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デン・ヘンデルの戦い 2









 年が明け、雪も融けだしたころ、リニは戦場にいた。もちろん、リシャナに同行しているのである。冬の間に力を蓄えたロドルフの猛攻に、こちらはやや押されていた。


「火力が強いな」


 やや眉をひそめて、リシャナが言った。こうしている間にも爆音が響いている。この時代の大砲と言うものは、ただの物量エネルギーではある。着弾して爆発するものではない。とはいえ、重量のあるものが飛ばされてすごい速度で落ちてくるのだ。被害は甚大である。隣に展開しているヘンドリックの部隊に大砲が直撃し、土煙が舞い上がる。


「初めて人間に向けて大砲を放った人物に拍手を贈りたいものだな」

「ここ数年の話ですよ、姫様」


 皮肉を言うリシャナに、リニは一応突っ込んでおく。戦史を学び、リュークから大砲の仕組みも説明されているリシャナは、その影響力などもきちんと理解している。

 数年前の国同士の戦いの中でとある指揮官が取った方法らしいが、これが革新的だった。それまで大砲と言うのは、城塞や門などの建造物を破壊するために使用されるものだった。実際、リシャナの初戦だったルナ・エリウの戦いではロドルフは大砲を城壁を破壊するために使用している。

 つまり、城塞を破壊できるほどの威力を持つものを人間に向けてはなっているわけである。被害は甚大だ。


「とはいえ、下がるわけにはいきません」

「さすがに承知している。被害状況を報告しろ」


 少女にしては落ち着いた口調と声音のリシャナも、声を張らざるを得ない。爆音がすごい。幸い、リシャナはよく通る声をしているので聞き分けられる。

 集中的に狙われているのはヘンドリックの部隊だ。最初に突っ込んでいく立場の彼の部隊が被害甚大なのは、ある意味仕方のないことではある。


「反撃の用意は?」

「整いつつあります。先に、陛下が反撃を仕掛けるそうです」

「了解した。予定通り、側面に移動する。決して背を向けるな。必ずついてこい。薄い場所を作るな」


 てきぱきとリシャナは指示を出したが、これが結構な難題である。集団の移動、しかも攻撃を受けている間にこれは難しい。

 移動している間にヘルブラントの反撃が始まったため、リシャナは敵部隊に対して斜めの状態で陣容を整えた。あまり間が空きすぎると、ヘンドリックの部隊どころか全体が押されて敗北してしまう。ここまで来たらどう収束まで持って行くかが課題ではあるが、その前に反撃は必須である。


「撃て!」


 リシャナの号令と同時に大砲が放たれた。一斉放射に敵方の砲撃がしばし止む。だが、反撃が来た。


「錬度が高いな。どこの軍だ」

「傭兵ですよ。いくら払ったんでしょうね」


 リシャナに突っ込みながら、リニも疑問を口にする。傭兵を産業としている国はあるが、強い分その費用は高い。ロドルフにそれだけの資金力があるとは思えないため、おそらく、国内での略奪等を許可したのだろう。

 リシャナは軍に略奪を禁じているが、それが必要である場合も認めている。しかし、そもそも略奪と言う行為は国力を削ぐ。自分の領地となる場所を荒らすのだ。基本的に理性的で合理的であるリシャナは、そこが一番理解できないらしい。

 高らかにラッパの音が……聞こえなかった。耳の良いリシャナが気づかなければ、ヘルブラントと逆の端にいるリニたちは撤退の合図に気づかなかっただろう。普段ならヘルブラントが撤退の合図を送った後、中央にいるヘンドリックの部隊がさらに合図を出し、リシャナの部隊が承知したのを知らせるためにラッパを鳴らす、と言う方法が取られる。だが、今回は間にいるヘンドリックの部隊が壊滅状態なのである。


「兄上の部隊を吸収しつつ、退くぞ。私たちは殿だ。やられるなよ」


 ついでに、リシャナは撤退戦が強い。なぜかわからないが。単純に統率力が高いのかもしれない。リニは指示を出すリシャナの側に馬をつける。


「フェルベーク伯! 兄上の部隊を接収してきてくれ!」

「承りました。姫様もお気をつけて!」


 参謀であるリニとは違い、副指揮官としてリシャナを補佐しているフェルベーク伯爵が一部隊を率いて隊列を離れていく。大砲での攻撃を受けている今、上位の立場にある王族が一か所に集まるのは悪手だ。なので、リシャナは自分が向かうことを避けたのだろう。

 ヘルブラントの軍も、ヘンドリックの軍を接収してきているようだ。分散して撤退し、集合地点を決めてある。ロドルフ軍は追撃してくるかもしれないが、分散した敵を追撃するのも労力がかかる。引き際も大事なのだ。

 土煙で視界が悪い。呼吸も苦しい。爆音が響いているので耳鳴りもして痛い。背後から風を切る音が聞こえる。そろそろ、砲撃地帯を抜けるだろうか。


「姫様!」


 リシャナのすぐ隣に馬をつけていたリニは、何かの音に反応したリシャナの腕をつかんだ。自分の馬からリシャナの馬の方へ飛び、彼女ごと地面に落ちたところで、リニの意識は途切れた。












 リニは痛みで目を覚ました。全身が痛い。何度か瞬きして身を起こそうとするが、痛みにうめいただけだった。


「気づきましたか、カウエル卿。お医者様を呼んできますね」


 小姓の少年が目を覚ましたリニをのぞき込んで微笑んだ。ぱたぱたと部屋を出て行く。ほかにもベッドがあるが、誰も身を起こしていない。


「よぉ。災難だったな」


 と思ったら、隣は元同僚ロキュスだった。ヘルブラントの部隊に同行していたはずだが、彼も砲撃を食らったらしく、顔の半分が包帯で隠れていた。リニも頭に包帯を巻かれているので、たぶん頭を打ってる。


「……生きてるだけ上等ですよ」

「確かに」


 ロキュスが笑って応じた。笑う元気があるのがすごい。リニはあちこち痛くて笑うに笑えない。

 医者がやってきた。リニを診察して痛かったら鎮痛剤を呑むように言って次の患者を見に行った。ロドルフの砲撃作戦でかなり被害が出ているのだ。

 頭を切ったのと足をねんざ、肋骨にひび、その他創傷があちこち。馬から飛び降りて砲撃を食らったにしてはましな部類だ。その勢いでリシャナをかばったことを思い出したが、彼女は無事だそうだ。尤も、無傷とはいかずに腕の骨にひびが入り、あちこち打撲しているそうだが、リニよりは元気らしい。だとしたら、かばったかいがあるというものだ。

 魔法治療を受けたとはいえ安静にするように言われているとすることがない。どうやらここは王都ではなく、戦闘のあった北部の教会のようである。集合場所にしていたところだ。


「おう、元気そうだな」

「ティモンさん」


 お見舞いが来た。と言っても、彼もけがをしていたが。ティモンはリシャナの部隊にいる小隊長の一人だ。リニと同じく、もともとヘルブラントの旗下であるが、今はリシャナの部隊にいる。彼の場合は、彼女とルナ・エリウでの戦いのころから一緒である。部隊の中では一番リシャナと付き合いが長いことになる。


「姫様は?」

「開口一番、それか」


 ティモンは苦笑を浮かべた。彼のけがを気遣うとか、戦況とかではなく、リニが気にしたのはリシャナのことだった。だが、気絶する前、リニはリシャナと一緒だったのだ。けがはしているが元気だ、とは聞いている。聞いているが、また聞きのまた聞きだ。ティモンなら、リシャナと実際に顔を合わせているだろう。


「姫様は戦後処理中だ。陛下が先に、王都へ戻ったからな」


 リスク回避の面から見て仕方がないが、ヘルブラントはリシャナに負傷兵を任せて、先に王都へ戻ったらしい。まあ、その点については双方納得しているだろうし、合理的である。合理的な兄弟である。

 リニがおらずとも、リシャナとヘルブラントは有能な幕僚を何人も抱えている。戦後処理は行えるだろう。幕僚たちがリシャナの質問攻めにあう可能性はあるが、相手は王に重用される妹姫だ。むげにはできないだろう。みんな頑張れ。

 リニとしてはリシャナが泣いていないか心配である。かなりの被害が出たのだ。そこまで考えて、リニははっとした。あの戦場にいた王族で一人だけ名前が出ていない人物がいた。


「ヘンドリック殿下はどうなさったのですか」

「……帰ってきていないそうだ。近くにいたものは、撤退中の砲撃に巻き込まれたと言っていたが……」

「……」


 思わぬ事実に、さすがのリニも目を見開いた。確かに、位置の関係もあってヘンドリックの隊が最も砲撃を食らっていたが、そこまでの被害だとは思っていなかったのだ。考えてみれば、自分とリシャナも砲撃を食らってけがをしたのだから、ヘンドリックが避けられなかったのもおかしくはないのだ。

 ……帰ってこなかった、と言うことは遺体も戻ってきていないのだろう。戦闘中行方不明と言うことだ。事実上の戦死である。

 リシャナが思わぬ才覚を示したことで彼女の教育係になったリニだが、もともとはヘンドリックの幕僚になるはずだった。ヘルブラントは部隊を再編する際に、リシャナに専門的な話ができる幕僚を付けたので、リニと同じような立場の者は多い。もしかしたら主君となっていたかもしれない王弟が、死んだ。


「……姫様は泣いていませんか?」


 リシャナはヘンドリックになついていたと思う。もともと一緒にいることの多かったリュークはもちろん、気さくな態度で剣術を教えていたヘンドリックとも一緒にいることが多かった。豪放磊落なヘンドリックと、おとなしいが剛毅なところのあるリシャナは、それなりに気が合ったのだと思う。


「俺たちの前で泣くような姫君じゃないだろ。あの方は、自分の役目をわかっている方だ。必要とあれば気丈に振る舞える」


 もともと感情があまり表に出ないリシャナだ。ティモンが苦笑して言うのもわかる。だが、リニは彼女が思ったよりも繊細な少女であることも知っているのだ。


「しかし、お前はやっぱり姫様のことばかりだな」

「……私たちの姫様ですからね」


 はぐらかしたが、ティモンに気づかれたかもしれない、と思った。リニがリシャナに向けている思いに。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ここでヘンドリックは退場です。おそらく、一番リシャナを可愛がった兄でした。


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