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第百六十七話

12/19 編集済みです。


以前とは少しだけ話の流れが変わっています。

 


 魔石の質は、何も数種類しかない、というわけではない。

 確か下中上……その上に特上、極上、そして特級とあるが、それはあくまでも世間様が決めた分類でしかない。特級の中でもまた質に良し悪しがあることを私は知っている。

 私なら瘴気持ちであれば、オーガからでもゴブリンからでも、大きさはともかく特級に分類される浄化黒石を生成できるが、内部的には種族によっても、それぞれの個体によっても微妙に差がある。大きさは変化として分かりやすいが、魔力の質も確実に、絶対に差がある。

 リリウムが案内してくれた瘴気溜まりを前にして、私は飛び跳ねて喜んだ。まともな生物は近寄っただけで死に至るような、抵抗力のある人間でも、皮膚も肺も即座にダメになってしまうであろう──草木一本生えていない、大地も融けてしまいそうな……そんな瘴気地獄。

 そこに蠢いている、腰ほどの高さになろうかという怪しい黒いスライムから得られた浄化黒石は、本当の意味で究極の特級品。究極品──あるいは至高品とでも名付けようか──そんな一品だった。


「これが何ともないのですから……つくづくおかしな身体になったものですね。わたくしも、貴方も」

 リリウムは瘴気に弱かった。迷宮の……パイトの第二迷宮の二十何層かでフラフラになっていたのを覚えている。ルナでも死竜のお家で早々にダウンしていた。

 それが今は腕を組み、豊かな胸を押し上げて諦観したような笑みを浮かべて平然としている。まず間違いなく私の使徒と化したことで生まれた変化だろう。

 しっかし、こういう姿が大層様になっている。服装がお粗末なのが本当に残念だ……まずは服だな。着飾らなくては。この瘴気溜まりに咲く一輪の花になって欲しい。

 そんなことを考えながら、元凶たる私──やらかしたのはうちの女神様だが──は現在次元箱の中を整理中だ。これまでの特級品を全て分けて、隔離していく。これらはもう私にとっては格落ちの二級品だ。試作品にでも使ってしまおう。

 ちなみに当然のことではあるのだが、私も別になんともない。瘴気がある、それは分かる。ただそれだけだ。


「これはリューンも連れてこられないね。──こういう場所、他にも知ってる?」

「何箇所かは。探せばもっとあると思います。これはもう、常人にどうにかできるようなものでは到底ありませんもの。聞き込みをすればいくらでも情報は入ってくるかと」

 おそらくはこの、瘴気が飽和して気体から液体になろうかというレベルでとにかく濃いこの瘴気溜まり……こんなものがあちこちに点在しているというのが、南大陸を瘴気持ちの楽園にしている一因なのだと思う。

 これはもう、浄化使いが総力を挙げればどうにかなるなんて次元のものではない。リリウムの言う通り、普通は近づけない。近づこうともしない。どうしようもない。つまり採り放題だ。独り占めできる。至高品の浄化黒石……!

「スライムって在野のそれも、放っておけば勝手に生えてくるよね?」

「生えてって……言わんとすることは分かりますけど……ふふっ、その通りです。狩り尽くしても問題ないと思いますわ。ただ、こいつらは確か分裂して数を増やすこともあったはずです。多少残しておいた方がよろしいかと。芋と同じですわね」

 そう言ってクスクスと笑うのが可愛らしい。言ってることは可愛くないが、全然構わない。むしろ歓迎だ。

「なるほどなるほど。じゃあ八割九割狩ったら残して次に行こう。地図も作りたいな」

「……いい考えですね。アイオナならおそらく南大陸の地図は普通に売っているでしょうし」


 スライムが減っているからこれを期に浄化してしまおう! だなんて考え、万が一にもどこかの誰かに抱かせないよう慎重に、こっそりと、それでいて大胆に刈り取っていこう。

 この瘴気溜まりのスライムはおそらく二百匹もいない。質は頬ずりしたくなるほど良いが、大きさは軽く握った握りこぶし二つ分程度……特筆して大きいと言える物でもない。

 私の目的を達するには大陸全土を繰り返し巡る必要がありそうだし……迷宮になんて入ってる場合じゃないな。燃料補給と生活費を稼ぐ程度に留めよう。

「ねぇサクラ、ここの収穫を終えたら、先に一度アイオナに参りません? 一緒に地図も作ってしまいましょう。わたくしにも暇潰しさせてくださいな」

 そうしよう。このレベルの瘴気溜まりなら、多少位置がずれたところで見つけられない理由はないが、地図は正確に越したことない。

 この辺りには普通の、まともな魔物もいない。リリウムは退屈だろう。

「そうしようか。じゃあちゃちゃっと済ませちゃうから、ちょっと待ってて」

 スライムの百や二百、私と十手の敵ではない。黒石置いてけ。これで神器を作るんだ。いっぱい作るんだ。

 これだけいると……魔石化の余波でも結構な光が生まれて吸われて、一石二鳥だ。すごくうれしい。


「えっ? リューンさん、こちらにいらしているのですか?」

「いるよ。ただ他にも同行者がいてね。数日で戻ったらおかしいから」

「アイオナからだと……確かにそうですね。数日で人を探して出会って戻ってとなると、現実的ではありません。そもそも当てがあって探しに出たのでしたか?」

(あれ、人を探しに行くって言ったっけ? 会いに行くとかそんな……どうだったかな……まぁいいや)


 最初の餌場を刈り取った後に、町を回ってリリウムの私物をあれこれ調達する。これには数日を要した。

 普段はリューンと選ぶというか、リューンが選んだ服を着ることが多いので……リリウムと服を選びっこするのは大層楽しく、時間を忘れてしまった。

 流石に私もドレスにハイヒールで瘴気溜まりに連れ出そうとは思っていない。すごく似合いそうだけど……服がダメになりそうだな、ここだと。

 地図は初日にこっそりアイオナに戻った際に簡単に買えた。安く……というかほぼ無料配布の域だ。街や村、街道の位置なども詳しく記されている。これがどの程度正確な物かは分からないけど、餌場を記録しておくには十分すぎる代物だ。

 北大陸ではこれ一枚手に入れるのも大層難儀して……というか結局買えなかったんだっけ。王都の専売で、結局ルナに行っちゃったから必要なくなったとか、そんな感じだった気がする。

 南は街道とか町や村の位置とか、正確に把握できていないと危険で危険で仕方ないだろう。殲滅してしまえばしばらく次が襲ってこない迷宮よりもよっぽどデンジャラスだ。迷宮に入らせるよりも繰り返し護衛依頼を請けさせた方が鍛えられそうではあるけど……。


「わたくしもアイオナのことはそれほど詳しくありませんの。長居しませんでしたから……迷宮には入ってもよかったのですね」

 スライムの酸弾? を見もせずに軽やかに回避しながら雑談を続けている。なんで今のが分かったんだ……? 真後ろから飛んできたんだけど、気配とかそういうのか。読めるのか。タツジンだなこれは。

 過去ではそれなりに色々あったが、リリウムは決してお馬鹿では……ない、と思う。迷宮産魔導具がダメな予感があったら迷宮も同じくあかんのではないか、程度の推測を立て、きっちり警戒して入らない程度にはしっかりしている。私とは大違いだな。リリウムを後継者にできていれば、今頃女神様の保険を残したまま順調に神格が育っていたんじゃないだろうか。遠当てで遠距離からズババババッっと。あー楽そう……いいなぁ、遠当て。

 あるいは保険をかけようとすら思わず、最初にしっかりと何があかんのかを説明をしていたかもしれない。

 さておき、彼女は迷宮に入らずにひたすらギルドの依頼を消化したことで立場を得られた。気力も育った。反面収入と装備は犠牲になったが……二級冒険者になってくれていたお陰で見つけられたようなものだ。私は下手したら南大陸の村や町を総当りにしなければならなかったわけで……本当によかった。改めてそう思う。

「それにしてもリリウム、そんな格好で本当に寒くないの?」

 服も下着も買い込んだが、現在は黒のタンクトップにハーフスパッツ、その上に薄い雨避けの外套を一枚羽織るのみ。武器ではなく地図とペン、それとコンパスを手にしている。

 それでいて鳥肌一つ立っていない。私はかなり寒い。手足の指先がダメになりそうだ……十手が冷たいのが地味に堪える。

「ふふっ、慣れますわ!」

 おー、懐かしいな。お馬鹿っぽいが、最高に可愛いよ。


 リリウムの知っていた餌場は八箇所。棲息していたのは全てスライムだ。

 数日掛けて巡った瘴気溜まり。規模の大小はあったが、大体百から四百匹程度のスライムが群棲していた。私はもうホクホク顔で、リリウムは呆れていた。

 どれもこれも、比較的村や町、街道といった生活圏から程近い場所にあり……依頼の最中にでも発見したのだろう。こんなところに出向く案件は、そりゃあ売れ残る。そんな仕事を完遂できるリリウム様は引っ張りだこだったに違いない。

「特に規則性があるという風には見えないけど、どう思う?」

「ただの感想ですが……。どのスライムも餌場──瘴気溜まりの外に出ようとしませんでした。在野の魔物はうっかり餌場に近づいてしまえば命を落としかねませんから、餌場の近辺には魔物がいません。比較的ではありますが、餌場の周辺は治安がよく、安全だと言えるでしょう。そこに村や町、道を作ることになったのは、必然のように思えます」

 にゃるほど。言われてみれば、なるほどだ。確かにそうかもしれない。下手すると崇められてたりするかもな、餌場とスライム。魔物から村を守ってくれるプルプルした奴。近づいたら攻撃してくるけど。

 確かによくよく観察してみれば、瘴気溜まりそのものは害だが、広範囲に広がっているというよりは……スライムが引き寄せてるのかな、これ。この子達が居なくなったら酷いことになったりして……。

「興味深いね。となると、あまりやり過ぎると不味いかもしれない……山奥とか、辺境とか、そういうところにあればいいんだけど」

「あのスライム達がどの程度の頻度で増えるか……観察してみる必要があるかもしれませんわね。生態系を乱さないに越したことはありませんし」

 私の日課に散歩が加わりそうだ。字面だけ見れば、大変健康的でよろしいことだな。



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