海上の戦い 3
手信号が送られてくる。それを解読した兵士が、「投降するように言っていますが……」と戸惑い気味に言った。確かに押されている感はあるが、投降するほどではないと思う。
「二番船は衝角があったな。そのまま突っ込ませても大丈夫だと思う?」
リシャナが返答を言うのではなく、そうリニに意見を求めた。リニではなく、もう一人の参謀のネイサンだ。
「この乱戦ですよ。無理ですよ。味方にぶつかります」
「そうか。残念だ」
そう言うと、リシャナは弓矢を用意させた。そして、少し高い位置に陣取る。リニは船酔いでふらついているリシャナが倒れやしないかとひやひやした。
「お前に投降するくらいなら、この場で自害する」
返答をつぶやきながら、リシャナは矢を放った。突然だが、リシャナは射手として腕がよい。剣よりは才能がある。だが、リシャナの放った矢はロドルフには届かなかった。多分、そのまま飛べば彼を射抜いたが、腕力が足りなかったようだ。
「やっぱりもう少し膂力が欲しいな」
台から飛び降りながらリシャナが言った。リニが受け止めるとわかっているから、ふらついたままとびおりてきた。ネイサンが「姫様はそのままでいいと思います」と真顔で言った。リニも同意見である。
リシャナが自力で立っていることを確認すると、リニはロドルフの旗艦を見た。今頃、ロドルフは怒り狂っているのではないだろうか。
「……姫様、煽るのがうまいですね」
「ロドルフが短気で単純なだけだ」
さらっとひどい。リシャナもヘルブラントも、そこを的確についていくのだ。ロドルフとしては、同じ男のヘルブラントよりも、年下の少女であるリシャナに煽られる方が堪えるだろうと思う。
「狙われますよ。姫様は防戦が強いですが、いつもと勝手が違うことをお忘れなく」
「わかっている。先に砲弾を撃ち尽くしてほしいだけだ」
リシャナは首を左右に振って言ってのけた。なるほど、と思わず思ってしまった。怒りに任せて当たらない程度にたくさん撃ってほしいらしい。
「……船をもう少し下げませんか。乗り込まれた船も、制圧が完了したようですし」
そちらの援護をしていたユスティネたちの様子を見てきたネイサンが提案したが、リシャナは首を左右に振る。
「下げない。どちらにしろ、もう戦闘は終わる」
そう言った瞬間、甲板に砲弾が直撃した。ただの物理攻撃であるので穴が開いただけだが、あれが直撃すれば人間はひとたまりもない。
「私もネイサンに賛成です。御身が危険でしょう」
「ここで死ぬのであれば、私もそれまでと言うことだね。脱出したいなら止めないけど」
「……それ、やらないとわかってて言ってますよね?」
リシャナは肩をすくめた。誰も、彼女を置いて逃げ出したりしないだろう。それがわかっているから、リシャナは引き上げ時を間違えない、というのもある。
砲撃がまばらになってきた。ヘルブラントからの合図に、リシャナが承知の合図を返した。
「置いて行かれるなよ。一斉砲撃!」
情報伝達にタイムラグがあるので実際に一斉とはいかなかったが、残った砲弾をすべて敵艦隊に叩き込んだ。それと同時に、こちらは下がる。あちらも引き上げ時を見計らっていたのだろう。ゆっくりと双方の距離が離れていく。
「艦隊反転。帰投するもよう」
見張りからの報告を受けて、「やっと陸地に帰れる」とリシャナは安堵の息を吐いた。
港へ帰り、支えられながら船から降りてきた妹を見て、ヘルブラントが目を見開いた。
「船酔いか? よく戦闘終了まで持ったな」
「持ってません。吐きました」
陸地に足をつけてもまだ青い顔をしているリシャナに訴えられ、ヘルブラントは「そ、そうか」と引き気味にうなずいた。リシャナは恨みがましくヘルブラントを見ている。
「もう、船には乗りたくありません」
「お前が言うってことは、相当つらかったんだな……よく頑張ったな。ありがとう」
ヘルブラントは妹の頭をなでると、休んでいるように、と言い渡した。病気ではないので、しばらく揺れない地面で休んでいれば回復するはずだ。
リシャナを港で待っていた女騎士に預けて、リニはヘルブラントの元へ向かう。ユスティネとともに、復命責任があるのだ。
「お前たちも大変だっただろう。今回はさすがにお荷物だったか……」
ヘルブラントも頼みにしているリシャナであるが、体質なので仕方がない。これからはできるだけ海には出ないように差配されるだろう。
「そうですね。ですが、責任は果たされておりましたよ。冷静な判断でした」
ユスティネの言葉にリニもうなずく。
「いつ倒れるかと不安でもありましたが……」
「リニが側に張り付いていたからね」
護衛を押し付けてしまった、とユスティネが肩をすくめる。戦力として正直リニはそれほどではないので、それでいいのだ。
「あれも難儀だな……船酔いでも頭ははっきりしているのか。というか、体幹が強いから大丈夫だと思っていた」
多少バランスを崩しても、リシャナは立て直してくる。それどころか、船の上から矢を射かけたこと、さらに飛距離が足りなかったとはいえ、その矢が狙った方向に飛んでいったことを考えると、彼女はかなり体幹が強いはずだ。
「指揮能力に問題はございませんが、見ているこちらがはらはらするので、できれば船に乗せないでほしいですね」
「同感です」
陸戦は強いのだ。それでよいではないか、と言うことだ。
リシャナの話を終え、海戦の結果の話に移る。ヘルブラントも敵船に乗り込んで戦ってきたが、結局ロドルフの首はとれていない。まあ当然だ。彼はリシャナと相対していたのだ。
「リシェが討てなかったのは正直痛かったな……」
「それ、姫様に言わないでくださいね」
「それに、姫様ではなく陛下が討ち取るのが望ましいでしょう」
口々に言われてヘルブラントは肩をすくめた。ヘルブラントが王なのだから、ロドルフを討つのはヘルブラントの方がよい。下手をすればリシャナが王に押し上げられてしまう。その前に自害しそうな気もするが。
「こちらもなかなかの損害率だが、ロドルフもそろそろ借金で首が回らないんじゃないか。雇った傭兵の割には、戦果が上がっていない」
「そのあたりは調査中です」
オーヴェレーム公爵がそっと口をはさんだ。いつもはルーベンス公爵もいるのだが、彼は今領地に帰っている。それまではオーヴェレーム公爵一人だ。
大まかな損害、戦果を報告し、解放されたころにはリシャナも復活していた。もぐもぐ軽食を食べていた。最近、よく食べる姿を見る気がする。当初に比べて食べる量も増えたな、と微笑ましく見ていると、胡乱な目で見られた。解せぬ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
時代的にガレー船の時代ですかね。艦載砲があるのでガレアス船かもしれませんが。
船酔いがつらいリシャナでした。




