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第百十五話

 

 色々と騒動はあったが、足場魔法はかなり便利な魔法だ。その有用性を今から示す。

 中央二十五層、死竜の階層へ私は赴いていた。今回は送迎役のフロンと野次馬のリューンとリリウムも一緒に来ている。

「この瘴気……濃すぎませんこと?」

「かなり濃いな。そしてあれが死竜とやらか……一度倒しているのだったな?」

「二日に分けてだけどね。ここからなら一人でも帰れるから、辛かったら戻ってていいからね」

 瘴気は決して人体に良いものではない。吸い込んだところで直ちに問題が出るということもないだろうが、それは私にとってはそういうものというだけであって、普通のエルフやハーフにとってどうなのかは知らない。奴はもうこちらに気付いている。早速始めてしまおう。

 散々練習した足場魔法を思いっきり踏み込んで駆け出す。足場はそれで砕け散るが、既にその役目は終えた。足から魔法を生み出す、未だに違和感が拭えないのだが……有用なのだ、こういうものだと割り切るしかない。

 確かにこれまで、私の機動力は足場の状況に左右されすぎていた。湿地帯のようなフィールドや、もっと直接的に水に浸って戦うような階層は苦手としていたのだ。だが今はもう違う。常に同じ力を同じように地面に……足場に伝えられる。

 そしてこの足場魔法による踏み板で、私はあの憎き死竜の頭部を直接狙いに行くことができるようになった。以前は両足を壊して横倒しにしてしまおうと考え……その途中で奴は浄化されてしまったのだが、今回はそうはさせない。そのでかい頭をかち割ってやる。

 接近して振り上げられた腕を飛び越えるように跳躍、足場を作ってそこから更に勢いを乗せて踏み込み、鼻っ柱に鋭く打突を入れる。手応えアリ!

 弾き飛ばされたように大きく頭を仰け反らせた死竜の頭を追う。三角飛びとでも言うのだったか、通り越した身体の進行方向に壁を生成し、それを足場にして強引に上から下へ、斜めに急降下する。後頭部を打突して地面に叩きつけ、マウントを取って延々と浄化を叩き込み続けると、あっけなく死竜は収縮を始めた。尻尾は壁で止められた。本当に便利な魔法だ。

「おぉ、もうか……やっぱり頭が弱点だったんだね」

 以前は腹を四百回以上殴り続けて引き返し、翌日両足を砕いてやっと浄化させることができた。腹はともかく、足が弱点である生物などそうそういないだろう。足はやはり腹よりはダメージが通るだけであって、頭ほど弱点というわけでもなかった。

 そして竜だろうとなんだろうと、鼻っ柱や後頭部を延々と殴られれば死ぬ。いい修練になった。空飛ぶ普通の……私の想像するような普通のドラゴンとも戦ってみたいが、溶岩地帯のあいつは空を飛ばないし、他の階層ではまだ見たことがない。相手を探すのは難しそうだ。

 こうしてみれば、当時の私とは相性が悪かっただけで、この死竜も二十五階層相応の強さしか持ち得ていなかったのかもしれない。


「私、サクラが法術師を名乗ってるのは詐欺だとずっと思ってたんだけど……今日でその気持ちがより一層強くなったよ」

「別に名乗ってはいないよ。呼ばれても、否定していなかっただけで」

 フロンとリリウムは長く続く収縮の現場を興味深げに観察している。これは前回と同じなら二十分はかかるので、私は少し距離を置いてリューンと雑談をしている。

「法術師に擬態しようとも思ってたんだけど、最近はもう浄化を封印して普通に冒険者の体でいた方が楽かなって思うんだ。解体をしたくないから死体は捨てていくことになるけど、魔石が必要なら一人で取りに行けばいいからね」

「もったいない話ですわね。こんなのを捨てていくことになるかもしれないと思うと……」

 リリウムは早くも観察に飽きて話に加わってきた。もったいない、それは確かではあるのだけれど。

「浄化と足場魔法だけで法術使いを名乗るのも、どうかなって気がしない? それならもう……捨てていくことになってもいいかなって」

「狂戦士かオーガ、っていう方がしっくりくるのは確かですけど……魔石一つで一日二日食べていけますのに、それを捨て続けるというのも……」

 このお嬢の感覚は正常だ。私だって魔物を浄化せずに打ち捨てていくのは忸怩たる思いがするのだ。霊体を避け続けなくてはいけないのも辛いが、人の中で生きるなら、私が合わせていかなければいけない。法術使いとしてでも、狂戦……オー……冒険者として生きるとしても。

 隠棲したとしても魔石を食べて生きていけるわけではない。そしてこれを貨幣扱いすれば、必ずどこかで私の穏やかな生活は外部からの干渉によって破綻する。悩ましいものだねほんと。

 そんな話をしながら時間を潰し、収縮しきった死竜の浄化真石が生成され──やはり溶けるようにして消えてしまった。その直後、艶消しの黒い宝箱が三つ生えてくる。

「本当に消えるのだな。魔力が迷宮に……いや、宝箱に吸われていたのか?」

「宝箱に吸われたように見えた?」

「私にはそう感じられた。魔力の流れを見る限り、だが。魔石は迷宮に吸われるまでにかなりの時間がかかるものなんだ。これはもう、迷宮の仕組みだと言われた方が納得ができる」

「溶岩地帯のドラゴンは、骨の形じゃないけど赤石が残ったり残らなかったりするんだよね。この手の敵と死層で戦ったのはこれで四回目で、パイトで最初に戦った敵が残した以外は全部こうやって消えてるんだ。未だに何でこうなるのかさっぱりなんだよ」

「興味深いな……だが、それは後にしよう。リリウムが死にそうになっている」

 見れば……座り込んで何やらぐったりとしている。静かになったのは死にかけていたからなのか。

(瘴気に弱いのかな? リューンもフロンも平気そうにしているけど……)

 リリウムなら繰り返していればいずれ耐性が付きそうだが……流石に可哀想かな。


 自宅へ帰ってお茶を飲みながらリューンの鑑定終了を待つ。リリウムも死層を抜けたらすっかり元気になった。

 宝箱の中身は……まぁ、普通というかなんというか。後日判明するが後の二つはゴミだった。しかし最初の一つに魔法袋が入っていた。

 リューンに目をやるが首を振られる。箱に持ち込めるものではない。鑑定の結果、その質も……入り口がそう広くないただの重量軽減付き。容量は大樽五つ分程度、ただ燃費はやたらいい。そんな感じのもの。

 いらないし売ろうかな、などと話していたところで、リリウムが物欲しそうにしていることに気付いた。

「リリウム袋持ってないんだっけ、これ使う?」

「お前が買えるような値段のものではないぞ。冒険者の普段使いにはいい品だ、三千万くらいからだな」

 リリウムの返事を聞く前にフロンに釘を差された。別にあげてもいいんだけど……。そうだ!

「じゃあ、これは船旅の護衛代ってことで。完遂したら自分のものにしていいよ」

「いいんですの!?」

「いいよ、私使わないし」

「そうは言っても、姉さんも魔法袋使ってないだろう。使わないにしても、予備として持っておいた方がよくないか?」

 そうなのだ。私は全身魔導具でそれなりに資金があるのに、魔法袋の一枚も持っていない。正確には一枚あるが、あれはリューンの物ということにしていて、ずっと彼女に預けてある。

 理由は当然、魔力を通して使用可能状態にしてあるそれを次元箱に持ち込めないからなのだが……それを説明するには……うーん。

 リューンに再度目をやるが、曖昧な顔で微笑んでいる。好きにすればいということだろうか。

(どの道、箱を隠し続けるのは億劫だしな……船旅の間隠して生活するのも難しい。私が魔法袋を持っていないことはリリウムにも今バレた。仕方ないか)

 お茶の入ったカップを机の上に置き、座ったままの姿勢で箱に入った。適当な……椅子でいいか。椅子を持って外に出る。

「こういうことなんだよ!」

 外に出ると、リューンが立ち上がって腰に手を当て嬉しそうにドヤ顔をしていた。フロンは少し驚いたようにしていたが、得心がいったという顔になり、リリウムは硬直している。

 打ち付けた尻の痛みをおくびにも出さないようにしながら床に椅子を置いて話に加わった。

「黙っていたのは……まぁ、許してよ。こういうわけなんだ」

「うむ……これは容易く明かせないな。リリウム、お前も絶対にこのことを口外してはならんぞ」

「──えっ? 今、えっ? サクラも転移が使えましたの?」

 そのことも外では絶対に口に出さない方がいいと思うぞ。そして普段から意識していた方が絶対にいい。

「戯け。これは次元箱と言う。局地的な転移と言えなくもないが、これは別空間にある倉庫と自身を繋げる効果を持つ魔導具だ。盗難や重量の心配のない魔法袋だとでも思っておけばいい。言うまでもなく希少品だからな? 外では絶対に口に出すなよ」

 説明の手間が省けて助かる。そして結構知られているものなんだな……やはりある程度研究はされているのか。

「私はこれのお陰で……これのせいと言ってもいいけど、使える魔法袋に制限がかかってるんだよ。いざという時、荷物を捨てないといけなくなるからね」

「次元箱には持ち込めない魔法袋が相当数あるのだったな。リューンと何やら目で会話していたのはそれの確認だったか」

「そういうこと! 私は箱に持ち込める魔法袋が分かるからねー!」

 リューンが楽しそうで大変よろしい。こういうところは本当に可愛いと思う。


「その内買おうとは思ってたんだ。リューンが判別できるし、オークションの代金が入ってくれば適当に選ぼうって。そうなれば隠蔽も完璧だと思ってたんだけど……まぁ、もういいよ。リリウムもこれのことは口に乗せないでね。知られたからと言って奪えるものじゃないと思うけど」



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