第三百一話
現在私のパーティは四つのテントで生活をしている。
一つはミッター君用で、物置や軽い調理場を兼ねている。一つは私用で、元々は完全に物置だったところにベッドを一床運び込んだ、次元箱めいた空間だ。
残りの二つをソフィアとペトラちゃん組と年寄り組が利用していて、アリシアは割とあちこちを点在している。ペトラちゃんに絡まれたり、お勉強だったり、お料理の下拵えだったりで。
男の子のテントには火炎放射器君がパーツ毎に木箱に詰められ山となっていて、少し離れた位置にある私のテントには樽が山になっている。ミッター君は分からないが、私はこの雑然とした空間がとても落ち着く。この世界の樽にはセラピー的な何かがあるのかもしれない。
これ以上に落ち着く空間は、この世には数えられるほどしかない。
「ただいまー……あー……」
なんで居るのかは知らない。帰りを待っていたのか、お茶を飲みにきたのか、道具の手入れをしていたのか。まぁなんでもいい。
フラフラと吸い寄せられるようにして、ベッドに腰掛けていたエルフの定位置に収まる。太い腿に頭を乗せて脱力し、思考の全てを放棄すれば、世は事もなし。
神様がいたってこの世は事件まみれだ。理想郷はエルフの腕の中にしかない。足の隙間にもあるかもしれない。
久し振りに息をついた気がする。働き過ぎた。
「おかえりっ。大丈夫だったの?」
「怪我人は出たけど死人はいない。あー……おうち帰りたいなぁ……」
特に意味もなく腕を伸ばして、エルフヘッドをわしゃわしゃする。エルフ耳をくにくにしてエルフ頬を撫で、エルフ口に指を──伸ばすとスイッチが入ってしまうので、ここまでだ。
弛緩して意識を切り替える。昼寝をしよう。目にも口にも休業指示を出す。今日はもう店じまいだ。
「……珍しいこと言うね。龍だけ倒して帰っちゃう?」
「それもいいねぇ。あとはもう、全部ガルデにやってもらおうかな」
とても魅力的な案だ。うっかり採択してしまいそうになる。
「それなら明日にでも終わるねっ! 焼却魔導具と浄化赤石の回収ができないけど……リリウム残してやってもらえばいいよね」
「んー……」
「報酬受け取って、移動の前に船の予定を調べないといけないね。フロンにやってもらえばしばらくはゆっくりできるねっ」
「んー……」
何か言っているが、既に頭に入っていない。私は結構寝付きがいい。
ただでさえそうなのに、体温といい、体臭といい、声といい、目を閉じてこれに包まれていると、条件反射で身体が睡眠モードに移行してしまう。
(何かいたよな……声だか歌だかで眠らせる……でもあれ海の生き物か)
「……おやすみ」
こいつは自称森の民、畑違いだね。
特に何も言わないでいても、夕飯の時間が近くなれば、こいつは必ず起こしてくれる。
その絶対の信頼を違えることなく、見事にその頃、お昼寝から目を覚ますことになった。
髪の跡のついた太ももから身を起こし、掛けられていた毛布から這い出れば、少し冷ややかな空気が肌を撫でる。身が引き締まる思いだ。
「今日のご飯はなーにっかなーっ」
「お肉とスープでしょ」
「そうだけどっ!」
目が覚めた時、降りかかった第一声は「おはよう!」ではなく、「お肉っ!」だった。夕飯にお肉は共通認識。雰囲気ぶち壊しなのでキスはお預けだ。
現にすぐ近くのテントから、それっぽい音と臭いが漂ってくる。気が気でないところも、可愛いのだけれども。
ショートブレッドなんかもかなり量を作っていたはずだが、少女二人が趣味の延長線上で拵えていただけに、既に食らい尽くされた後かも知れない。私もお弁当に持たされていた分はとっくに食べきってしまっている。
石窯でもあればパンも焼けるだろうか。ただ、パン窯なんてどうやって作ったものか……。ピザ釜なら馴染みがある、作って作れないこともないと思うけど、あれでパンが焼けるのだろうか。
一方お野菜は数ヶ月で消費しきれないほど、とにかくたくさん冷凍乾燥させたものがある。頑張ればサラダにできないこともないとは思うが、お肉と野菜スープが鉄板だ。
汁物ミイラの出番にはまだ早い。
美少女組の作ったご飯を頂いた後はお返しにお茶を振る舞い、まったりとした時間を過ごす。
全員集まってこうした時間を過ごすのも随分と久しい。大抵は私がおらず、ここ最近ではミッター君が居ないことも多いのだとか。
道中の苦労話や、ガルデでの壮行式など、私が居ない間にあったあれこれなどの話を聞きながらの食事ともなれば、大層賑やかで華やかになる。
料理の品目や味もだが、同席する面子や雰囲気も要素として重要だ。牢屋で一人でお茶を飲んでいても──。
「な、なんですって!? 連絡が行っていなかったのですか?」
話が私の番になったところで、ミッター君が声を荒げた。
「なかったね。作戦の噂は伝わっていたけれど、東や北の人達は寝耳に水だったよ。最初の砦で手紙を書いてもらったから、その後の話は早かったけど」
ユーハおばちゃん様様だね。この分だと、手紙をお願いしなければ私は牢屋に叩き込まれ続けたかもしれない。流石に途中でブチ切れていたはずだ。
「まさかそんな……王は一体何を……」
まぁきっとあれだ、貴族でもない冒険者風情が功績をあげているのが面白くない人達がちょっとした妨害を企んだとか、そんな感じなのだと思う。
少なくともガルデ王は私に協力的だ。腹の中までは分からないけれど、表面上はそう思える。
それよりは下の、更に下に責任を押し付けて素知らぬ顔をできる立場の人間の悪巧みか、本当にうっかり連絡を送り損ねたか、連絡員が途中で死んだか。
私の方が早く到着してしまった──という線は考えにくい。どれだけパイトに居たと思っているんだ、っていう。
「面白くない人がいるんでしょ。このまま荒れていた方が儲かる人とか、色々と考えられるけど」
「いやしかし! それにしたってそんな……この大事を前にして!」
熱いなぁ。騎士よりよっぽど騎士っぽくて格好良い。彼や彼のお父様みたいな人ばかりなら、世界はもっと平和になるだろうにね。
「平和なんかより自分の生活が第一なんだよ。儲けのためならいくらでも搾取する、立場を悪用する。商人に限った話でもない。貴族が華やかなのは表面だけだね」
アイオナでの事件の首謀者が何を企んでいたかは興味もないが、あれも誘拐監禁までは現行犯で、その上殺害まで視野に入れていたのだと思う。あの場でそうするだけの何かがあったのだ、きっと。
いつの時代、どこの世界でも権力者というのはそういうものだ。トップがまともな分、アイオナもガルデもまだマシな方だろう。
「──制裁を加えないのですか?」
ミッター君に隠れてぷんすかしているのがうちの使徒だ。……ぷんすかなんて可愛い空気ではないな、今すぐにでも殺しに出向きそうな気配を漂わせている。下手人の情報はゼロなのに。
「直接手を出されない間は私も抑えるよ。もし手を出されるなら仕事が終わった後になると思うけど……まぁ、皆も気をつけておいてね」
狐と狸が勝手に化かし合っているのは私の知ったことではないが、こっちにちょっかいが飛んでくると鬱陶しいことこの上ない。
「請けるべきではありませんでしたね……」
「まだ決まったわけじゃないよ」
「ですがっ!」
ぷりぷりしている姿は大層キュートで、怒ってくれるのも嬉しいのだが、今リリウムに抜けられては私も困る。後にして欲しい。
とはいえまぁ、手を伸ばせる範囲にも限界がある。各々自衛してもらうしかない。この世界の命はとても軽く吹き飛ぶ。殺してしまうのが一番手っ取り早いことは私にも理解できる。
最後まで働かせた上で、成果を上納される前に掠め取ればとても美味しいことになる。理解はできる。
だが、殺されてやるわけにはいかないのだ。そして毒殺の懸念を振り払うには、最低限食事くらいは自前で調達するしかない。面倒だけど、仕方がない。
何事もなく終えられることが一番ではあるのだが──もう少し対策グッズを増やしておくべきか。




