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海上の戦い 2











 予定通り船上の人となったリニたちであるが、思わぬ状況に直面していた。艦隊を預かる指揮官たるリシャナが、船にすごく弱かったのである。つまり、船酔いだ。


「下を見ていると余計に気持ち悪くなりますよ」


 リニはリシャナを支えて外を眺めさせる。景色が移り行くのに酔うのだ、という話もあるが、とりあえず、うつむくのはよくないと思う。


「姫様は体幹が強いので大丈夫だと思ったのですが、そううまくはいかないものですねぇ」


 背中をさすりながらリニはしみじみと言った。蒼白な顔をしたリシャナは声もでない。痛いとか、苦しいとかは耐えられるが、気持ち悪い、というのは耐えがたいようだ。

 リシャナが乗る船は旗艦になるので、かなり大きい。大きさに応じて揺れも少なくなっているはずだが、感じる人は感じるようだ。ここまで大きいと、リニはあまり揺れは感じないのだが、リシャナが船に初めて乗った、というのもあるだろう。

 ヘルブラントは別の船に乗っている。なので、このあたりの船七隻に関しては、リシャナに指揮を任されているわけだが、これは大丈夫だろうか。


「姫様、見えました! 敵船です!」


 ぱっとリシャナが顔を上げた。その動きにくらっと来たようだが、額を押さえただけで耐えた。リニは彼女の肩を支える。


「兄上の船に離されるな! 砲撃用意!」


 すぐにリシャナの指示が各船にも通達される。初めての戦場ですぐに対応できるようになってきている。それだけ経験が蓄積されているのだ。そのことが誇らしいと同時に、少し悲しくなるリニである。

 本隊はヘルブラントの艦隊になるので、リシャナたちはヘルブラントの反応を見ることになる。こちらでも戦闘開始の合図が見て取れた。ヘルブラントからも合図があったのを見て、リシャナの「砲撃開始」の合図があった。

 後方にいるこの船までは砲撃は届かないが、戦闘が開始されると波が大きくなって揺れる。リニたちにもはっきりとわかる揺れに、リシャナは真っ青を通り越して真っ白な顔をしていた。


「姫様、もう少し耐えてください。まだ降りられませんからね」

「海の中の方がましな気がする……」

「やめてください。というか姫様、泳げませんでしたよね?」


 小声でのやり取りである。まあ、周囲は戦闘中で大砲の音も怒号も響いているので聞こえないだろうが。ヘルブラントではないがこの戦闘の中海に落ちたら探せない。リシャナの冗談だとは思うが、妙に行動力がある彼女なので油断できない。


「……何か聞こえないか」


 蒼白な面相で戦闘の推移を見守っていたリシャナがふいに声を上げた。リニは眉を顰める。


「砲撃の音しか聞こえませんが」


 船酔いで体調が悪かろうと、体幹の優れるリシャナは自力で立っていたのだが、船の中心部にいた。それが駆けだして船の端から海をのぞき込む。


「姫様!?」

「危ないです! お下がりください!」


 周囲が止めにかかるがリシャナは船のヘリから身を乗り出した。


「見張り! 五時方向、確認しろ! 一隻突っ込んでくるぞ!」


 リシャナが叫んだ時、隣の船から手信号が送られてきた。どうやら、リシャナの見ていた一隻に気が付いたらしい。


「乗り込む気です! すぐに対応を!」


 大砲と言う兵器ができて、船での戦いは変わった。どちらが多くの船、つまり大砲を用意できるかで戦が変わる。今回の場合は、ほぼ同数だった。

 だが、古来の敵船に乗り込んで白兵戦、というやり方がなくなったわけではない。大砲の火力がそれほど強くないため、決着がつかないことがままあるのだ。


「船を後退! 戦列から下げろ!」

「姫様も下がってください! 目撃されては困ります!」


 女兵士が全くいないわけではないが、明らかに身分の高い十代半ばの少女が見つかれば、こちらが集中攻撃を受ける。敵も王妹のリシャナが戦場に出ているのを知っているのだ。屈強な男の多い戦場では、どうしてもリシャナは目立つ。

 リニはリシャナを抱えて目撃されづらい船の中央へ下がる。部屋にこもらせることも考えたが、リシャナの矜持がそれを許さないだろう。戦の推移を見守りたいはずだ。


「弓矢部隊を集めろ。指揮はユスティネに頼む」

「承知いたしました。リニ、そのまま姫様を押さえていろ」

「わかっています」


 ユスティネがリシャナに代わり指示を出しに行く。遠目なら、同じ女性であるユスティネがおとりになれるかもしれない。近づくと体格も年齢も違うので難しいだろうが。

 ユスティネが射手を集める。速度を下げて後方に下がった、敵兵に乗り込まれた船に向かって射手が弓矢を構える。


「放て!」


 ユスティネの声が聞こえた。こちらは大丈夫そうだ、とリニが意識を船同士の戦いに戻すと、リシャナはすでにそちらを注視していた。自分の艦隊が襲われたからと言って、戦い全体をおろそかにするわけにはいかないのだ。


「船が抜けた穴を埋めろ。兄上の艦隊と分断されるな!」


 後ろからも襲われているのだ。分断されたら目も当てられない。各個撃破の的になる。不慣れなリシャナの部隊が狙われるのは確実だ。


「リニ、こちらも白兵部隊を送り込めるか?」

「難しいですね。操船に人を取られていますし、そもそも人員が少ないんです」


 海戦についてはそれほど詳しくないリシャナは、実際に船を動かす際に必要なすべてを把握しているわけではない。彼女はすべてを知っている必要はないが、一応勉強はしている。そして、知識として持っているのと、実際に経験するのは違う。


「……まあ、人員が足りなくて陸戦部隊の兵士も連れてきたくらいだからね……うっ」


 小刻みに船が揺れて、リシャナが口元を押さえた。吐けるのなら吐いてしまった方が楽なような気もするが、そんな場合ではない。とりあえずリニは背中をさする。

 とりあえず、こちらからも攻め込むのは現実的ではない。ヘルブラントと離れている以上、連携が取れない。特に海の上で乱戦状態なので、連絡が取れない。単独で乗り込み部隊を編成して白兵戦を行うのはリスクが高い。


「とにかく砲撃を続けるしかないということだね」


 撃ち尽くす勢いで大砲を撃っているのだが、物資にも限りがある。撃ち尽くせば、双方膠着状態になり、そのまま撤退戦になるだろう。決着がつかない。


「やはり、乗り込んでロドルフの首を取りに行った方が早い気がする」

「いや、そうかもしれませんけど」


 かねてからリシャナが主張していることである。平時では難しくても、この状態ならできるのではないかということだ。とはいえ、船を接舷するのにも技術がいる。現実的ではない。


「陛下の艦隊も乗り込まれたようです」

「砲弾、残量が尽きてきました!」


 どうやらヘルブラントの艦隊も乗り込まれているらしい。リシャナは冷静に「あと一時間ほどで撤退だ」と応じた。船酔いで青い顔をしていても頭は回っているらしい。


「ロドルフの部隊はよほど人員に余裕があるようだな」

「というより、操船技術のある傭兵を雇ってきたのだと思いますが」

「だから、その金はどこから出ているんだ……」


 ちゃんと戦費の計算にも目を通しているリシャナは、そう言った面でもシビアである。歳出と歳入が釣り合っていないのでは? と言われたことがある。その通りだ。

 どうやら、ヘルブラントからも白兵戦の人員を割いたようだ。リシャナが預かっている軍人よりも人数が多いとはいえ、あちらにも余裕はないはずなのだが。


「姫様!」


 見張り台から声がかかった。リシャナが一瞬見張り台を見上げ、それから彼が指さす方を見た。


「……バイエルスベルヘン公ですね」


 逃げも隠れもせず、ロドルフは船の先端に立っていた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


サクッとやりに行きたいリシャナ。


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