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第百二十一話

 

 その日の収穫はボウズで暗くなる前に泉まで戻り、南の沢を目指して空を駆けた。母娘と出会うのは少なくとも明日以降なはず。今は大丈夫だと思う。

「そういえば塩も食料もない生活……えらい久し振りだな。流石に獣の生肉貪るのは抵抗がある。どうしようかなほんと……」

 身体を洗わないと今は浄化で横着もできない。気力と身体強化が残っててよかったよほんと。

(手っ取り早いのはパイト辺りまで走って迷宮でカモネギ辺りをしばいて……あれ、死体ってどこで換金するんだ? 管理所……じゃないよね、どこかに解体場でもあるの? っていうか流石に全裸でパイトに行くのはなしだ。捕まる。あれ、今の状況結構やばい?)


「──キ、キャアアァーッ!」

 沢への当たりを付けて高度を下げ、そのまま着水した。その音の後に叫び声が聞こえ……岩場の影から金髪の女性がどこぞへ走り去るのを見た。

 あの……アルシュの母娘の親の方だ。全裸だった。ナタのような刃物も弓も矢筒も、服も靴も置いて一目散に森の奥へ走り去ってしまう。

(……二人の全裸女性の邂逅はならなかったわけだが……あれ、これまずくない? もういるのか……っていうか、彼女がいるってことは、ギースが……)

 事情を説明して……いや、どう説明すると言うんだ。今の私は気力も魔力もバリバリ使える。ギースは見抜くだろう。そんな見知らぬ人間が、主家の人間の……誤解ではあるのだが、背後を取った。抜身の武器を持ってだ。

(──殺されかねないな。どうしよう。ここでじっとしていて事情を説明するか、それとも──)


「……お嬢、何もいやしませんが。本当に熊だったんで?」

「ま、間違いありません! 急に大きな水音が鳴ったんです! 足音も靴音も確かに聞こえませんでした! 大きな影も! あれは絶対に熊です!」

「足音が聞こえなかったんなら熊ってことはねぇでしょうや……ん? ──お嬢、服とナタぁどこやったんで?」

「何を今そんなことを! あそこに……! あ……そこ……に?」

「イタズラ妖精に化かされたんじゃねぇですかい? 装備一式まるっと盗られて! ガハハハハ!」

「ギ、ギース! 笑い事ではありません!」

「命があっただけ良しとしましょうや。お嬢の背後を気取られずに取れる賊なんてのがおったら、今頃無事じゃ済まんでしょう」

「そ、う、ですけど……妖精? 本当にそんなものが……?」

「足跡一つありませんでね。弓に恨みを持った鳥っつー線もありますが。もう戻りましょうや。風邪でも引いたら儂がどやされますし、次は装備だけじゃ済まんかもしれませんでね」


(ああ、やってしまった……許してぇ……)

 森を上から全力で駆け抜けて、神域の縦穴まで逃げ帰ってきた。手には服と靴と……咄嗟に全て盗ってきてしまった。

 決して許されることではない。本当に申し訳がない。彼女には一切非がないんだ。……これでもうアルシュにも行けないし、ギースにも会えない。

「はぁ……この森で瘴気持ち探すの、諦めた方がいいな。バイアル……も近すぎる。この辺にはもう近寄れないね……。パイトで弓とナタを売って食費にして……コンパーラかな、あそこへ行こう」

 パイトで迷宮外の情報を集めて回るのはおかしい。あの辺で情報が集まる場所と言えば、王都かコンパーラ。そして私は残念ながら今は王都へは入れない。身分証がないためだ。

(ひとまず私が最初に神域を出た時と時期は同じみたいだし……冬までに何とかしないと。力とお金と……とりあえず浄化がないと私は食えない。街道で大黒鹿や猪を狩って売ってもいいが……まずは瘴気持ちの群棲地を探さないと)

 あの辺りは宿の当たり外れが大きい。拠点を作るお金もないし……はぁ。


 久し振りに野宿をし、日も昇らぬ時分に起床して、覚悟を決めて服を着る。……いい具合なのが余計に罪悪感を煽る。

 山へ踏み入る恰好だ、軽装の冒険者と言っても十分通る。

「一息にコンパーラまで行ってもいいけど、情報集めながら進んでもいいかな? リューンは確か、この辺は瘴気持ち少ないとか言ってたし。ひとまず浄化だけなんとか生やして、目指すは南大陸か」

 当面の目標は浄化を生やすことだ。そのために瘴気持ちを狩る。まず生活費を稼いでもいい、その後に大金が必要になる。

 ルナまで金貨二、三百枚かかるのだ。その倍以上必要だと思っておいた方がいい。

 南大陸まで向かうには船に乗るためにお金がいる。そのお金を稼ぎながら浄化を生やす。

「大金貨六百枚程度の貯蓄と……当面の装備を整える。何はともあれ浄化だ、これがないと話にならない」


 バイアルの門番はダメだった。この辺は定期的に魔物は掃除されていて、薬草に影響があるので瘴気溜まりも綺麗に掃除されていると言う。

 パイトの北側へ通じる街道……私が初めて通るこの街道沿いにある街や村の門番も、瘴気持ちはもう何年も見ていないと言う。

 パイトの南北の門番からも有力な情報は得られず、コンパーラまで走り……素通りして王都への街道を目指した。目当ては鹿か猪だ。これをその辺の町か村に売って、服と靴を揃えて返しに行く。ナタも弓も邪魔だが……仕方がない。売ってしまうつもりだったが、これを勝手に売るのはどうしても気が引けた。

「群れに襲われたりしてたくらいだから、その辺にいるでしょ。早くしないと今日は野宿だ……」

 無造作に森に入り、適当に音を立てて歩く。大黒鹿も大猪も音を立てれば近づいてくる。魔物というだけあって、彼らにとって私は美味しい得物だ。

(浄化はだめ浄化はだめ……気をつけないと、索敵もだめ索敵もだめ……)


 二時間ほど森の中を歩き回り、昼を過ぎた辺りで大猪四匹の確保に成功した。頭が陥没している以外は……まぁ、綺麗に狩れたと思う。

 片手に脚を二本ずつ掴み、腹を引きずって街道に出て近くの比較的大きめの街へと向かう。

 街道を往く商人や街の門番にギョッとした視線を向けられるが、無視だ。私は今それどころじゃない。

「お仕事中に申し訳ありません。旅の者なのですが、コレを買い取って頂けるお店をご存知でしたら教えて頂けませんでしょうか。持ち歩くには少々、邪魔でして」

 視線を左右に向け、脚を持ち上げて猪の身体を揺する。

「え、ええ……街の外れに解体所があります、そこでならいい値段で買い取ってくれるかと……」

「ご丁寧にありがとうございます。失礼しますね」


 猪は単価四万ほどの値が付いた。効率は悪すぎるが、仕方がない。代金を即金で貰って解体所を出る。

 それに背負った弓とナタが邪魔で邪魔で……。今から返しにいく? 今ならまだ……あの森にいるかもしれないし。


「ミア様! ミア様! こちらへ!」

 早朝、目を覚ました母娘の周囲で男性護衛が二人して荷の整理を行っていた。そこに女性……女護衛の慌てたような声が響く。

「おはよう。どうしたの?」

「それが……顔を洗っていたのですが、そこに石が飛んできまして。昨日の賊かと思ったのですが……その、飛んできた方向を見ると、ミア様の荷物が……」

 母娘と護衛三人総出で川へ向かうと、そこには綺麗に折り畳まれた衣装と靴、そして使われた形跡のないナタと弓矢が並べて置かれていた。

「ほれお嬢、やっぱりイタズラ妖精の仕業じゃったのぉ!」

「……いるのかもしれませんね、妖精」

「妖精ってギース様……そんな馬鹿な話が」

「じゃあなんだって? 靴も服も武器も盗って、また返しに来た賊でも居たって言うんかい。この森でじゃぞ? 儂らはずっとここにおった、お前さんは誰ぞ人の気配でも感じたか? 儂はさっぱりじゃったがの」

「それは……いいえ。でもそんな話、誰も信じてくれませんって」

「賊でもなければ妖精じゃろ。こんな森にそんな奇特な変人がうろついているっつーよりは、よっぽど現実味があるわい」


「あー疲れた……流石に今日は休暇だ。瘴気持ちどころじゃない……」

 一人で居ると力技でゴリ押しが効いて大変便利なのだが、これを続けていては身体が保たない。適度に休んでいかないと……。

 結局あの後街で手頃なシャツにズボンと靴、それと安い布袋を買い求めてからアルシュの町までノンストップで全力マラソンを敢行した。

 もうマラソンは当分したくないが、この辺では猪や鹿を見たことがないし、どの道またコンパーラ方面まで戻らねばならない。今日はアルシュで夜まで休んで、夜の内に向こうへ──。

「今ギースと会えば、瘴気持ちのこと聞け──ダメだな、今から森に戻ってどうする……」

 魔法袋を持てないし、どこかに拠点設定しないと厳しいかな……水も食料も大量に持ち運べないし、浄化が生えるまではトイレも横着できない。

「しんどい……お腹すいたなぁ。もう明日でいいか、さっさと寝よう」



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― 新着の感想 ―
[一言] やり直しか、タイムトラベルではないけど、また昔を遡る話は、気が削がれるね。
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