第百十九話
帰りがけに空調のペンダントを予備を含めて二つ購入し、宿でリリウムを捕まえて靴を見繕って食事をとる。
このお嬢はドワーフなのに食が細い。一人分はペロリと平らげるし量が盛れるなら盛ることもあるが、二人分を食べるということはない。
エルフやドワーフが皆リューンやギース並に食べていたら、この世界の食糧事情はもっと悪いものだっただろう。あれが特異な例であることを切に願う。
そして食事中に会話することを好まない。私も食事は静かにとる方が好きなので、この辺の相性もいい。リューンも喋らないが、あれは単に食べるのに夢中になっているだけだ。
食後にお茶を頂き、今後の予定を立てる。リリウムに行きたいところを聞いてみると──。
「土! 土迷宮に行きたいです!」
おおっ、偉い喰いつきがいいな。あそこ……そんな楽しいところだったっけ?
「土って第二か。あそこ虫とかミミズとか、出てくるのそんなのだけど、いいの?」
「はい、わたくしリューンに話を聞いて……一度行ってみたかったのです!」
二人の間で何があったかは知らないが……第二か、是非もない。あそこは修練にもいい場所だ。
そのまま中央東側のパイト第二迷宮に出向く。あそこはあまり深くまで入ったことはないが……まぁ、二人いればなんとかなるだろう。
一層に入り周囲に誰もいないことを確認すると、リリウムは魔法袋から布にくるまれた十字架の装飾品のようなものを取り出した。
「ん? ああ、もう名付けしたんだ。伸縮ってそんな風になるんだね」
「はい。これ以上小さくはできないようなのですが、普段は長剣サイズで腰に下げておこうと考えていますの。ふふっ、わたくしの『ぐにゃぐにゃ』が火を吹きますわ!」
ぐにゃぐにゃ……なんともまぁ、私好みな。
「また……えらい力の抜ける名前を付けたね」
「わたくし昨夜からずっと考えていたのです。色々考えていていたのですが決まらなくて……ふと刀身を見て、相変わらずぐにゃぐにゃしてるなっと思った瞬間、ビッときたのです! これしかないと!」
思わず笑いが溢れる。ネーミングセンスは……私と同レベルだ。
「いい名前だと思うよ、確かにぐにゃぐにゃしてるし……これがあれな武器だなんて思われないよ」
「リューンがあんな気の抜けるような名前を付けているのも……分かるような気がしますわ」
二層から順に進んで行くも、私の出番はなかった。
リリウム無双だ。刀身を伸長させた『ぐにゃぐにゃ』でバッサバッサと虫を斬り払って階層を走り抜ける。
「サクラっ! これ楽しいですわ! 楽しいですわ! あははははは!」
「それ変な呪いついてないよね? 私よりよっぽど狂戦士みたいだよ、リリウム……」
討ち漏らしを私が仕留めたりもするが、基本的には見てるだけ。そんなこんなで五層を越え、十層を越え、二十層を越えて階層の様相が変化するところまではノンストップだった。昨日もそうだったが、最近はフロンの送迎が付くのが当たり前だったので、こうやって自分の足で階層を進んでいくのも本当に久し振りに感じる。
魔物が虫から竜に変容し、これまでカブトムシやらカナブンやらサソリやら、空を斬るような軽快さで切り裂いていたリリウムの刃が初めて止まる。
これはあれだ、なんと言ったか……トリケラトプスか。あの四足歩行のサイみたいなやつ。あれに似ている。高さは二メートルほどでそれほどでもないが、確かにこれは固そうだし重そうだ。それなりに好戦的なようで、奥から奥から駆け寄ってくる。
振るわれた斬撃を弾かれた瞬間、縮小させて刃を短くしたリリウムは、それを伸長させると同時に思いっきり突き入れ……頭から尻までを貫通させてみせた。そのままの姿勢でしばらく硬直していたが……やがて気を取り直したのか、同じようにサイのようなやつを片っ端から串刺しにして屠っていく。
「お見事。随分と手慣れてるね? ──まさかあんた、宿で」
「ち、違いますわ! 別に振り回してなど……!」
「……命の危険があったらその限りじゃないけど、室内であまり振り回しちゃダメだよ。迷宮になら付き合ってあげるから」
「心得てますわ。実は、宿の天井に少し傷が……」
十手で軽く頭をはたく。危ないからやめなさい。
しかしまぁ……あの波打った刀身のせいか、傷口がえぐいなんてもんじゃない。血が広い範囲にほとばしっている。ノコギリというより、伸び縮みさせながら突き入れられる『ぐにゃぐにゃ』はチェーンソーと形容した方が正しいかもしれない。リューンの綺麗な切り口とは対照的な、暴虐な傷口だ。
私も数匹新品を相手にしてみたが、確かに固くて多少面倒だ。魔石はそこそこのサイズだが、ルナでいくらでも取れるしわざわざ集める必要はない。
第二迷宮は一本道の先、奥から奥から押し寄せてくる敵に対処しながら先へと進む。虫の群れならまだ可愛いものだったが、小型とはいえ竜の群れが押し寄せてくるのは面倒極まりない。
私一人なら上を飛んでいくのだが、リリウムが楽しそうに屠って回っているので……あまり無粋なことは言いたくない。
しかし、私はやばい生物を誕生させてしまったかもしれない。今のリリウムははっきり言って危険極まりない。
あの『ぐにゃぐにゃ』、相手にしたらかなり戦いにくいだろうことが想像できる。一番の脅威はその伸縮する速度だ。
剣を弾こうにも簡単に逃げられ、間合いの外から一気に強襲してくる。しかもあのうねった刀身に目が行ってしまって距離を測りにくい。常に最速で伸縮するなら勘で弾けるかもしれないが、どうやらあれは任意に調整が可能なようだ。おまけにちょっと触れるだけで鋸を引いたようにザクザクと削れる。正直怖い。
ギャーギャーと悲鳴をあげながらズタズタの肉塊になっていくサイのようなやつらが哀れでならない。安らかに眠ってくれ。
小休止を挟みながら順調に階層を突破していったのだが、二十八層でリリウムの快進撃が止まった。死層だ。
リリウムを背負って階層出口まで駆け出す。ここの魔物はサイのようなやつのゾンビで、身体がグズグズになっていて異臭が酷い。それが奇声をあげながら突進してくるものだから軽くホラーだ。
紫石か黒石でも残すのかと思いきや、きっちり真石になる辺り……ゾンビは霊体なの? 意味が分からないんだけど。
「こいつら、さっきリリウムが惨殺したやつだったりして」
「えぇ……」
長居はしたくないので軽く検証だけしてささっと駆け抜けた。いつかの聖女ちゃんの時もこのようにして死層を切り抜けたが、あの時とは違い、背中の感触が楽しいのでもう少しこのままでいたい。階層間通路に到達した途端に降りられてしまったのが残念だ。
このまま先には進めないので、リリウムが復調するまで長めに休憩を入れることにした。二十九層に人がいないことは確認してある。多少気を抜いても大丈夫だろう。
「リリウムが瘴気に弱いのって種族的なもの?」
「いえ、おそらく違うと思います。わたくしはドワーフとエルフの血が濃いですが、この二種族はむしろ瘴気に強いとされています。……わたくしはもしかしたら、先祖に巨人の血が入っているのかもしれませんね。彼らも瘴気には滅法弱いので」
なるほど、これは興味深い情報だ。巨人……ハーフリングと並んで未だに縁のない種族だ。その辺にいるにはいるのだが、私が基本的に他人と関わろうとしないのでまるで縁がない。
でも巨人……確かに気力や生力が強そうなイメージがある。リリウムの予想も……あながち外れていないのかも。
生力で瘴気への耐性がつかないかもしれないとなると……溶岩地帯の感覚で死層へ連れ出すのは危険かもしれないな。本当に命に関わるかも。
元気を取り戻したリリウムと二十九層を最低限の討伐で切り抜け、三十層へ足を踏み入れた直後……背後にあった大岩がスッと消えるのを感じた。
そして目の前に見慣れた死神が現れる。現れたのだが……階層には瘴気のしの字もない。なんだこいつ。
『カカカカカ……』
「おどろおどろしい骸骨ですね……サクラ、気をつけてください!」
強い意志を込めた瞳をしたリリウムが果敢に突っ込み、振るわれた鎌を払っているのだが……私の頭の中は気味の悪い違和感で占められていた。
(こいつ……第三のと同じ個体だよね……? 鎌の模様も細部まで似通っているし、なんで君ここにいるの?)
大鎌を適当に払い、その隙にリリウムが本体を薙ぐも、剣が死神を素通りして有効打にならない。試しに浄化を込めて殴るといつものように吹き飛ぶ。別に強くもない。
「どういうこと……? なにか、おかしい」
そもそも死層は二十八層。あそこにはサイのようなやつのゾンビが群れていた。死神は霊体だし、瘴気に満ちた階層にしか出没しないのでは──。
起き上がって向かってくる死神を殴打の近当てで吹き飛ばして様子を見る。ギギガガとうるさいが、今はそれに構っていられない。
「ねぇリリウム。迷宮でさ、瘴気の満ちた階層以外に霊体が出てきたことって、ある?」
「どうしましたの、戦闘中ですわよ! ──わたくしは記憶にありません。ルナでも他所の迷宮でもなかったと思います。それがどうしまして?」
他所の迷宮でもない……私もルナで、六十より下の階層は全て当たったが、死層以外では霊体の一つとも出会っていない。
「こいつ、霊体なんだよ。第三迷宮終層の主。あそこは終層が死層で、そこに出るんだ」
四種強化して浄化を込めて打突を入れれば、それで終わり。ここまでは、まぁいいんだけど……。
収縮を始めた死神を見つめる。私は今きっと冷めた目をしているだろう。何の達成感もない。そんなことより……だ。
「第三迷宮ならこの後こいつがドクロ型の浄化真石になって、その魔石が消えて……大岩が現れて、通路に宝箱が四つ出てくるんだ。宝箱からは剣ばかりが出てくる。それと同じような、それなりに良い物が」
「はぁ……。でもそれは、第三迷宮でのお話でしょう? ここは違うかもしれないじゃありませんか」
「そうなんだけど……予感がするんだ、何か……嫌だな」
言葉の通りにドクロ型の魔石が生成された途端に消え失せ、無言で階層間通路へ進んだ私の後を小走りについてきたリリウムは、箱の中身が予想通りになっていたことに驚きを隠さなかった。
「ど、どうして分かったんですの!? 先ほどからずっと様子がおかしかったですが……いえ、そもそもパイトは剣しか出てこないのかしら……これは大発見かもしれませんわ!」
リリウムは何やら大喜びしているが、私はそれどころじゃない。十手を強く握りしめるが、頭を占める違和感が気持ち悪い。私は何かを見落としていないか?
「──これ、捨てていかない? 嫌な予感がするんだ」
「何を馬鹿なことを……そんなことできるわけがないでしょう。今日は少し……いえ、かなりおかしいですわ。どうしてしまったんです?」
「おかしいかな? うん、普通じゃない自覚はあるんだけど……じゃあそうだね、拾っていこうか」
考えすぎかもしれない。船旅で体調を崩してしまったのかもしれない。
考えるのを止め、さっさと次元箱に放り込もうと剣の一本に触れた瞬間、この場にある五本の剣がまばゆく輝き出し、私の意識は途絶えた。




