第百四十話
「じゃあ、剣は? アダマンとか言ったっけ、これ製の剣。一度打ち合ったんだけど、かなり良い物だよね」
ギルド証を取り出して指先で弾いてみる。軽い金属音が鳴り、リューンの視線が金属板に向いた。
「アダマンタイト? 良い物なのは確かだけど。──あ、そうか……サクラがいれば……。うーん……でもでも、あー……要るよなぁ」
しばらくブツブツ独り言を言っていたが、部屋で話すよと告げて、食事に戻ってしまった。
部屋に戻って結界石を設置する。外部に漏れたら不味いことを話す時は常にこの中だ。エイフィスの職人がイカレているなんてのは、外で話してもよかったのだろうか。結構大声だったけど。
「あのね、アダマント……アダマンタイト製の武具っていうのは、ほぼ受注生産になるんだよ。加工が物凄く大変っていうのは知ってるよね?」
曰く、頑強さなどといった単純な基本性能に限るのであれば、アダマンタイト製の武具は一部の規格外の物を除けば、基本的に迷宮産をも上回る物らしい。
「形状とか重心の位置とか、迷宮産の武具はそういう扱いやすさをまるで無視した品が多いんだよ。『黒いの』も変な形してたでしょ?」
「服も結構はっちゃけた品が多かったしね、言わんとすることは分かるよ」
「そうなんだよ。オーダーメイドできるから、私は……言っちゃなんだけど、今選べるなら『黒いの』よりも、私好みのアダマンタイト製の剣を打ってもらった方が嬉しい。もちろんあれは魔力吸収がついてた上に不壊だから、アダマンタイトの頑強さとは格が違うわけだけど……それは置いておくよ」
それでね、と言葉を続ける。
「アダマンタイトっていうのは、ただ打つだけならそう難しくないの。アダマンタイト自体もそれほど高価なエレメントっていうわけでもない。ただ、加工するのにコストがとにかくかかるんだ。ナイフ一本どころか矢じり一つ打つのにも大量の火石が必要になる。薪や炭を燃やしたところであれを加工できる温度まで上がらないらしくてね」
次元箱の樽から暖房用に……心なし多めに集めていたこぶし大の浄化赤石を取り出す。
「そう、それなんだよ。それも特級品だよね?」
「査定はしてないけど、たぶん特級だと思うよ。これがあれば作ってもらえるかな?」
「魔石を全部持ち込めば……飛び込みでも請け負ってくれる工房はあると思う。それで、どうせ打ってもらうなら魔法剣……と言うには大げさなんだけど、それを打ってもらいたいんだよ」
「いいと思うよ。何か問題があるの?」
「私の作った暖房の魔導具に回路が通ってるの見たことがあるよね? 剣にも同じことができるんだ、ようは人造魔導剣を作りたいってことだね。ただ、その回路を作るのが難しくてね……サクラにならできるかもしれないんだけど」
人造……魔導剣。言わんとすることは分かる。剣に暖房の回路を通せば温かい剣を作れるということを言っているのは分かるが、そんなものを作りたいわけではないだろう。
それよりも、私にならできるっていうのは──。
「どういうこと?」
「魔石を加工する術式があるんだ。なんて言えばいいかな……言葉通りに、魔石を好きな形に加工できるんだよ。それをそのまま回路として用いたアダマンタイト製の魔導剣。どうせ作るならただの剣じゃなくて、これを作りたいと思ってるんだ」
「利点は?」
「私が術式として使っている防御膜以外にも、切れ味を増したり、属性を足したり……そういうのを剣の機能として……上手くいけば二つ以上仕込める。私の術式が空く。剣以外の……鎧や服、靴にも応用できる。私が術式を使うより剣に埋め込んだ方がそもそも性能面で優れる。魔力の効率がいい」
「欠点は?」
「普通の金属ならこんな手法を取る必要はないんだけど、アダマンタイトは固すぎて、剣身に精密な回路を刻むのが難しい。魔石で回路を作ってそれを転写……金属に魔石を錬り込むしかない。そして私じゃ魔石を回路に加工できない。サクラはできると思う、少なくとも術式を行使するのに問題はない」
「必要な物は?」
「剣に限って言うなら、アダマンタイトの原石と燃料としての大量の浄化赤石。あと一本当たり浄化真石が……オーガレイスの物で十個くらいは必要だと思う」
「原石以外はあってないようなものだね。魔石を加工する術式っていうのは、その辺に売ってるの?」
「ルナの魔法屋にもたぶんあるはず。フロンも持ってるんだけど──」
「普通に買える物なら買っちゃおう。魔石ももう少し集めておかないといけないね」
人が使う魔法とは、人体……というか魂に術式を刻みこんで、それを肉体の回路に魔力を通すことで発現させる現象のことだ。
魔導具とは、板や道具に術式と回路を組み込んで、それを持ち主や魔石の魔力を使ってあれこれする。
そして私に求められているものは、この回路作り。私は魔導具に関しては素人同然だが、言うなればこれは骨格作りに当たるのではないだろうか。
「──私にできるかな?」
「きっとできるよ! 私、サクラに作ってもらった剣を使いたい!」
面白い。生産的な趣味が一切なかった私ではあるが……ここにきて転機を迎えた。
魔石を生成するだけではなく、それを更に加工して道具を……年甲斐もなく、というほど食ってはいないが、ワクワクする心を抑えられなくなってきている。
南大陸行きはひとまず延期とした。こんな面白そうなことを前にして、ただの魔物を狩りにいくなんて……とんでもない話だ。
「まぁ、魔物は狩るわけだけど」
「こればかりは自前で調達するしかないからね」
西大陸行きの船が出るまで、私達はひたすら魔石を集めることになった。目当ては浄化赤石と浄化真石の二種だ。
いくら私の浄化赤石がこの世で最高クラスの品質だったところで、魔石その物が含有しているエネルギーの量は有限なわけだ。
最後に物を言うのは大きさと数。ヴァーリルで……西大陸で浄化赤石を集中的に集められるとも限らない。
なら、ルナに居る内に余裕を持って集めてしまえ、となる。ここならついでに浄化真石も集められるし、魔物と戦うのは修練にもなる。
浄化赤石はいくらあっても困りはしない。暖房にだって使えるのだから。
「荷物は普通に鞄に入れて船に持ち込むことになるかもね」
「それが普通なんだよ。個室も取れたし、文句言ったらバチが当たるよ」
下層はそれなりに人が居るため、私達には馴染み深い……溶岩地帯と幽霊大鬼の居る階層を集中的に周回することにしている。
どちらも足りなくなったら困る。念入りに集めていこう。
量産品ではあるが、耐熱の装飾品をいくつか購入してから六十一、六十二層で火のトカゲとゴーレムを殲滅して回り、ついでに六十三層の真っ赤なドラゴンも二人がかりで瞬殺する。
束縛魔法で身動きを封じられたドラゴンは、ガンガンと頭を殴られ続けて一分と経たずに大きな浄化赤石を残して消えることになる。身じろぎ一つ許さないとは──。
「魔石を残すのが悪い」
「酷いことするよね」
帰りがけに死竜を倒しにいくかどうかで少し意見が食い違ったが、低階層に死層の宝箱を残すのは危険じゃないか、ということであそこはスルーすることと決めた。
「ルナは魔石集めるのが手間だな……パイトでもっと集めておけばよかった」
「フロンがいると楽なんだけどねぇ」
こんなことを毎日繰り返し、二種の魔石はその数をどんどん増やしていった。
「圧巻だね」
「馬鹿みたいだよ、これ……」
西大陸への出航を数日先に控えた今、最後の確認に二人して次元箱の整理を行っていた。
というか、箱の中身はほぼ全てが樽で……中身は数個の水樽を除いて全てが魔石だ。
白石、紫石、黒石の三種を合わせて三樽半ほど。蒼石、緑石がそれぞれほぼ二樽ずつ。橙石が四樽。真石が十樽近くあり、赤石は二十樽を越えている。
「本当はもっといい箱を使いたいんだけどね。きちんと四角いやつ」
「探せばあると思うけど、どこで買うのかと聞かれれば……分かんないなぁ。それでどう? 荷物は入りそう?」
「着替えや保存食くらいならいける。ただソファーなんかは無理だね。使わなさそうな樽を置いていけばいけなくもないけど」
外から転移で次元箱の中に樽を綺麗に並べ直していくが、微妙な隙間が気になる。もったいない。
「流石にこれを長く置きっぱなしにするのは不味いよ。警備はしっかりしてるけど、絶対じゃないから」
「そうだね、まぁ南に行くまでの辛抱……かな」
「いざとなったらどこかに家でも買って、そこに厳重にしまっておけばいいよ。簡単には見つからないように、地下にでも」
家か……それもありだな。ギースの家はもう使えないわけだし、拠点を作ることは前向きに考えておこう。
「二人の愛の巣だね」
「そ、そそそ、そうだよ! 愛の巣だよ! えへ……えへへ……」




