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第百九十話

 

 夜も遅かったので最後にもう一泊してから、用意されていた報酬を受け取って王城を去った。

 事の発端とか顛末とか、そういったことに対する興味はもう、綺麗さっぱり消え失せている。

 結構長いこと滞在してしまったが、割りと無事平穏に仕事を完遂できたのではないだろうか。満足したということにしておこう。


「ただいまー。あー……疲れた」

「戻ったか。随分とかかったな」

 部屋の中ではフロンが一人で読書をしていた。珍しいな、朝だというのにリューンがいないとは。

「まぁね。色々と騒がしかったよ。──火消しのあれ、早速役に立った。ありがとうね」

「そうか。それは重畳だ」

 本当に役に立った。毛足の長い絨毯を燃やさずに済んだのはあれのお陰だ。土足で歩くことに抵抗を覚えるような逸品だったし、あれが焦げたらおっさんは頭を抱えたかもしれ……いや、ないな。金持ちだし。

 日課に出ようかとも思ったが、微妙に疲れが残ってるし……今日くらいはまったりしてもいいんじゃないかな、部屋着に着替えてしまおう。


 ベッドに腰掛けて本を読んでいると、お昼前になって、リューンとリリウムが揃って戻ってきた。うちの子達とトレーニングに出ていたらしい。

 依頼にでも出ているのかと思ったが、そうではなかったようで。いつものように抱きついてきたが……少し汗臭い。真面目に身体を動かしてきたんだろう。

 抱き返せば柔らかくて、ぬくい。あーぬくい……リューンは最高だな。もうずっと私に抱かれていて欲しい。腕の中から出て行かないで欲しい。夏までは。

「長期と言っていましたが……案外すんなりと帰してもらえたのですね」

 隣に腰掛けているリリウムは汗臭くない。生力の差なのか、単に身体を動かしてなかったのか。監督してたのかもしれないな。

 緩みきってしなだれかかっている重いリューンを引っぺがしてその辺に捨て、リリウムを膝の上に乗せて後ろから抱きしめれば……あーぬくい。リリウムも良いな。甲乙つけがたい。

 ハイなエルフは不平を言うかと思ったが、何も言わずに後ろから抱きついてきた。こうなるなら逆の方が嬉しいな、背中の感触が寂しい。

「実質三日間だったからね。準備に掛かった時間の方が長かったくらいで」

「三日……なるほど、やはりそういうことでしたか」

 そういうことでした。


 背中を預けてくるリリウムと、のしかかるように抱きついてくるリューンとに挟まれていると……二倍ぬくい。四倍気持ちいい。これは私をダメにするクッションだ。

 自分で思っている以上に疲れていたんだろうか。うつらうつらしてくる。今眠ると夜しんどくなるんだけど……抗いがたい、この睡魔。

「ねぇねぇ、報酬いくらくらい貰ったの?」

 耳元で可愛い声を出さないで欲しい。冴えてしまう。

「あー……いくらだろう。ちょっと待ってね」

 次元箱から大金貨の束を取り出して、ベッドに適当に並べていく。──結構あるな。

 大金貨一枚が一万、それが百枚の束になっていて一束百万、それが合計で三百束ある。三億だ。

 細々とした模様は違うが、大きさと重さは北や西大陸で出回っている物と然程変わらない。きっと広く用いられている基準でもあるんだろう。

「……いいですわね、一級冒険者って。わたくしも速やかに階級を上げるべきかしら」

 リリウムが溜息をついている。胸が上下に動くのが、とても良い。すごく良い。これから溜息つくときは、私の膝の上でお願いしたい。

「こっちはおまけで、本命はレンガ工場の使用権かな。好きに使っていいって言われたから、しばらく私はレンガを焼くだけの魔導具と化すよ」

「──レンガ? どうした急に。屋敷でも建てるのか」

 それもいいな。でも流石に必要な量が膨大になりすぎる。やってみたいことはあるが、建築に関してはまだまるで知識がない。

「アダマンタイトを溶かすのには特殊なレンガが必要でね。お船の部品を作るとなると、かなり大型の炉が必要になるじゃない? 元々中型以上のサイズの炉は欲しかったんだ。兼ねられれば便利だし、レンガは焼くのに時間がかかるから、コツコツ作っておこうと思って」

 ヴァーリルのお家の炉ははっきり言って小型なので、一体成型の槍を作るのも難儀する。かと言って中型程度の炉で船を作るのは難しいだろう。

 ならもう、大型だ。大型の魔石炉を作る。そのためには私の浄化橙石を使った上質な耐火レンガがたくさんたくさん必要だ。

「なるほど、意図は把握した。アダマンタイトか……ふむ……」


 ──寝ていた。話の途中だった気がするんだけど、エルフサンドが気持ち良すぎて……いいなこれ。本当にいい。疲れが溶け落ちるかのようだ。

 リューンも一緒に眠っていて、リリウムは目を閉じてじっとしてくれている。フロンは隣で本を読んでいた。三倍ぬくい。

(げっ、もう夕方? でもないな、でも夕方近いか。……しまったな)

 しまった。しまってはいるのだが……穏やかで大変よろしいな。こんな時間がずっと続けばいいのに、時間は過ぎるし目は覚める。ドタドタと廊下を走ってきたのはうちのわんこ達だろう。足音で分かってしまう程度には、聞き慣れた物音だ。


 すっかりお馴染みになった食事処での夕食を終え、宿に七人集まって連絡事項を伝え合う。眠るにはまだ早い。

「先に報告をしておこう。魔法袋の件について話をまとめてきた」

「そうだった、三枚は完成品を引き取ってきたよ! サクラが支払っていた八枚分の、残りの五枚ももうすぐ仕上がるって。それで、追加の発注についてなんだけど──」

「先方に所用があるらしくてな。九枚から先の分は受け付けてもいいが、納品はかなり先になると言っていた。だが借りていたという四枚の魔法袋、あれでよければ買い取りという形でそのまま引き取ってくれても良いとのことだ。どうする?」

 ふむ。普通に使えるしいいんじゃないかな。新作と旧作の違いなんかは分からないけど。

「多少材質や術式に差異が見られるようだが、大きな違いはない」

 これを引き取れば手元に新三、旧四、お金を払っている分で追加で新五。新八に旧四か。十二枚あれば十分かな。

「そうだね。あの袋にもお世話になったし、古い分も引き取ろうか。これ以上の追加が要るかな?」

「あってもいいが、一枚バラしてよければ私が再現できるかもしれん」


 ──今、何を言うた、このエルフ。

「えっ、嘘。フロン魔法袋作れるの?」

「手持ちの物はほぼ全て、術式が暗号化されていてな。外から眺めて解析に挑むのは現実的ではない、不可能とは言わんが、かなりの時間が必要になる。だが持ち帰ってから気付いたのだが、新品の中の一枚にその処理が行われていない物が混ざっていた。意図して施さなかったのか、単に失念しただけかは判断がつかん。あれは手間だからな……」

 暗号化か。そんなものがあるのか。……確かにあってもおかしくないな。もしなければ、既成品一つから類似品をポンポンと作られてしまう。著作権なんてものは私の知る限りないし、発明家はたまったものじゃないだろう。それだと迷宮産魔導具のコピーもきっと容易い。

 機械化されてはいないだろうし、全て手作業で行っているのだとしたら……うっかりしていたのかもしれない。

「じゃあ、フロンとリューンは件の魔法袋も含めて二人で三枚分持っていって。一枚はバラしていいよ。……期待してもいい?」

「無論だ。最低限同程度の物は作れるようになってみせよう。そこで留まるつもりもない」

 あーもう、フロン先生大好き! やっぱりハイエルフはさいこ──。

「いつもいつも! どうして私に頼まないの!? 私だって術式が割れてれば魔法袋くらい作れるよ! リューンちゃんお願い、って言ってよぉ!」

 はいはい、お願いお願い。


 魔法袋はむき出しのままでも使えるが、傷がついたらマズイので、基本的には外に衣装を着せて使う。

 借り物には全て被せてあったので気にしてなかったが、これをどうするか……といったところで救世主が現れた。

 お裁縫は何と、ミッター君ができるらしい。得意だそうだ。これには年寄り組全員が驚いた。失礼かもしれないが、あまりにも意外で本当にビックリ。

「母と姉達に仕込まれまして……布や革を縫うくらいでしたら」

「みっちゃんは破れた服や装備を繕ってくれたりして、学生時代も大人気だったんですよ! 穴あきのまま教練に出ると叱られるので!」

 確かに見習いとは言え、騎士だしなぁ。穴あきは引っ掛けたら危ないし、ボロボロの服で式典になんて出ようものなら……国の品位を疑われる。

 ──ということは、ペトラちゃんもできるんじゃないのかな?

「私は……そのぉ……えへへっ」

 笑ってごまかされた。許す。許そう。でもお裁縫できる女の子って素敵だと思うよ。私はできないけど。



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― 新着の感想 ―
[一言] いつも以上にエルフ達とのふれあいがふにゃふにゃで、瘴気のときとの差が出てて本当にサクラも瘴気抜けたんだなと安心しました。なんだかサクラに集まるエルフたちが、日だまりでのんびりする猫みたいでか…
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