最後の戦い 2
リシャナの結婚問題は本当に難しい。ロドルフとの和平の最終手段だ、と言うのもあるが、これは本当に最終手段なのである。リシャナとロドルフが結婚すれば、その主導権を巡って夫婦による仁義なき戦いが勃発する。何なら、結婚した瞬間に刺しあうくらいの勢いだ。
身分を考えれば、リシャナの結婚相手は限られてくる。王の妹で、軍事面での功績を立てすぎた。相手の身分が低くては納得されない。
かといって他国から婿を取れば、その婿とやはり主導権を争うことになる。下手な国内の貴族と結婚しても、その一族が力を持ってしまうわけで、選定が本当に難しい。そして、それを内心喜んでいる自分に自己嫌悪するリニである。ロドルフとヘルブラントの王位争いが片付かない間は、リシャナは誰のものにもならない。
リニの心情はともかく、もう少し言及するなら、今はヘルブラントとリシャナの二人で均衡を保っている状態でもある。もともと国王として教育されたヘルブラントは貴族からの支持層が厚い。そこで取りこぼされた者たちを、リシャナが拾い上げている形になる。この二人の支持層は少し違うのだ。それを考えると、まだほかの勢力の介入がない方がいい。
何が言いたいかと言うと、そろそろ本気でロドルフとの決着をつけたいということだ。少なくとも、ヘルブラントはそう考えているだろう。実際、比較的安定している今を逃せば、いつまでたってもロドルフとの戦いは終わらない。
と言うわけで、軍務卿を仰せつかったリシャナは戦支度に奔走している。去年のこの時期も、支度に奔走していた気がする。雪が降ってくれば戦いも起こりづらくなるので、準備期間として活用しているわけだが。
「王女殿下は戦支度をしているようですね」
「高貴な姫君がやることではないでしょう?」
追い返しきれなかったレギンの貴族たちに探りと嫌味を言われて、リシャナはさすがに鼻白んでいる。彼女は比較的おとなしい性格で、短気ではないと思うのだが、これは怒っても仕方がないと思う。彼らもリシャナに論破されたことを忘れたのだろうか。
「殿下は結婚など考えないのですか。下の兄上も縁談が進んでいるとか。やはり、女性の幸せといえば結婚して夫に可愛がられることでしょう」
決めつけの言葉にレギンの貴族は満足げである。基本的に受け流していたリシャナから反応があったことも理由の一つだと思う。というか、本人に言うことではないと思う。多分、ヘルブラントが強い拒絶を示したため、本人の懐柔に来たのだと思うけど。
「なるほど。それがあなたの意見か」
「何。ただの助言ですよ」
リシャナはもう一度「なるほど」とうなずくと、口を開いた。
「ユスティネ、内政干渉の疑いだ。拘束して尋問を行うよう、司法省と外務省に申し付けよ」
「承知いたしました」
同じく未婚の女性貴族であるユスティネが喜び勇んでそのレギンの貴族を拘束した。
「そんなつもりはございません!」
「ではどういうつもりだ。私の進退は兄上が決める。内政干渉の疑いはあるでしょう」
「これは……殿下の幸せを」
「何も知らないお前が、私の幸せを勝手に語るな」
怜悧な美貌と澄んだグリーンの瞳が冷淡な怒りをにじませていた。もともとそれほど高くない声をしているが、いつもより一段低い声は側にいたリニたちも震え上がらせた。
「姫様の精神状態の安定のためにも、早急にレギンの貴族を追い出していただきたいのですが」
「この雪の中をか」
そんなことがあった後、一応、リニはヘルブラントに訴えていた。ヘルブラントにとっても、リシャナの精神状況は重要な問題だからだ。かといって、この大雪の中レギンの貴族たちを追い出せないのもわかっている。リル・フィオレよりも北にあるレギンに到着する前に凍死者がでる。
「あいつは精神的に不安定だな」
「戦争中に、精神的に不安定でないものがいるのでしょうか」
戦は人を傷つけ、傷つけられ、たとえ生き残れたとしても多くのものを失う。リシャナが「生産性がない」と言ったことがあるが、全くもってその通りだと思う。
「お前もか?」
「私もです」
父は地方の官吏だったが、リニは平民の生まれだ。兄弟が多く、上から二番目。頭がよかったので父と同じ官吏になってもよかったが、兄が官吏だった。だから、リニは従軍することを選んだ。おりしも、リル・フィオレは王位継承戦争中で、いつでも軍人を募集していた。そちらの方が実入りがよかったのもある。
それくらいの動機で、ヘルブラントの元へ馳せんじたわけだ。ちょっと頭のいいだけのただの青年が軍人になって、戦に参加した。何も感じないわけがない。
「……今は姫様の側で充実しております」
「お前も正直な奴だな……」
おどけて言うと、ヘルブラントに苦笑された。
「ひとまず、リシェとは顔を合わさせないようにしよう。内政干渉の訴えもあるからな。行動を制限する」
もちろん、レギンの貴族の方の行動を制限するのだ。オーヴェレーム公爵たちからも苦情が上がってきているらしいので、ちょうどよいのだそうだ。いくら王妃の実家の貴族とはいえ、嫁ぎ先の王族の姫君から苦情が出れば、遠ざけざるを得ない。ヘルブラントとしても大義名分ができるわけだ。
「そこまで求めたわけではないんだけど……」
ヘルブラントの下した指示を聞いて、リシャナは眉をひそめた。別に彼女も、全く接触するな、と言うつもりはなかったらしい。確かに、追い返してほしい、と主張したのは彼女ではなくリニだ。
「姫様の安全の方が優先です。ですが、言ってみるものですね」
半分怒りに任せて言ってきたのだが、通ることもあるようだ。リニの言葉に、リシャナは肩をすくめた。
冬の間、リシャナの元には実効支配している北方の報告が入ってくる。魔法で飛ばされる手紙で報告できる程度のものだが、リシャナがいなくなったことでヘリツェン伯が動き始めたらしい。と言っても、王都より雪深い北方だ。活動はうまくいっていないらしい。
宮殿では、春になったらレギンの貴族を強制送還、もといおかえりいただくための準備も進みつつある。結婚祝いの返礼やら、お土産やら。ついでに、干渉しすぎだ、貴族たちの教育はどうなっているのか、という苦情も同封されるらしい。
冬の一番寒いころが、リシャナの生まれた日らしい。リニが教育係になった時十二歳だったリシャナも、今では十七歳だ。時がたつのは早いものである。四年くらいでは、すでに成長してたリニやヘルブラントなどに変化はほとんどないが、リシャナやリュークなど、子供だったものは目に見えるほど違う。いつ身長を抜かれるかとドキドキしていたリニだったが、リシャナの成長期もさすがに終わったらしい。女性にしては背が高い、リニの目のあたりくらいで成長が止まった。ユスティネを見ているリシャナは、もう少し身長が欲しかったようだが、幼少期の栄養不足を考えれば伸びた方だろう。
そのころである。アイリが懐妊した。結婚してから九か月ほどと考えればさほどおかしくはない。おかしくはないのだが。
「……そうか」
リシャナも何か引っかかるものを感じたようだ。ヘルブラントの十代後半から二十代前半ほどの遍歴を考えると、引っかかるものがあるのだ。そのころリシャナは十歳前後であるが、調べればある程度行きつくことでもある。まあ、リニ自身もそのころはヘルブラントの軍に参加したばかりでそれほど詳しくはない。
そんな変化もありつつ、雪深い季節は過ぎていく。
春、リル・フィオレ王位継承戦争最後の戦いが始まる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ユスティネは結婚するのが嫌で軍に飛び込んだアグレッシブな人。
と言う設定だった気がする。




