北壁の戦い 1
「単刀直入に報告いたします。資金難です」
「だろうなぁ」
「だよねぇ」
「でしょうね」
オーヴェレーム公爵の本当に単刀直入な報告に、国王もその弟妹もうなずいた。やたらとリシャナが戦費を気にしていたことからもわかるように、戦争は金食い虫だ。今年だけで大きな戦が二度、小競り合いが四度あった。このペースで続くと、国庫が空になる。
「ロドルフはそれを狙ってるのか?」
「正直、こちらよりもロドルフの方が資金難なのではありませんか? 陸軍も海軍も、かなりの錬度でした。見返りは何なんでしょう?」
「えっ、リシェ、そういうのわかるの?」
同じテーブルについているが、リュークだけ違う世界にいる気がする。ヘルブラントもリシャナも、リュークの発言は丸っと無視した。
「……お前、とか?」
「やめてください」
現状、リル・フィオレ唯一の王女であるリシャナは、ヘルブラントの下世話な発言に顔をしかめた。
「ロドルフに売り飛ばされるくらいなら、その場で自害します」
この娘はやると言ったら本当にやる。ヘルブラントが困ったように微笑んだ。リュークが「勝てば大丈夫ですよね?」と不安そうだ。兄としてこの妹と付き合ってきて、彼らもリシャナの性格を把握している。
「……ひとまず、この調子で戦えば、三年後には国庫が空になります」
「……停戦するか?」
オーヴェレーム公爵が提示した年数に、ヘルブラントが顔をしかめながら言った。
「停戦……できるのですか?」
「うぐ……っ」
リュークの純粋な疑問に、ヘルブラントが唸る。できればとっくに停戦しているだろう。
「……やはりロドルフの補給を絶つのが一番現実的だな……」
ちらっとヘルブラントが弟妹を見る。外交に赴かなければならないが、自分は国内から出るわけにはいかない。なら、リュークかリシャナが行くしかない。リュークは政治的駆け引きが苦手であるので、どちらかと言うとリシャナが行くのが無難だ。だが、リシャナは女性である。王妹が外交に動くことは問題ないが、国外に出たら帰ってこられない可能性がある。少なくとも、リシャナは戦争が終わるまで外に出ない方が無難だろう。
「一番簡単なのは、ディナヴィア諸国連合と婚姻で外戚関係を結ぶことです」
「国南部からも同じような訴えがあったのでは?」
オーヴェレーム公爵とリシャナがヘルブラントに向かって言った。ヘルブラントは今二十四歳だ。婚約者くらいいてもいいものだが。
「……リューク」
「なんで僕なんですか! そこは兄上かリシェでしょう?」
「情勢的に私は難しいので、やはりヘルブラント兄上では?」
弟妹から突き上げを食らって、ヘルブラントはテーブルになついた。オーヴェレーム公爵から「陛下、しっかりなさいませ」と叱責が飛ぶ。
「……ラーズ王国は厳しいよな。国土が接している」
「リル・フィオレの北部国境が接していますからね。しかも押されています」
北部はロドルフの影響が強い。支配しているわけではないが、北部国境を接しているラーズ王国が実効支配しているような状況なのだ。
「……レギン王国、ソグン公国、シグルド連合王国あたりでしょうか」
挙げられた候補にヘルブラントが唸る。さらにオーヴェレーム公爵は「年周りの良い姫君がいるのはレギン王国とソグン公国ですね」
リシャナ様まで広げるのであれば、シグルド連合王国でも構いませんが、と続けられた。それは即座に却下された。
「レギン王国が一番現実的でしょうか。国王に三人姫君がいます」
「レギン王国はラーズ王国の向こうの国だよね。現実的というのは?」
手を挙げたリュークが質問した。
「今のレギン国王は野心家です。かの国はラーズ王国より北に位置し、寒冷な土地柄です。不凍港を持つリル・フィオレとの縁は拒まないでしょう。また、婚姻を足掛かりに国の乗っ取りを仕掛けてくるかもしれません」
「リシェと相性が悪そうだな」
「今は陛下のお相手の話をしています」
ロドルフと結婚することになれば、夫婦で刺しあいになる、というリシャナだ。だが、今はヘルブラントの話をしている。
「乗っ取られるのは困るね……」
リュークが苦笑した。だが、リシャナは「よいのではありませんか」と答えた。
「何故だ?」
「レギン王国はリル・フィオレと国土を接していません。海にも面していないので、海から攻めこむこともできないでしょう」
「だが、ラーズ王国と迎合して攻めてくる可能性もある」
今、ロドルフがその支援を受けて内戦状態なのだ。リシャナも承知しているので、「わかっております」とうなずいた。
「ですから、もし、兄上とレギンの姫君の婚姻が成立すれば、私はそのまま北部に攻め込みましょう。国境線を押し返すくらいならば、期待していただいていいと思います」
リシャナにしてはかなり強気な発言に、その会議室にいた全員が目を見開いた。ここまで控えているだけだったが、リニも目を見開いた。
「ど、どうしたの、リシェ。リッキー兄上が乗り移った!?」
心配そうにおろおろとリュークが尋ねた。リシャナはわずかに目を細める。
「三年で国庫が空になる、とオーヴェレーム公爵が言ったではありませんか。それに、もうリッキー兄上はいないのです。ここで本腰を入れて勝ちにいかなければ、こちらが負けます」
いろんな意味で戦力が落ちているのだ、とリシャナが指摘する。彼女がヘンドリックの代わりも求められたから言える言葉だ。彼女なりに危機感を抱いているのだろう。
「……戦力の逐次投入は悪手だからな。わかった。リシェの意見も考慮してみよう」
「恐れ入ります。軍備に関しての立て直しは私が主導しますから、ヘルブラント兄上は国政についての整備をお願いします」
「……最近、お前の急成長が怖い」
ヘルブラントは苦笑を浮かべて言った。方針についてなんとなくの結論は出たが、まだ解決していないこともある。
「陛下、まだ資金難について解決していません」
「……リシェ、これについてはいい意見はないか?」
「経済関係は何とも……」
そう言って彼女は肩をすくめた。戦争に金がかかること、その計算はできても、経済を回すことについては、学びの外である。
「即時必要なのなら、借りてくるしかないと思いますけれど」
リシャナの言う通りだった。彼女は反対に首をかしげる。
「それでは、レギン王国との婚姻はやめた方がいいでしょうか。かの国もそれほど裕福ではありませんよね」
「いや……そもそもレギンはディナヴィア諸国連合の構成国だ。ラーズ王国とリル・フィオレが敵対している以上、支援まで求めるつもりはない」
妥協点が必要なのだ、とヘルブラント。なるほど、とリシャナもリュークもうなずく。
「では、別のところから借りてくるしかありませんね」
「帝国とか?」
何気ない弟妹の言葉に、ヘルブラントの表情がこわばるのがリニからは見えた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最初に比べてかなりリシャナもしたたかになっています。だいぶ『北壁の女王』に近づいてきました。




