第百十一話
「ねぇフロン、ガルデのオークションってもう始まってるかな?」
冬の寒さが本格的になってきたある日、午前の幽霊大鬼狩りをしながらふと疑問だった点について問い掛けてみた。
王都ガルデのオークション、死神の髑髏魔石の件だ。終わっていれば、代金を受け取りにいかなくてはならない。
「流石にまだだろう。規模が規模だからな、一年二年はかかると思うが……なんだ、金が入用なのか?」
「そうじゃないけど、向こうまで取りに行かなくちゃならないからさ。いつまでも大金預けておくのも申し訳ないし、いつ頃向かおうかなって」
「手紙でも送って届けさせたらどうだ? わざわざ出向く必要もあるまい、パイトにも手間賃は払っているのだろう?」
「そうしたいのは山々なんだけど、パイトは末端の職員から上層部に至るまで誰一人として私の名前を知らないんだよ。ルナに居ることも言ってないし、居場所を明かしたくもない。手紙を送ったところでね」
「なるほど、それだと確かに自分で出向かないといけない。しかし手間だな……片道半年以上かかるのではないか?」
「そうなんだよねぇ、出るなら冬明けからなんだけど、今向かってもまだ終わってないかもしれないと思うと……どうしたものか。こんな面倒になるなら出品しなければよかったよ」
幽霊大鬼はリビングメイル以上に勝手に寄ってきてくれるから楽だ。ぼうっと突っ立っていればあちらからお金になりに来てくれる。最後の一匹を仕留め、それを布袋に放り込んでフロンに預けた。
「ガルデって北のルパ方面ですよね? わたくし、行ってみたいですわ!」
リューンは昼食の買い出しに出ていていない。三人でお茶を飲みながら話の続きをしていると、青銀髪のお嬢が高らかに声を上げた。うるさい。
「代わりに取りに行ってもらえるならそれでもいいんだけど、私が行かなきゃならないんだよ。あそこ退屈だからあまり長居したくないし、もう次か、次の次の冬でいいかな」
「いいじゃありませんの、わたくしと一緒に遊びに行きましょうよ。最近はフロンもリューンも魔導具にかかりっきりで、つまらないです」
プイッと拗ねる仕草が最高に可愛い。最近こういう素の表情を見ることが増えてきた。借りてきた猫がそのまま家猫になったときのような……心を開いてきたというか、ようやっと馴染んだんだろう。
「遊びにってお前……修行があるだろう。それにそんなことになったらリューンが荒れに荒れる。誰がその相手をすると思っているんだ? 私は嫌だぞ」
「あら、ならリューンも連れて三人で行けばいいじゃありませんか。それともフロンも一緒に来ます?」
「私は遠慮しておくよ、やりたい作業が山のように残っているんだ。リューンも色々学ばせている最中だし連れていくのは賛成できん。それにお前、付いていっても姉さんの邪魔をするだけだろう」
私の家は、我が家というよりエルフの工房と化している。窓はしっかりと塞がれ、明かりの魔導具が辺りを照らし、空調がフル稼働し、日々様々な素材をエルフがいじくり回している。
これを放置してフロンが船旅に出掛けるなんてありえないだろう。往復だけで一年はかかるのだ、旅費こそはした金だろうが、時間を無為にすることを許すような性格をしていない。エルフなのに。
リューンが大量の食事を仕入れて戻ってきたのはそれからしばらく経ってのことだ。
「二人で行ってくればいいじゃない。私はここで待っていてもいいよ」
耳を疑った。フロンと顔を見合わせる。リリウムの二人で行きたい宣言で、昼食後の穏やかな雰囲気がある種の緊張感で包まれたように感じたのは、きっと気のせいではない。それを聞いての対応がこれだ。
自分で言うのも何だが、リューンは私のことが好きで好きで仕方がない。情緒は安定してきているし別行動をしても拗ねるようなこともなくなったが、夜はずっと一緒だし、今まで通り仲は良い。それがどうしたことだ、絶対に一悶着あると思っていた。少なくとも私も行く! となることだけは間違いないだろうと。
フロンは夜絶対に寝室を訪ねてこない。この家にやたら大量に浄化橙石製の結界石が常備されていることも知っている。半数程度は彼女の手による作だからだ。
「だってほら、それが終わればもうパイトにもガルデにも用はなくなるでしょ? そしたらその後はもう、ルナでもどこでも、ずっと一緒にゆっくりできるじゃない。なら一年二年くらい離れてもどうってことないよ。リリウムも、これを逃したら次は一人で行くことになるかもしれないし、ちょうどいいんじゃないかな?」
「本当にいいんですの!? わ、わたくしがサクラと二人で出かけても!?」
「嘘は言わないよ。ただ今のリリウムじゃサクラの護衛を任せるのに不安があるから、もっと剣も槍も修行して、装備もしっかり整えて、それからだね。この冬に行くならダメ。来年以降ね」
それからと言うもの、リリウムはそれはもう熱心に修行に励んだ。あっちで剣を振りこっちで槍を習い、それ以外の時間は気力の習熟に努め、魔力も毎日消費している。火石を取りに行けば炙られ、水石を取りに行けば凍傷一歩手前まで自分を追い込む。これがかつてドレスを着てカーテシーを決めていた貴族の令嬢だなんて誰が想像できるだろうか。どんな生活を送っていたかは知らないが、今は世の殿方には見せられない姿でガタガタと震えている。フロンが厚着を認めなかった。
そして武芸を見ていたリューンによると、リリウムは剣より槍の方が向いているのではないか、とのことだ。私よりはマシだがリーチが短いので、動き回って翻弄するよりはどっしり構えて立ち回れる槍の方が厄介だと言う。
試しに槍を持たせたリリウムと手合わせをしてみると……確かになるほど、剣よりは与しにくい。重さを感じさせない動きでぶんぶんと振り回したり突いたりと動きも剣より多彩だ。本気でやると槍を弾いて突けば終わりなので膂力を抑えてあるが、それでも私と力で勝負をできるようになるとは……遠心力とは偉大なものだな。それに修行の成果も着実に現れている。気力の強さも扱いも目に見えて良くなってきた。
「槍……槍なぁ」
リリウムは基本的に剣士だ。剣の大きさを問わずに片手でも難なく振り回す、盾を持たないスタイル。これはリューンも同じ。そして槍の訓練を続けることによって、こっちの方にも適性があることが分かってきた。
私の次元箱には四本目の……よく分からない形の剣がある。柄が短く、薙刀のような刃と、その付け根に細い斧のような刃の付いた不壊と伸縮、それに後二つ効果のついた謎の武器。その内の効果の一つは吸収系の効果だったが正確なところは不明だ。
普段から剣と称しているように、これは一見して剣だ。斧の刃が柄の長さ以上だったりするが、普通に剣として使えると思う。
これの柄が伸びるとしたら、これは槍としても使えそうではある。そうではなくても、変な形の武器だが剣としてはそれなりに有用だと思う。なにせ神の保証付きで絶対に折れも曲がりもしないのだ、攻撃を受けるに際してこれ以上に頼りがいのある効果もないだろう。
ただ、それらの力を十全に活用するには名付けをする必要があり、それをするということは私の手から離れるということを意味する。
国宝級の、値段を付けようと思えば確実に一千億を優に越える、今私の手元にある物品の中では一番価値の高い物。これをリリウムに渡すのはさて、はたして私にとって益となるのかどうか。黒いのと同格と言ってもいい装備を渡すとリューンが拗ねるかもしれないし。
出会い方は悲惨なものであったし私も結構な仕打ちをしてしまったが、今現在私は彼女のことを別に嫌ってはいない。正直に言えば胸とか顔とか結構気に入っている。ただ、それと何でもかんでも与えるというのは別だと思う。一時的に行動を共にしていて、次の冬にでも一緒にルパ……ガルデかパイト辺りまで出掛けるのはほぼ決まっているが、あの辺りは迷宮に入らない限りさしたる脅威もない。──ああ、盗賊が残っているかもしれないか。
私は別に護衛を必要としているわけではない。一人でも行って帰ってこれる。リューンがリリウムの護衛化に熱を上げているが……護衛、護衛なぁ……。
そんな感じの思いがあることをリューンに打ち明けてみたが彼女は笑って、好きにしたらいいと思うよ、以上のことを口にしなかった。
私にとって……言い方は悪いが、リューンとそれ以外には明確な差がある。彼女の気持ちを蔑ろにしたくはない。なのでそういう言われ方をされても、その……困る。




