最後の戦い 5
最後はアルデルトの視点。
九年にわたった王位継承戦争は、先日、ついに終結を迎えた。王位を主張したバイエルスベルヘン公ロドルフは、国王ヘルブラントの手で捕らえられた。彼の軍に協力していた傭兵たちは、次々と降伏していったという。逃げたものは追わなかった。追う余裕がなかった、とも言う。
ロドルフは後がなかった。支援してもらっていた国から、半ば追い出される形でヘルブラントに最終戦を挑む形になったのだ。負けたとしても、逃げられる場所がなかった。彼はそのまま王都へ身柄を送られた。もちろん、生きている。これから裁判にかけられるのだ。
ヘルブラントとリュークは同じ戦場にいたが、リシャナは北方のラーズ王国を押さえにいっていたため、戻ってくるのが最も遅かった。奪われた国土を奪還するために、ヘルブラントとロドルフの決着がついた後も、しばらくとどまっていたせいだ。ヘルブラントは、自分の軍の無事な部隊を妹に送り、リシャナはその戦力を元にラーズ王国を追い返してきたようだ。半月ほど遅れて、リシャナは王都に帰ってきた。
「無事のお戻り、うれしく思います、姫様」
「アルデルトもご苦労。と言うか、お前は今が一番忙しいのでは?」
「そうですね。しかし、戦が終わりましたから、忙しくとも安堵しているところです」
「……そうだな」
リシャナがその印象的な澄んだ瞳を伏せた。ふと、彼女が連れている女性騎士の護衛に見覚えがないことに気づいた。こういう場で、リシャナはユスティネとリニを連れていた。だが、二人の姿がない。
いや、アルデルトも戦の推移の報告は受けていた。だから、おそらく、確認できていないけどユスティネとリニが戦死したのだろうということは理解していた。というか、リシャナが北方に連れて行った半分は戦闘中行方不明扱いである。遺体の確認ができていないが、おそらく戦死している。
リシャナは、彼女が戦場に出てから最も近しかったものを失っているのだ。戦争が終わったと、ただ晴れやかな気持ちにはなれないのだろう。
「兄上は?」
リシャナが問いかけてきた。この場合はヘルブラントのことだ。アルデルトはなんとか笑みを浮かべて「会議室でお待ちですよ」と彼女を案内した。
「よく戻ったな、リシェ」
「遅くなりました」
ヘルブラントがうれし気に妹を迎え入れるが、その顔色を見て表情をひきつらせた。
「……大丈夫か? 無理をしてきたんじゃないか」
どことなく気鬱気で表情が暗いのは、まあ、あまり言ってはいけない気もするがいつものことだ。だが、顔色が悪い。顔面蒼白、というか、目の下にはっきりとクマがあった。怜悧な美人なので、なんとなく怖い。
「いつもこんな顔です」
「そんなことはないと思うが」
倒れそうなら言えよ、と言うだけで、ヘルブラントはそれ以上突っ込まなかった。話し合いを優先したいのだろう。事実、ヘルブラントはアルデルトたちを追いだして、自分の弟妹と話し合いを行った。
「リュークとリシェを公爵に叙し、領地に封じるので手配を頼む」
アルデルトとオーヴェレーム公爵コーバスがヘルブラントにそう頼まれたのは、その夜のことだった。実務を担うことになるコーバスは「正確にどの公爵位、どの領地でしょう?」と尋ねている。
「リュークにはロドルフから取り上げたバイエルスベルヘン公爵位を与えるつもりで、リシェには北方のアールスデルスから一帯を与えるつもりだ」
歴史あるバイエルスベルヘン公爵は女性のリシャナには避けた方がよかろう、と言う措置と、リシャナが制圧した北方の領土は彼女に与えたほうがよかろう、と言うどちらかと言うと、妹に配慮した措置だった。ヘルブラントの中では、弟よりも妹のほうが価値があるようだ。
「そうですね、リューク殿下にはロドルフ側の貴族から接収した港湾都市を治めてもらうのはいかがでしょう」
「いいな。リュークだけなら心配だが、嫁のニコールはなかなか頭が切れる娘だ」
コーバスの提案に、ヘルブラントが即座に許可を出した。あとは、リシャナに与える爵位だ。
「断絶した、かつて王族が使っていた爵位がよいでしょうか」
「いくつか候補を挙げておきましょう」
これはアルデルトが承った。宮中貴族のコーバスより、歴史だけは長いルーベンス公爵の方がこういうことは調べやすい。
政を預かっているアルデルトたちは、戦後の方が忙しい。まずは目の前のロドルフの裁判を片付けなければならない。
「先に終わらせておいてくださっても構わなかったのですが」
お前が来るのを待っていたのだ、と言われたリシャナの言である。捕らえた政敵を速やかに処置するのも一つの方法であるが、王位継承戦争後半戦の立役者であるリシャナを無視して進めることは、ヘルブラントにはできなかったのである。彼の治世は、今や半分リシャナに支えられている。
手枷を付けられ、鎖でつながれていても、ロドルフは不遜だった。自分は王族だ、と言う自負心が表面に現れている。裁判は議場で行われるが、初めて議場に入るリュークとリシャナは居心地悪そうだ。
「これよりロドルフ・バイエルンの裁判を行う。王位を狙い、ヘルブラント陛下に攻撃を仕掛けたことに相違ないか」
「強いものが王であるべきだ」
微妙に会話が成立しないまま、裁判は進んだ。なんとなく、裁判官の問いかけに対して、ロドルフの回答が的を射ていないのである。リシャナが時々首をかしげているのが目についた。
「血筋の上でも強さを見ても、俺が王であるべきだったはずだ」
「……別に俺は、王の子が王である必要はないと思うが、お前の主張からすれば、お前は俺やリシェに負けているのだし、王にふさわしくないんじゃないか」
ヘルブラントが冷静に突っ込みを入れた。確かに、という空気が議場に流れた。
「五分の条件なら俺が勝ったさ!」
「どうかな。戦の準備を整えるのもまた戦だ」
「妹まで利用して卑怯だとは思わないのか」
「お前にくれてやるよりはよほどましだ」
ヘルブラントのきっぱりとした言葉を聞いて、アルデルトは、王太后が最後までリシャナをロドルフの嫁として差し出せばよい、と言っていたのを思い出した。
「ロドルフ。お前の気位の高いところも、負けず嫌いなところも、俺は王族に必要な資質だと思う」
リュークとリシャナがびくっとした。二人とも、それらが欠けている王族だと自覚はあるようだ。
「だが、上に立つ者はその強大な権力ゆえに義務を持つ。下のものを助け、守り、権力がなければ行えないことをなさねばならない。お前は戦をし、破壊するだけでそれらの義務を果たしていない。失わせるばかりで何もなしえなかったこと、それがお前の罪だ」
ヘルブラントに剣を向けたことは、ロドルフが負けた以上明らかに罪だ。勝った方が正義なのだ。
ロドルフは斬首となった。負けた以上、彼も覚悟していただろう。四年前にヘルブラントがロドルフに負けて捕らえられた時とは状況が違う。ヘルブラントは議会に認められた王であったが、ロドルフは違う。彼が王になろう思えば議会の承認が必要で、そのためには王都に入らなければならなかった。その交渉材料として、ヘルブラントが必要だったのである。まあ、リシャナに追い返されているわけだが。
ロドルフに味方した貴族は、一部は同じく処刑されたが、ほとんどが保釈金を払ったうえで解放された。
こうして、リル・フィオレの王位継承戦争は終息した。のちに、リシャナは「多くのものを得たが、多くのものを失った戦いだった」と語った。その通りだったのだと思う。
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一応、次で最終話です。




