかは傍目には判断に困るところで、最悪夜通し戦い抜くか、あるいは私が手を下すか、どちらかを選ばなければならないかな……なんて考えもあったが、その必要はなく。
顔から首にかけてお腹まで、とにかくズタズタに切り裂かれ、魔法で焼き焦がされた一つ一つは、確かに命を削っていたらしい。
何はなくともノスタルジーに浸ってしまいたくなるような空気の中、次第に医療班の仕事が嵩みながらも、なんとか討伐できたことは幸いだったと思う。
なんと死人は出ていない。この点に関しては想定以上の戦果だったと言える。
「近くでこうしてまじまじと見てみると……大きいものだね」
「そうだねぇ……ドラゴンだもんねぇ……」
戦勝パーティなんてものは最初から予定に入ってはいない。巨体が崩れ落ちるやいなや、セルフで鬨の声を上げ、抱き合って讃え合い、興奮冷めやらぬまま晩御飯の支度へと移る。
料理人もメイドさんもいないので晩餐は粗食もいいところだが、この場にはいいオカズが転がっている。地に伏して尚も見上げる高さになっている大量のドラゴンミートと、人の背丈ほどもある三つのドラゴンエッグ。
「食べないでよ?」
「た、食べないよぉ……もぅ」
軽口に対して、ひっそり狙っていた雰囲気を醸し出しながらの冗談で返すのは止めて欲しい。
瘴気とキメラゾンビ成分に塗れた汚染肉。不死龍のそれがそもそも食肉になり得るのかは文献で読んだことも、実食したこともないので不明だが、良い酒の肴にはなっているらしく、今も多くの騎士や冒険者達がこれらを囲んで大賑わいだ。
老若男女の区別なく、揃いも揃って酒宴に興じているのも……今日くらいは、このくらいの馬鹿騒ぎは、朝までは見逃してあげてもいい。
こういう場を苦手とする下戸のペトラちゃんや未成年のアリシアも、仲間の酒飲みに絡まれながらも楽しんでいるように見える。
軽く浄化は施してあるが、未だこいつは汚染肉。正直なところ、近寄りすぎたり触ったりして欲しくはない。
鮮度は今この瞬間にも落ち続けていることだし、早々に腐敗臭を漂わせることはないとは思うが、長々と青空駐車していていい物でもない。
だがまぁ、早々にトロフィーを取り上げてしまっては士気にも響く。仕方がないと諦めている。
「頑張ったね、お疲れさま」
「ありがとぉ……本当に疲れたよ……」
本日の最優秀選手を一つねぎらい、隣に腰掛けている汗臭い身体に肩を寄せる。臭いとは言っても、この香りは別に嫌いではない。
黒ワンピも髪も肌も、土埃と汗でしっとりザラザラしているが、そんなものは些細なことだ。
最終的にはすんでのところでギリギリ、滑り込むようにして討伐が完了した。
ハイエルフとて魔力が無限に湧いて出るわけではない。それに朝から晩まで身体を動かせば、疲れる。
気力マンに限った話ではない。後衛の魔法班も、時間が経つに連れて脱落者が目立つようになっていた。魔力が残っていても、精神的な疲労であかんことになる。
リューンも本当の意味での限界が近く、字面通りの意味での最後の気力を振り絞って、辛うじて均衡を保っていた。
最後の追い込みの結果が奮わなければ、次はなかっただろう。今ではそう確信できる。
この大食らいが夕飯そっちのけで、逆に口から白い魂を細く吐き出し続けているのだから、疲労の程度も知れるというもの。
《探査》によれば──こいつらは既に生物扱いされていない死骸、ただの物だ。
この期に及んで唐突に蘇生して暴れ回るなんてことにはならないと思うが、不死だなんて名付けられている種だ、キメラゾンビの園であることだし、用心するに越したことはない。
「見張りは私がするから、リューンも今日はゆっくり休みなよ。明日に響くよ」
「分かってるけど、けど、もうちょっとだけ……ねっ?」
荒れた地面、焦げ臭いあれこれ、微妙な温度と湿気を孕むそよ風。あまりイチャつくには良いロケーションではないが──。
人目もある。あるけれど……今日くらいは……まぁ、いいだろう。
人によっては大事だ。一世一代の晴れ舞台であったかもしれないし、後世の英雄譚に新たな一ページが加えられるかもしれない。
わるいドラゴンをやっつける騎士、それと冒険者。確かに題材としてはこの上ない。理解はできる。
そんな彼らやうちの連中が力を合わせて成し遂げたこの結果は確かに素晴らしい。勲章ものだ。
未だに戦いは始まったばかりで事態の原因究明には至っておらず、長く険しい、龍退治以上の地味な仕事が山のように……というかあの山々に聳え立っている。
「──そうですね。安心させてあげるのも仕事のうちですか」
「ご理解頂き感謝致します。よろしいでしょうか」
「えぇ、構いませんよ。私は私の仕事をしていますので、貴方方は貴方方の仕事をして下さい」
事態は何も解決していなくても、まだまだ仕事が山積みとなっていても、大陸中原を脅かし、人々の心胆を寒からしめていた龍の脅威が消え去ったという事実は変わらない。
そしてガルデの国民に限らず、多くの人達の認識としては、龍が悪さをしてスタンピードを引き起こしていたのだ。
それが、目立つ一因が廃された。まぁ……上手く使わないで何が為政者だ、という話。
一夜明け、肉と卵を処理して仮眠を取ろうとしていたところに、ガルデ王国第三騎士団──その騎士団長と副団長を名乗る人物がやってきた。
いや、昨日と言わず、ヘイムの砦からずっといたのだ。一緒に道を作った仲でもある。私とは接点がなかっただけで。
向こうは私を知っていたが、私はそういった肩書の人がいる、ということしか知らなかった。騎士と団長の区別なんてつかない。なのでこれが実質初対面だ。
彼らがわざわざ人払いをした上で会いに来たのは早い話、この龍をプロパガンダに使いたいから持ち帰る許可をくれ、といったもの。
国威を示すため、民の安寧を取り戻すため、騎士の名誉のため。まぁなんでもいい。
「私は今更ギルドの貢献点などを積まれたところで、銅貨一枚の得にもなりません。ですが、仲間達は違います」
「心得ております」
「やり過ぎは困りますが、多少の誇張には目を瞑ります。その辺りはそちらで打ち合わせて下さい」
「はっ! ありがとうございます!」
「言うまでもありませんが、まだ状況は何も解決していません。あまり長々と私の仲間達を引き留めてもらっては困りますよ」
「はっ!」
凱旋、パレード、祝勝会。お城でドレスでパーティーだ。そこまでするかは不明だが、参加をするなら楽しんできてくれて構わない。
そこに私の姿はないが、私には私のご褒美がある。一山二山増やしてもらいたい、可愛い可愛い大金貨。
上手いこと冒険者と、そして騎士に手柄を立てさせることができた。ガルデの騎士の奮戦により、悪いドラゴンが討伐された事実は動かない。
配慮はお金になる。手柄を総取りにされたら困るのでそこまで認めることはしないが、対外的な話を多少作る程度は大目に見よう。
私はこれでも現実的だ。ガルデでちやほやされたってお金にならないし、そもそも興味も長居するつもりもない。
やることやったらお家に帰る。次ここに足を運ぶのはきっと、遠い未来の話になるだろう。
ペトラちゃんの実家に挨拶と時計の話をしに行って、ミッター君の実家にも一度きちんと挨拶をして、神域の縦穴を塞いだ後に──あそこでもう一仕事して。
エイフィスに足を運ぶまでは視野に入れてもいいが、きっとリューンが壮絶に嫌がる。
説得できたところで時勢的にゆっくりできるかも怪しいし、魔導具関係の知見は得ておきたいが、これは延期してもいい。
北大陸はとにかく気が休まらない。ここよりうんと北上すれば、そこはもう敵対神の根城だ。調査に出向くのも手かもしれないが、今はさっさとルナに帰りたいというのが本音だ。
(後はゴムか……報酬の一環でなんとかならないかなぁ……直接聞きに行った方が早いかな)
和装の下に水白金のインナーを身に着けるつもりではいるが、常にそうできるとも限らない。ゴムは革新的なマテリアルだ、これについての知識は是非とも欲しいところ。
(ヴァーリルにも一度顔を出しておきたいけど……特にやることないからなぁ)
いずれにしても、また掃除から始めなくてはいけない。ボイラーが壊れていなければいいけれど。




