第百六十四話
町から少し離れた場所に群棲していた大きい謎の羽虫のような魔物を延々と魔石にしながら時間を潰し、夕方近くなった頃にリスロイの町のギルドへ戻る。
瘴気持ちばかり狩っていたので浄化黒石が大量に手に入った。南大陸は最高だな……この変な気候さえまともなら、永住を決め込んでも良いくらいだ。魚料理も美味しかったし、港町はチェックしておこう。
足取り軽くギルドに足を踏み入れると、呑んだくれの数が盛大に増えており……その隅の方で一人、避けられるようにして、青みがかった銀髪縦ロールのハーフドワーフが、背中を向けて静かにお酒を飲んでいた。たぶん酒だろう、あれは。
先ほどの受付はまだ受付で読書か仕事をしていた。こちらに気づいたので会釈だけして、酒場の隅に足を向ける。
「わたくしを探していたと言うのは貴方? ふざけた真似をしてくれますね……一級だか何だか知りませんが、年寄りが偉ぶって……何様のつもりかしら」
近づくと、振り返りもせずに声を掛けられた。おぉ……何かめっちゃ怒ってる。そんなに待たせちゃったかな。怒気が視認できそう。わなわなしてるし、今にも襲いかかってきそうだ……。コップ握り潰さないでね。
「待たせちゃってごめんね。──久しぶり」
空いていた丸テーブルの対面に腰掛ける。うーん……怒りで歪んでいるけど、相変わらず可愛いな。胸もでかいし。
最後に会った時より全体的に艶がないけど、いつ見ても私好みのいい顔をしている。お手入れすればまたあの輝きを取り戻すだろう。
「なっ!? ──あっ……えっ? えっ? サ、サクラ……?」
「そうだよ。また会えて嬉しいよ──リリウム」
驚きすぎだろう。私が会いに来ることは分かってたは……ず……? もしかしてあの受付──。いや、もういい。
「目立ってくれていて助かったよ、お陰で見つけられた。とりあえず乾杯……といきたいんだけど、お酒を飲みながらするような話でもないんだ。どこかいい場所知らない?」
もうすっかり怒気は引いている。顔はまだ面白いことになっているけれど。
「そ、そうですね──では、えっと……はい、わたくしの部屋へおいでください」
大きな宿の最上階の一室、リリウムの巣に連れ込まれてしまう。階段上がるのも面倒だし、狭くはないけど大して豪華な部屋というわけでもない。ベッド以外には少ない荷物が端に置かれているだけ。内湯もなさそうだし、雨音がかなりうるさいし……よくこんな部屋に住んでいられるな……。
「最上階は特に安いんです。削れる部分は削っていかないと……わたくしはサクラほど稼ぎがよくありませんので」
顔に出ていたか、呆れたような顔──懐かしい──でそう教えてくれた。
「い、いやぁ……ハハハ」
しかしなんだ、二級ともなればそれなりにお金はあると思うんだけど……随分と質素だな。
服も機能性優先の、派手なリリウムの顔や身体と比べて大層地味だし、装備も……駆け出しのようだ。
とはいえ、私も服はいつものコスプレ軍服だし、防具着けてないし……似たようなものかな。
仮にも上位の冒険者が二人してこんなナリでは、若い子は夢も希望も持てたものじゃない。もう少し見栄えに気を使うべきだろうか。
「はぁ……もういいです。今は下も横も人は入っていません。誰も来ませんし、大声を出さなければ人に聞かれることもないと思います」
響きが卑猥──あ、いや、とはいえ、遮断はしなくてはならない。遊びに来たわけではない。持っててよかった結界石! 阻害結界もあるよ!
「それは……ふふっ。懐かしいですわね、その結界石。──以前よりだいぶ大きくありません?」
いそいそとベッドを囲むように設置していく。いい加減新しく……まだ大丈夫かな。魔力が目減りしているのは感じるけど……枯れたらどうなるんだろう。
「私もほら、成長しているわけですよ」
ルナの家にはネズミや虫除けのために、至る所にこれが設置してあった。ヴァーリルはこれを置くためのスペースを建設段階で用意していたので、ほとんど視界に入ることがなかったけど。
二重の結界の内側で、再会の挨拶から始めよう。
「改めて……久しぶりだね、本当に会えて嬉しいよ。──何年ぶりかな?」
「わたくしも大変嬉しく思っていますわ。──何十年ぶりでしょうか。……わたくしも正直戸惑っているのです。色々と説明をして頂きたいのですが──サクラ、貴方一体どこの誰なんですの?」
「質問の意図を図りかねるね。どういう意味?」
「とぼけないでください。貴方がただの人種でないことは知っています。貴方の女神が、そう教えてくれたのですから」
ほう! れん! そう!
「──自分が何を言ってるのか理解してる?」
あの人の仕業というのは予想はしてたけど……直接干渉してたのは予想外だ。こういうことは本当にちゃんと教えておいてよ……。聞かなかったから答えなかっただけとか、ありそうだなぁ……。
「自分でもおかしなことを口走っている自覚はありますわ。でも仕方がないではありませんか……貴方が女神の神格を引き継いでいて、あの時パイトの迷宮でわたくし諸共死亡したということを、あの方……女神に直接聞かされたのですから。わたくし、今でも自分の正気を疑ってますのよ? 助けてください……」
ほとんど全部言ってるじゃん! ……あの人は本当に……もうっ。
「はぁ……本っ当にあの人は……。──いいよ、全部話してあげる。その前に、うちの女神様は他に何か言ってた?」
お手上げだ。こりゃもうすっとぼけても仕方がない。
「いえ、会話をしたと言うよりは……一方的に伝えられて話を切り上げられたような感じでしたので。ただ、わたくしはサクラの使徒になったのだと、そう聞かされました」
あの横着女神め……っていうか、使徒ときたか。これまた想定外の話だ。
──使徒。お伽話なんかに出てくる……ようはあれだ、天使みたいな、神様のお友達のことだ。信徒とは違う、神様の方から創りだした存在。
そもそも使徒ってどうやってなるんだ? 私は特に何もしていない。うちの女神様がやったってことは、私にもできるんだろうが……。
目の前の彼女からは特に神力のようなものは感じられないのだけれど、何かこう……以前よりも親近感のようなものは感じる。調べてみれば分かるかな。
「ちょっと服脱いで」
「な、なんですのいきなり」
胸元を押さえてジリジリと後退するのは逆効果だと教わらなかったかな?
「いいからいいから」
「よくありません! ちょっとやめっ──」
本気でやりあえば力は私の方が強い。抵抗すれば一張羅……よく手入れされていることが分かる大事な装備が破損する。私は止める気がない。リリウムは、諦めるしかない。
全裸に剥いた巨乳の腹に跨って、ほんのり赤く染まった肌をまさぐっていると……魔力の回路の様相が以前と変化していることがすぐに分かった。
「この回路──」
「……えぇ。別物になってます。万能型とか呼ばれるタイプですね。元から持っていた術式は全て使えなくなってしまいました」
顔を真っ赤にしてそっぽを向いているのが初々しいな。別に取って食いはしない。ていうか裸くらいしょっちゅう見せ合っていただろうに。
「使えなくなった?」
リリウムは火弾の術式なんかを使えていた。一度十手で振り払ったことがあるからそれは確実だ。よく覚えている。
「あの術式はわたくしの回路でも使えるようにと、フロンが昔、市販の物をわたくし用に調整したものですから……それが合わなくなったのだと思います」
火起こしに使うくらいでしたけど、とか言っているが……それはいい。この回路、私にはとても馴染みがある。
「気力は今でも使える? 遠当て使えたよね?」
「遠当ても使えます。気力は格も器もかなり……特に器の方が自分でも信じられないくらい伸びました。お陰で二級にまで上り詰めることができたようなものです」
器の方が……ね。どこかで聞いた話だ。
「ちょっと気力通してみて。全身に満遍なく、弱めでいいから」
「はい、えっと……こんな感じで?」
肌がくっついた部分からリリウムの気力の流れを感じる。うーん……こっちもとても馴染み深いんだよなぁ……。




