表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/44

北壁の戦い 1








「単刀直入に報告いたします。資金難です」

「だろうなぁ」

「だよねぇ」

「でしょうね」


 オーヴェレーム公爵の本当に単刀直入な報告に、国王もその弟妹もうなずいた。やたらとリシャナが戦費を気にしていたことからもわかるように、戦争は金食い虫だ。今年だけで大きな戦が二度、小競り合いが四度あった。このペースで続くと、国庫が空になる。


「ロドルフはそれを狙ってるのか?」

「正直、こちらよりもロドルフの方が資金難なのではありませんか? 陸軍も海軍も、かなりの錬度でした。見返りは何なんでしょう?」

「えっ、リシェ、そういうのわかるの?」


 同じテーブルについているが、リュークだけ違う世界にいる気がする。ヘルブラントもリシャナも、リュークの発言は丸っと無視した。


「……お前、とか?」

「やめてください」


 現状、リル・フィオレ唯一の王女であるリシャナは、ヘルブラントの下世話な発言に顔をしかめた。


「ロドルフに売り飛ばされるくらいなら、その場で自害します」


 この娘はやると言ったら本当にやる。ヘルブラントが困ったように微笑んだ。リュークが「勝てば大丈夫ですよね?」と不安そうだ。兄としてこの妹と付き合ってきて、彼らもリシャナの性格を把握している。


「……ひとまず、この調子で戦えば、三年後には国庫が空になります」

「……停戦するか?」


 オーヴェレーム公爵が提示した年数に、ヘルブラントが顔をしかめながら言った。


「停戦……できるのですか?」

「うぐ……っ」


 リュークの純粋な疑問に、ヘルブラントが唸る。できればとっくに停戦しているだろう。


「……やはりロドルフの補給を絶つのが一番現実的だな……」


 ちらっとヘルブラントが弟妹を見る。外交に赴かなければならないが、自分は国内から出るわけにはいかない。なら、リュークかリシャナが行くしかない。リュークは政治的駆け引きが苦手であるので、どちらかと言うとリシャナが行くのが無難だ。だが、リシャナは女性である。王妹が外交に動くことは問題ないが、国外に出たら帰ってこられない可能性がある。少なくとも、リシャナは戦争が終わるまで外に出ない方が無難だろう。


「一番簡単なのは、ディナヴィア諸国連合と婚姻で外戚関係を結ぶことです」

「国南部からも同じような訴えがあったのでは?」


 オーヴェレーム公爵とリシャナがヘルブラントに向かって言った。ヘルブラントは今二十四歳だ。婚約者くらいいてもいいものだが。


「……リューク」

「なんで僕なんですか! そこは兄上かリシェでしょう?」

「情勢的に私は難しいので、やはりヘルブラント兄上では?」


 弟妹から突き上げを食らって、ヘルブラントはテーブルになついた。オーヴェレーム公爵から「陛下、しっかりなさいませ」と叱責が飛ぶ。


「……ラーズ王国は厳しいよな。国土が接している」

「リル・フィオレの北部国境が接していますからね。しかも押されています」


 北部はロドルフの影響が強い。支配しているわけではないが、北部国境を接しているラーズ王国が実効支配しているような状況なのだ。


「……レギン王国、ソグン公国、シグルド連合王国あたりでしょうか」


 挙げられた候補にヘルブラントが唸る。さらにオーヴェレーム公爵は「年周りの良い姫君がいるのはレギン王国とソグン公国ですね」

 リシャナ様まで広げるのであれば、シグルド連合王国でも構いませんが、と続けられた。それは即座に却下された。


「レギン王国が一番現実的でしょうか。国王に三人姫君がいます」

「レギン王国はラーズ王国の向こうの国だよね。現実的というのは?」


 手を挙げたリュークが質問した。


「今のレギン国王は野心家です。かの国はラーズ王国より北に位置し、寒冷な土地柄です。不凍港を持つリル・フィオレとの縁は拒まないでしょう。また、婚姻を足掛かりに国の乗っ取りを仕掛けてくるかもしれません」

「リシェと相性が悪そうだな」

「今は陛下のお相手の話をしています」


 ロドルフと結婚することになれば、夫婦で刺しあいになる、というリシャナだ。だが、今はヘルブラントの話をしている。


「乗っ取られるのは困るね……」


 リュークが苦笑した。だが、リシャナは「よいのではありませんか」と答えた。


「何故だ?」

「レギン王国はリル・フィオレと国土を接していません。海にも面していないので、海から攻めこむこともできないでしょう」

「だが、ラーズ王国と迎合して攻めてくる可能性もある」


 今、ロドルフがその支援を受けて内戦状態なのだ。リシャナも承知しているので、「わかっております」とうなずいた。


「ですから、もし、兄上とレギンの姫君の婚姻が成立すれば、私はそのまま北部に攻め込みましょう。国境線を押し返すくらいならば、期待していただいていいと思います」


 リシャナにしてはかなり強気な発言に、その会議室にいた全員が目を見開いた。ここまで控えているだけだったが、リニも目を見開いた。


「ど、どうしたの、リシェ。リッキー兄上が乗り移った!?」


 心配そうにおろおろとリュークが尋ねた。リシャナはわずかに目を細める。


「三年で国庫が空になる、とオーヴェレーム公爵が言ったではありませんか。それに、もうリッキー兄上はいないのです。ここで本腰を入れて勝ちにいかなければ、こちらが負けます」


 いろんな意味で戦力が落ちているのだ、とリシャナが指摘する。彼女がヘンドリックの代わりも求められたから言える言葉だ。彼女なりに危機感を抱いているのだろう。


「……戦力の逐次投入は悪手だからな。わかった。リシェの意見も考慮してみよう」

「恐れ入ります。軍備に関しての立て直しは私が主導しますから、ヘルブラント兄上は国政についての整備をお願いします」

「……最近、お前の急成長が怖い」


 ヘルブラントは苦笑を浮かべて言った。方針についてなんとなくの結論は出たが、まだ解決していないこともある。


「陛下、まだ資金難について解決していません」

「……リシェ、これについてはいい意見はないか?」

「経済関係は何とも……」


 そう言って彼女は肩をすくめた。戦争に金がかかること、その計算はできても、経済を回すことについては、学びの外である。


「即時必要なのなら、借りてくるしかないと思いますけれど」


 リシャナの言う通りだった。彼女は反対に首をかしげる。


「それでは、レギン王国との婚姻はやめた方がいいでしょうか。かの国もそれほど裕福ではありませんよね」

「いや……そもそもレギンはディナヴィア諸国連合の構成国だ。ラーズ王国とリル・フィオレが敵対している以上、支援まで求めるつもりはない」


 妥協点が必要なのだ、とヘルブラント。なるほど、とリシャナもリュークもうなずく。


「では、別のところから借りてくるしかありませんね」

「帝国とか?」


 何気ない弟妹の言葉に、ヘルブラントの表情がこわばるのがリニからは見えた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


最初に比べてかなりリシャナもしたたかになっています。だいぶ『北壁の女王』に近づいてきました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ