第三百三話
数度の野営を経て、我々の軍団は拠点予定地より更に北上した決戦場へと辿り着いた。
拠点で大半の馬車や荷馬車、そして非戦闘員と別れた後は、必要最低限の荷物のみを背負って徒歩で移動をする。ちょっとしたハイキングのようなものだ。
その間、特にドラマはない。結界石を破ってキメラが襲い掛かってきたり、急に龍が飛んできたり、冒険者達が決闘を始めたりなんてことはなく、涙ながらの別れを交わしているメイドさんと若い騎士のロマンスなんてものも、私の知る限り絶無。
仮にイケメン執事を所望したところで、若い女騎士もきっと見向きしなかったと思う。どいつもこいつも揃いも揃って、龍を思い焦がれながらうずうずうずうずしている。ジャンキーどもめ。
花よりジャーキーとはよく言ったものだ、残念でならない。
決戦場などといった呼称がいつの間にか定着していたが、闘技場のように石畳を敷いたり客席を設けたりといった施設的な要素はなく、荒野に結界石を敷いてキメラの流入を防いだだけの、ただ龍と戦うだけの極めて簡素な空間だ。
ちょっとした丘があるので、そこに弓兵を配置すれば撃ち下ろすことはできるかもしれないが……そう上手くはいかないだろうし、いったところで大した効果があるとも思えない。
中心に集めたいくつかの魔物除けを広げていけば、キメラは逃げ惑うので屠る必要すらない。我ながら、簡単過ぎて呆れ笑いが浮かんでくる。
いつものように腐った木々や草むらを掘り起こして燃やし、浄化を施し、ついでに地面の石ころを取り除いたりすればそれで完成。人手が多いので数時間もあれば余裕を持って終わる仕事量だ。
「これが本当に最後の確認になるけど……私は手を出さなくていいんだね?」
昼頃から夕方にかけて陣地を整え、今は野外炊飯の真っ只中。足が早そうな食材を適当に鍋に突っ込んだコンソメ風味の豚汁モドキと、お馴染み堅パンの出番だ。冷凍野菜でアリシアがホウレンソウモドキのおひたしを作ってくれたのだが、私以外にはあまり人気がなかった。
「そうだな、姉さんは歯痒い思いをするかもしれないが……そうして欲しい」
私はあまり経験がないのだが、ギルドの仕事は報告までを終えて初めて完了したと見なされる。
依頼に参加した人員、損害、収穫、成果などなど。そこに虚偽が混じってはいけないし、それを見破るような職員が出張ってくるようなこともある。
歩合制の仕事といったものも多く、これによって下された査定は金銭のみならず、貢献点の多寡といった点にも大きく影響を及ぼす。
私が居た方が安全なことは七人全員が理解をしているが、あえて抜きでやることで、文字通りこういった報酬の桁が変わってくる。
主力を担ったか、おまけでくっついていたかの差はとても大きい。
「危なくなっても手を出さないよ?」
「問題ない。覚悟は決めている──が、アリシアに危険が及びそうな時は、手が届くようだったら出してやってくれ」
頭をポンポンされている当パーティ最年少のアリシア。私がいるから安全に経験を積めるといった名目で連れ出されたのに、いつの間にやらガチバトルを挑む羽目になっていた。本人は何やら納得しているようなので、別にいいんだけど。
「了解。……リューンもそれでいいの?」
「うん、これくらいはできるようにならないといけないからねっ!」
龍が相手だとハイエルフはいつもこうだ。普段からもっと修練に励んでくれていれば安心して送り出せるのだが、在野の巨大なそれの相手をさせるのは正直少し怖い。
だからといって縛り付ける気もないわけだけど──。
「皆で決めたことなら、いいよ。もう何も言わない。今日は未明まで私が見張りをするから、皆は早めに休んでね」
決戦前夜ともあれば、色々とイベントがあって然るべきだと思うのだ。
この戦いが終わったら結婚しよう! とか、俺、お前のことが……! とか、高ぶった男女が乳繰り合って、翌朝仲間に茶化されるとか。
これだけの人数がいるのだ、そういった色っぽいイベントの一つや二つ、突発的に発生してもおかしくない。私とて営みを否定するような少女ではない。
他人のソレは面白いので、深夜の見回りの際に嬌声が漏れ出ている現場に遭遇したりして、居心地悪い空気を味わってみたかった。
(どいつもこいつも……真面目だねぇ)
皆無だ。絶無だ。せっかくあちらこちらを歩き回っているのに、テントからはイビキしか漏れてこない。どんだけ清廉なんだお前ら、人間なのに。
バレないように声を押し殺しているなんてシチュエーションも好みだが……わざわざ《探査》で覗くような真似をしようとも思わないので、この辺は神のみぞ知ること。
(色恋の神様なんてものもいるんだろうか。とんだ出歯亀だね……恥を知るといいと思うよ)
退屈だ。キメラはうじゃうじゃしているが、魔物除けに阻まれて近寄ってこない。《探査》の範囲を目一杯拡げてみても、龍は変わらずそこにいる。
退屈だ。退屈だが……お茶を飲みながら本を読んでいていい状況でもない。見回りしながら星明かりをこっそり楽しむくらいが精々だ。
随分と回り道をした。ガルデの懐事情を第一に考えるなら、冒険者の徴募なんてせずに私単独で出向くのが間違いなく一番安かった。
その場合、スタンピードの鎮圧はどう考えても手が足りないから請け負わなかったとはず……まぁ、二度手間だ。
ただ、龍を倒すだけならば、ルナで請け負ってから最速三日程度で間違いなく片が付いたわけだ。船ニモノラズ、馬ニモノラズ。
(どっちがよかったんだろうねぇ……でもそうすると、私はデコピンに至らなかったのか。いずれ……ひらめいたかもしれないけれど)
龍退治と砦の魔石供出くらいなら国家予算五年分くらいで手を打ってもよかったが、随分と規模が大きくなってしまっている。
「ガルデは大損だ。ここは金を生むんだろうか」
町も人も、当然領主の一人も残っていない旧カーリ領。ここを併合し、不毛の大地や枯山を復興したところで、赤字続きになりそうだけど。
「まぁ……どうでもいいね」
どうでもいい。私は報酬を、大金貨の山を受け取って帰ればそれでいい。
ボチボチ早起きわんこと使徒が起床してくる頃合いだ。私も準備を済ませておこう。
身支度は万全だ。唯一絶対の戦闘服である白いロングワンピースに、修繕と多少の改善を含んだ白大根のロングブーツ。
アクセサリーは真銀製の術式隠蔽タグを首から下げてあるのみ。武器は腰に下げた一振りの十手。この軽装モノクロ調こそが、私の本気モードだ。
音を立てないよう静かに身体を解していると、やはり一番手にペトラちゃんが起きてきた。
「おはようございますっ」
まだ大多数は寝ているので、挨拶一つにも気を使う。テントが一つなので仕方がないが、外で着替えを行うのは……お姉ちゃんどうかと思うのよ。
「おはよう、よく眠れた?」
「あははっ……はい、眠れはしましたが……怖いです」
寝間着を脱ぎ、周囲をサッと確認した後に下着も替え、手早く装備のインナーに身を包んでいく。先日バッチリ磨いたので、元気系美少女わんこは超美少女わんこへとクラスチェンジしている。
不安気な顔をしているせいで元気印が曇ってしまっているが、それは致し方ないことだろう。
「そうねぇ……在野の龍種だから絶対大丈夫だなんて無責任なことは言えないけれど……一人じゃないし、無茶をしなければ倒せると思うよ」
体感、気分が落ち着く系のハーブっぽいお茶を淹れながら言葉を返す。気分が高揚する系のお茶なんてものがあれば便利そうだが、こういう時は熱くなったら負けだ。
「サクラさんなら、ルナの時と同じような感じで……簡単に倒せるんですよね?」
「倒せるよ」
ちょっとドヤ顔でふんぞり返ってみる。余裕も余裕だ。二匹を処理するのに一分もかからない。
「うーっ! 悔しいですっ!」
「相性が良いんだよ。私はほら、法術師だし」
この娘は昔っから、結構反骨精神旺盛だ。わんこ組は骨がある。手合わせを積極的にやりたがったり、迷宮に同行したがったり。こんな時でも悔しがるのは、とても可愛い。
空元気なのだろう。それも元気のうちだとは思うが、空回りは死に繋がる。気持ちだけはままならない。
「普通はそれでも倒せませんよぉ……」
「戦う法術師だからね。それに、美を追い求める一級浄化使いでもある」
焚き火でお湯を沸かすには時間がかかる。わんこを腕の中に収めてギューッと抱き締め、検証がてら、ちょろっと《浄化》で包み込んでみる。
「無理して戦果を上げようとしなくてもいいから、できることを精一杯こなして、頑張って生き長らえなさいな。その時はもう一度、あれやってあげる」
「……いいんですか?」
「他人には内緒。これは鍛冶以上のトップシークレットなんだからね」
「はっ、はいっ! えへ、あれ、凄かったんですよぉ……お肌も、ほらっ、スベスベでっ!」
笑顔が戻ってきた。精神状態さえまともなら、この娘はあんな龍程度に遅れを取るような玉じゃない。倒せはせずとも死にもしない。それだけの経験は積んでいる。
耳元でこそっとぶら下げた人参が、凶と出ないことを願っておこう。




