第百九十三話
「最初は正直……その、ただ手が足りずに、作業を手伝って欲しいだけなのだと……思っていたのですが……」
リリウムに延々とボッコボコにされて、ダウンして床に転がされているミッター君がそう漏らす。浄化を掛けているので、工場の床とはいえ、それほど汚くはない。
「忘れてると思ってた? 修行をつけるって話」
今はリューンがペトラちゃんをボコボコにしている。無論本気で叩きのめしているわけではない。彼女はフロンに次ぐ教師属性の持ち主なので、その辺のさじ加減は上手い。
「い、いえ、そこまでは。……ただ、自分達で行動しないと変わらないのではないかと、話し合ったりはしていました」
かなり放ってたしなぁ。今も一から十まで面倒を見る気はない。言われたことしかできない人間は……まぁ、脆い。
だからですね。私は自分で考えて、話し合って、そういう風な習慣を付けて欲しくてですね。決して魔食獣にかまけて放置していたわけでは──。
装備も増えた。木剣だ。ゆくゆくは克服して欲しいが、今はまだ実剣だと萎縮してしまうし、鉄の棒だと割りと洒落にならない怪我を負ってしまうので、遠慮なく叩きのめせるようにと買ってきた。思えば過去、ルナでこれを使ってチャンバラに興じたものだ。随分と懐かしく感じる。
何本も折れて打ち捨てられているが、木剣なんて安いもの。残骸は野営の時にでも薪にしてしまえばいい。
ほどなくして目を回したペトラちゃんが倉庫の脇に放り捨てられ、今はリューンとリリウムが二人がかりでソフィアと遊んでいる。
私が相手をするとこの娘は甘えると二人が言うので、今はエルフに相手を頼んだ。私もあとで相手をする予定だが、今は釜の様子に目を配っておかないといけない。
地味な訓練だが、三人共真面目にこなしてくれている。私も随分とドワーフにしごかれたものだが──ギース、元気にしてるかな。
きっともう、会うことはないだろう。だが、彼から受け取った物はいくつも、私の中に根付いている。
このしごきも……きっと、彼らの中に何かを残してくれるだろう。それが怨恨でないことを願うばかりだ。
横目にソフィアが吹き飛ばされて転がっていく姿が見えた。派手にやってるなぁ……工場で暴れてはいけません! などと諌める気はない。存分にやって欲しい。
「釜の方には飛ばさないでね! 壊れたら焼けなくなるんだから!」
壁にも当てないで欲しい。下手したら建物が崩れる。
「──そうだった、忘れるところだった。ミッター君にプレゼントがあるんだよ」
魔法袋から盾を一枚取り出して手渡す。ヴァーリルで作って以来、一度も使われずに次元箱にしまいこんでいた、盾二号君。
次元箱がレンガ倉庫と化しているので、魔法袋に移せる物を整理しているところで発見した。私も存在をすっかり忘れていた代物だ。
何のおまけも付いていない少し大きめな長方形の、スクトゥムに近い普通のアダマンタイトの盾。
私にとっては盾と言えば、警察が持っているような、透明の……ああいった物の方が馴染み深いが、さすがに透明にはできない。
「前のやつ、リューンに壊されてダメになっちゃったでしょ? それでよかったら使ってみて」
先日手合わせの際に、リューンが馬鹿力で彼の自前の装備である、愛用の盾を破壊してしまった。……木剣で。
リューンだけ木剣の消費速度が緩やかだと思ってはいたが、剣技に優れていて木剣に負荷をかけないようにしながら指導していたのではなく、剣身保護膜の術式を使って、遠慮無くぶん殴っていたと知ったのはその時になってから。術式は消すと言っていたので、使っているなんて考えもしなかった。
フロンとリリウムに白い目で見られて小さくなっている様は可愛かった。何のために木剣を使っているのかと。
魔法袋の裁縫をしてくれているし、そのお礼ということでもいいな。
小型のバックラーの盾一号君もあるが、今の彼ならおそらくこっちの方が適しているだろうと思う。今日は盾なしでリリウムの相手をしていた。
「あ、ありがとうございます! とても嬉しいです──あ、あの……これ、これも……アダマンタイト、ですか……?」
そりゃそうだ。私がこれ以外で武具を打つわけがない。
「改良の際に参考にするから、意見や感想、要望とかも聞かせてくれると嬉しいな」
現在は持ち手がいくつか付いた若干反っているだけの鉄板だ。これはあまり私の作品だと認めたくない。正直手抜きが過ぎる。本当は色々と機能を仕込んでみたかった。
二枚の板の間にバネを仕込んで衝撃を吸収できないかとか、間に緩衝材みたいなものを充填できないだろうかとか。
バネがやっぱりネックになる。本体は最悪不壊にすれば無敵だが、衝撃だけはどうしようもない。ドラゴンの突進をも受けきれるような……そんな盾を作りたい。
「そうだった。ねぇフロン、三人の鞘にね──」
忘れるところだった。正直に言えばすっかり忘れていた。三人の鞘を暖房にしなくてはいけない。
日当大金貨五枚から始まり、最近は頑張っているので八枚を支給している。それをほぼ毎日続けていれば、お金はあっという間に貯まる。
レンガを焼き、合間にしごかれ、死に体の身体でまた焼く準備をして、またしごかれ、ゾンビのようになりながら翌日の準備をして、食事をお腹に押し込んで、泥のように眠る──。お金を使う暇もない。
たまにはリフレッシュも必要だろうと思い立ち、夕食の後に皆を集め、三日ほど休暇にしないかと提案をしてみた。年寄り組もなんだかんだ毎日付き合ってくれているし、たまには羽根を伸ばして来て欲しい。バカンスとはいかないけれど。
「お姉さんもお休みですか? 何をするんですか?」
君のために空けているよ、なんて展開にはならない。仕事だ。仕事をする。
残念だけど、やらないといけないことが結構残っている。
「工場の整理かな。釜の点検とか、消耗品の発注とか、魔石も補給しておきたいし」
ガンガン作っている。ひたすら焼いている。そのお陰で、特に浄化橙石の消費量が半端ではない。一度大陸全土を巡ってひたすらかき集めてこようと考えていた。土石はどれだけあっても困らない。
工場内の環境を整えるための酸素供給源の緑石や、度を越さないために冷却に用いている蒼石、当然火炎放射器の主力である赤石も目に見えて減っている。照明にも白石を使っているし、属性系の魔石は闇石を除いてフル活用している。
火炎放射器の予備を作ったり……ミンチ製造機も構造を記録しておかないといけない。何なら予備も作って──。
「勤勉なのは結構なことだが、姉さんが休まないと三人も落ち着いて休めないだろう。休暇にするというのであれば、まず貴方が率先して休むべきではないか」
む? ……むむ……確かに言わんとすることは分かるんだけど……。
ここで我を通してもな。まぁ、いいか。いいや。いいね。休もう、たまにはきっちりだらけよう。
「分かった。一日目だけは仕事をするけど、後の二日はきっちり休むよ。日課も──うん、迷宮に行くのも止めておくから」
「えっ? お姉さん、ひょっとして迷宮に……毎日行っていたんですか?」
なんで驚いた顔をしてるんだ。生まれてくるのに時間がかかるんだから、集中して十時間篭もるより、毎日一時間ずつ狩りに出向いた方がいい。
迷宮はいつでも潜れるから迷宮なんだ。中が明るいのだから、人が少ない深夜早朝を狙うのは基本だと思うんだけど。
「そうだよ。自分で拾ってこないと、魔石足らなくなるじゃない」
「日が昇る前に起床して、迷宮に入って魔石を集めて、宿に戻ってから体を動かして、朝食をとる。──サクラの一日はここから始まるのですよ」
ソフィアが引いている。ペトラちゃんもそんな呆れた顔をしないで欲しい。私とて別にワーカーホリックというわけではない。
「一日目に仕事をするのも禁止! ダメ! しっかり休むこと!」
えぇ……。土石本当に足らなくなりそうなんだけど……。
(仕方ない、工場の稼働を後にずらすか。言い負かすよりそっちの方が楽だ)




