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第百十三話

 

「一言に結界と言ってもその種類は多岐にわたる。自身のみを、複数を、範囲で。物理的な、魔力的な。障壁を展開するもの、いくらか軽減するもの。瞬間的なもの、持続性のあるもの。連射できるもの、できないもの。といった具合にな。これらは個別の術式であり、万能な結界魔法というのは御伽話の中にしか存在していない。無論、複数の術式を併用して汎用性を持たせるようなことをやっている者はいる」

 困ったときのエルフ先生だ。ルーツを探られたり、万が一にもうちの女神様に辿り着かれると困るので結界の話題は滅多に出さないようにしていたのだが、一人で考えていても埒が明かない。そしてフロン先生がこれについて詳しかった。

「そして結界は、術者の適性が最も大きく結果を左右する術式のうちの一つとされている。術式を刻むスペースも他の放出魔法や補助術に比べて大きい。接近戦主体の姉さんに推奨できるようなものではないな」

「私には向かないかな?」

 推奨できるようなものではない、とか言っているのに目が笑っている。何か策があるようだが──。

「無論使えなくはない。強力な結界使いとなるのは難しいだろう。だが、力は全て使いようだ。姉さんの戦闘を見て思っていたのだが……地面に強く依存しているな? 足場がないと何もできないだろう。地盤がただ緩いというだけで、速さも力も削がれるはずだ。例えばそこに、姉さんが本気で踏み込んでも壊れない足場を、短時間作れるとしたらどうだろうか」

 想像してみる。私が本気で踏み込んでも壊れない足場……。

「地上も水上も空中もなくなる。無論魔力が続く限りではあるが……強度を調整すれば、落下時に網のように使えるかもしれない。無論普通に盾として使うこともできるだろう。試してみるのは面白いと思うぞ。連射できる、範囲系の、物理的な、障壁を、展開するもの。こういった術式を組めば──」

 頭によぎったのは階段だ。私の名もなき女神様、神域の竪穴から枯れた泉へと繋がる大穴……あの壁面に不自然に用意されていた踏み板のみの階段。あれを私が再現できる……?

 なるほど、階段は好きだ。踏み板は最高だ。これはいい案だ。

「フロン、それを組める?」

「一からは難しい。だが魔法屋に売っている術式を改良することくらいはできる。リューンもいるしな。今日明日にでも完成とはいかないが、請け負ってもいい。代金は真石で構わないぞ」

「何日分?」

「十日分でいい、送迎費も込みだ」

「買った。魔法屋の術式の選定から任せてもいいのかな?」

「無論だ。リューン、明日からしばらくこっちにかかるぞ」

「もちろんだよ!」

 話がまとまった。フロンも、口を挟まず聞いていたリューンも楽しそうにしている。リリウムはポカンとしているが、一連の会話はエルフ語になっていたのかな? まぁいい。

 急なことで驚いているが、私も気分が高揚している。あの踏み板が私の物に……これで女神様に一歩近づける。


 術式の完成には三十日ほどの時間を要した。それを刻み込むのに二日、その翌日には魔力使用も解禁された。

 だが、今すぐ迷宮で修練だ! ともいかない。硬い地面の上で足場として使う練習をすることはリューンに禁止されてしまった。危ないから。身体強化を併用すれば……と言いたくもなったが、冷静に考えれば至極当然の意見だと思う。特に抵抗はしなかった。

 迷宮にも水中のフィールドはあるが当然魔物の巣だ。危険極まりないので海を使うことになるが、季節はまだ冬の寒さが明けたばかり。耐寒付きの魔導服を着ているとはいえ飛び込んでいい水温をしていない。

「お預けをされた犬の気分だよ……」

「仕方ないでしょ、リリウムと違って氷水に飛び込んで平気な身体してないんだから」

「慣れますわ!」

 それはない。私は水温が上昇するまで試すことができない。私に今できることは、この結界の基本的な扱い方を覚えることなのだが……。

「しかし下手だな。身体強化一本に絞っていた姉さんは自分を見る目がある」

 私は魔法の使用がド下手だった。リリウム相手に盾として使う修練を積んでいるのだが……まるで歯が立たない。

 強度は問題ない。術式が良いためか、私の格でもかなり固い壁を構築できる。リリウムの斬突程度なら軽く防げる。足場として使うのが主目的なので、魔法への防御力は皆無だが。

 大きさも問題ない。三メートル四方の無色透明の正方形、縮めようと思えば二メートル程度まで縮めることができる。

 展開時間も、一秒ほどから任意の時間に調整できる。複数展開することも可能だ。そして連射もできる。何枚でも設置可能。

 なんて素晴らしい術式なのだろう! それを扱っているのがこのド素人でなければ……この魔法はもっと輝けたに違いない。

「放出魔法なんて初めてなんだよ……こんなに制御が難しいとは思わなかった」

「ただ置くだけではないか。よもや下から生えることになろうとは……リューンも笑っていたぞ」

「ちょっとフロン! 余計なこと言わないで!」

 まず壁として運用するのが難しい。狙った場所に設置できなかったり、斜めを向いたり……空間に固定されるようで設置した壁が飛んでいったりグラグラ動いたりすることはないが、世の魔法師は一体どうやってこんなものを制御しているんだ……。いくら説明を受けても要領を得ない。

「慣れますわ!」

 そうだ慣れよう。今はひたすら使い続けるしかない。幸い魔力消費は極わずか、精神的に疲れることを除けば、いくらでも練習はできる──。

「リューンは後で覚えておいてね……」


 足場作成魔法の習熟は困難を極めている。地面をただ走る分には問題なくなってきた。足場を作ってそこに移動して踏み抜けばいい、とても簡単な話だ。

 問題は上だ。階段の踏み板を作る必要があるわけだが、強く駆け上がりすぎると足場を通り越して踏み外してしまう。かといって速度が落ちきった頃にのたのたと足場を作っても……いい的だろう。それでも足場に下から衝突するよりはマシではある。理想は地面を駆け回るのと同じように、足元に作成することなのだが……。

「リューン、姉さんの回路は全身に満遍なく広がっているのだろう? 手からではなく、足から足元に直接生成すればいいではないか。なぜ教えてやらない?」

 海岸沿いの木陰で三人は私を肴に余暇を楽しんでいる。私も混ざりたいが……秋までに納得できるレベルまで習熟しないと、次の修練の機会は一年後だ。冬場の海での鍛錬はいくら私でもごめんだ。

「サクラなら自分で気づくよ。試行錯誤するのも大事だと思うんだ」

 足を踏み外してまた空から落下する。薄めの障壁を左手から数枚展開して衝撃を殺してそのまま着水する。これがあるから魔導服は脱げない。私の十手は浮力が信じられないほど大きい。握っていれば溺れる心配はまずないし、魔導服も耐水仕様だ。とはいえ、髪も下着も他の魔導具も塩水塗れになる。早く慣れなければ……私の余暇が洗濯で消える日々が終わらない。こんなことを何ヶ月も続けたくはない。何か……何か手はないものか。

「いえ、普通は気付かないと思いますわ……。一般的に魔法は手や杖から放出するものですし」

 そんな会話が繰り広げられていたことを、私は知る由もない。


「どうして黙ってたの?」

「だって……サクラなら気づくと思って……聞かれなかったし」

「魔法が足から出せるなんて気づくわけないでしょ! もうっ!」

 十日ほど左手から足場を作る技量を上げ……哀れに思ったのだろう、リリウムがこっそり教えてくれるまで、私は延々と海水に叩きつけられる日々を送った。

 それから半日ほど扱いを試行錯誤するだけで私は空中機動を物にすることになる。

 リリウムへの好感度が大きく上がった。抱きしめて親愛も示した。あの変な剣をプレゼントしてあげてもいいな、リリウムはいい娘だ。

 リューンにはお仕置きをした。好感度は下がらないけれど。



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