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北壁の戦い 6











 拠点にしているフラムの城塞にたどり着いたとき、すでに夜中になっていた。先に到着していたティモンたちがほっとしたように駆け寄ってきた。みんな、起きて待っていたらしい。


「合流地点にいらっしゃらなかったので、心配いたしましたよ」

「すまない。後ろを振り返ったら足元がおろそかになって」


 どうやら、リシャナはリニと同じく後ろを確認しようとしたらしい。彼女は場所が悪く、馬が足を滑らせてしまったようだ。リシャナは下まで滑り落ちたときに一瞬気絶し、馬はその間に逃げてしまった。そこに首飾りを渡した彼女が通りかかり、声をかけられたらしい。けがの確認をされたので、医術の心得があるのだろうと思ったのだそうだ。


「全員、ここにたどり着いているか?」

「ええ。皆、姫様の命令に従いましたから」


 ティモンがリシャナに手を差し伸べて馬から降ろそうとするが、彼女はそれを無視してするりと自分で馬から降りた。リニもそれに続く。


「よろしい。制圧状況は?」


 城の中に入りながらリシャナが尋ねる。駆け寄ってきたネイサンが「六割がた完了しております」と報告に入る。リニもかかわってくることなので、一緒に報告を聞くことにした。


「フィッセル卿は順調です。フェルベール伯爵もひとまず持ち直しました。ヘリツェン伯は居城から出てきません」

「死んではいないな?」

「死んではいませんね。姫様の勘気に触れるぬよう、息をひそめている状況です」


 彼はリシャナを小娘と侮っているが、彼女は王の妹で今は軍隊を連れている。しかも、彼女はヘリツェン伯の影響力を削ぎ、急速に北方を掌握しつつある。彼女がやってきてからまだ二か月も経っていない。要するに、ヘリツェン伯は恐ろしいのだ。


「ならばそのまま抑え込んでおけ」


 リシャナが北方を平定し、国境線を押し戻すまで、ヘリツェン伯に動かれては困る。

 さらにいくつか報告を受けて、最後に城塞を預かっていた幕僚のブレヒトが困惑気味に言った。


「実は、避難させた住民の中から、軍に志願したいという者がいるのですが」

「別に入れてやればよいのではないか」


 ティモンが首をかしげて言うと、ブレヒトは「一人二人なら私もそうしましたが」と言うので、リニは思わず問う。


「……いったい何名が志願してきているんです」

「正確な数を取っていませんが……百人は下らないと思います」


 訴えが十人を超えたあたりで、ブレヒトは数えるのをやめてリシャナが戻ってから返答する、としたらしい。


「……私も初めての事態なのだけど。こういうときってどうするの? 兄上はどうしていた?」


 本気で困惑したようにリシャナが部下たちを順番に見渡した。リニたちも顔を見合わせる。ヘルブラントに仕えているときも、志願兵がいなかったわけではない。だが、ほとんどが貴族が徴兵した兵士だった。どうしていただろうか。


「むしろ、私の名で志願兵を取っていいの? 兄上の名前の方がいいのでは?」

「結構鋭いところをついてきましたね……」


 リシャナの疑問に、リニも考え込む。これはヘルブラントへ質問状を送った方がいい案件だろうか。


「姫様の懸念は尤もなのですが……彼らは姫様だから志願するのだと言いそうです」

「ええ……」


 ブレヒトの言葉に、リシャナがいやそうに声を上げる。王都でもリシャナの人気が高いが、称賛を受けてびくっとするような娘である。いや、あれは受ける本人だとおびえるかもしれない。自意識過剰な人でない限りは……。

 ひとまずヘルブラントに質問状を送り、こちらでもある程度の受付をすることにした。荷運びなどの下働きなどで使う程度なら問題ないだろうと判断した。志願者の中に内通者がいる可能性を否定できないので、すぐに軍の中に組み込むのは難しいだろうと思った。


 ヘルブラントからの返答を待っている間にリシャナは部隊を編成してフェルベーク伯爵の担当地区であるキストにいた。比較的東側にあるキストは、一度平定したことのあるアンシンクのある西側に比べると不穏である。アンシンクから追い出された不穏分子、というかロドルフに与しているもの、ラーズ王国に与しているものがキストに集まってきている、とも言う。

 そのため、キストを平定するのにはひと悶着あるだろうと思っていた。フェルベーク伯爵ヒリスは大きな反乱を許さず、よく抑えた方だと言える。


「ヒリス」

「姫様。力及ばず、申し訳ありません」

「いや、難しい場所を頼んでしまったと思っている。すまない」


 謝るリシャナに、フェルベーク伯爵は苦笑して「指揮官がそうそう謝るものではありませんよ」と言った。フェルベーク伯爵はヘルブラントと同年代の青年で、友人でもある。ヘルブラントはリシャナのために、自分が信頼できる比較的気性の穏やかな者を集めたと見えた。


「あちらもなかなか慎重だな。できれば奇襲をかけたかったのだが」


 そう言ってリシャナが肩をすくめる。キストのあちこちで騒動を起こしているのは、ロドルフ派の国内貴族と、ラーズ王国の密偵たちだと調べがついている。ロドルフ派がラーズ王国にそそのかされている状態だ。一度蜂起させて、フェルベーク伯爵が押さえている間にリシャナが奇襲をかけることも考えたが、思ったよりロドルフ派は慎重だった。


「姫様にしては過激なお言葉ですね」

「この頃よく言われる」


 フェルベーク伯爵の指摘に、リシャナはそう言って肩をすくめた。多少過激でも、やらなければいけないことがあるのだ。


「敵勢力は、森の奥の砦に立てこもっています」

「城攻めか……」


 現在攻勢を続けているリシャナだが、本来は防衛戦の方が得意だ。彼女に守らせれば、城は落ちない。彼女も城攻めの経験はあるが、そもそも城攻めは守る側に有利なのである。

 セオリーにのっとって砲弾を撃ち込むか。森の中と言うことは、あまり物資を持ち込めない。戦いは数だ、と言うが、森の中の戦いは数の有利を生かせない。

 比較的正攻法な戦法をとることが多いリシャナだが、今回はそうはいかない。


「つついて出てきてもらいますか」

「それか、上から押しつぶすかですね」


 思わぬフェルベーク伯爵の言葉に、リシャナやリニたちの視線が彼に向かう。穏やかな口調で過激なことを言われた気がする。


「なるほど。みんなはこんな気持ちなんだな」


 こちらも基本的におとなしい性格のリシャナが、このごろの自分の過激発言を顧みてしみじみと言った。


「あ、話をしてよろしいですか」

「どうぞ」


 リシャナの許可をもらったフェルベーク伯爵が言うには、森の中の砦は半地下になっており、要塞としてはもろい、石造りの遺跡らしい。砲撃で押しつぶすことは可能だそうだ。


「なるほど……それも考慮しておこう。だが、先に噂を流そう。幸い、ロドルフ派とラーズ王国派で疑心暗鬼になっているからな」


 すごく腹黒い笑みを向けられて、なんだかショックだ。おとなしく優しく、純朴だったリシャナを返してほしい。そう言うと、本人には「誰だそれは」などと言われるのだが。

 あれこれと話し合い、リシャナの提案通り噂を流し、つついて出てきたところで砦の破壊を試みることになった。森の中で戦うことになった時のために、少人数の班分けもしておく。

 北方に来てからリシャナが噂を流しまくっていたが、そのせいだろうか。噂は噂に過ぎない派と事実だから言われるのだ派に分かれ、そこで争いになっているようだ。思ったよりも分裂している。


「もともと寄せ集めなのだから、その関係にひびを入れてやればよい」


 と、リシャナは言ったものだ。いや、彼女の教育係になったばかりのころ、リニが教えたような気もする。

 砦から逃げ出しているものが多くいる。そう報告を受けたのは、リシャナが到着してから二日後のことだった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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