23.&エピローグ
愛菜が心の中で苦しみながらそう呟く。
自分の言った言葉がどれほど残虐なものだったのかを思い知らされて、苦しみの感情に苛まれる。
「……学さん、ここで待っていてくれる?」
愛菜が学にそう声を掛ける。
学は「分かった」と言って、愛菜の手を離す。
そして、愛菜は揚羽たちの所に向って歩きだした。
「お前が言ったんだろ!」
「何のことよ?!」
愛菜が揚羽たちの近くまで来ると、藤木と愛理が何かを言い争っている声が聞こえる。
そして、愛菜はタイミングを見て揚羽たちに声を掛けた。
「……それは、私よ……」
愛菜の声に揚羽たちが一斉に愛菜の方に顔を向ける。
そして、数回ほど言葉を交わして、最後に愛菜が言葉を吐き出す。
「揚羽ちゃんが憎いわ……。多分、これからもずっと……」
愛菜はそう言葉を綴ると、その場を離れていく。
それと同時に自分の本当の気持ちを、心の中で叫び出す。
(違う!違う!あんな事が言いたかったんじゃない!ごめん……ごめんね……揚羽ちゃん……。憎いのは揚羽ちゃんじゃないの……。憎いのは自分自身なの……。ごめんね……酷いことして本当にごめんなさい……)
愛菜が心の中でそう叫びながら、学の所に戻ってくる。
そして、学の顔を見た瞬間、どこか張りつめていたものが切れたのか、愛菜は学の前で泣き出す。
「私は……やっぱり醜いよ……」
愛菜はそう言うと、何度も揚羽に謝り続ける。
何度も……。
何度も……。
学がその様子を見て、愛菜を優しく抱き締める。
そして、学が静かに口を開いた。
「あのね、愛菜ちゃん。愛菜ちゃんに伝えたいことがあるんだ……。僕と始めた会った時、ホワイトが愛菜ちゃんに大人しく撫でられていたでしょう?本当に、凄く驚いたんだよ?ホワイトは今まで黒い心を知らない幼い子に撫でられることは良かったけど、少しでも成長している人に撫でられるのをすごく嫌がるからね……。そのホワイトが愛菜ちゃんに懐いたって言う事は、愛菜ちゃんは純粋な人だと思うよ……。僕は、愛菜ちゃんの心はとても綺麗だと思う。暴力振られて痛かったよね?でも、周りに心配を掛けさせたくなくて、黙って耐えていたんでしょう?これからは僕が愛菜ちゃんの支えになる……。だから、もう一人で泣かないでね……」
学の腕に包まれながら、愛菜は学の身体に手を回し、抱き返しながら泣いていた……。
ずっと、欲しかった温もり……。
愛菜はようやく、本当の温もりに包まれた……。
それから約一か月後……。
「……いい天気」
愛菜が鞄に荷物を積める手を止めて、窓の外を見る。
外は気持ちが良いくらいの青空が広がっていた。
まるで、愛菜の退院を祝っているかのような、そんな清々しい天気だ。
あの日、学と一緒に散歩に行って戻ってきた愛菜の表情はどこか穏やかな表情をしていたので、看護師は心の奥底から安心した。
そして、学の提案もあり、病院と福祉関係者が話し合って愛菜はグループホームに行くことになった。あの後も、学は何度も愛菜のお見舞いに来てくれて、その度に散歩に一緒に出掛けていた。
病院側も「学なら構わない」という事で、許可を出してくれて、それから愛菜の状態はみるみる回復していき、入院のままでは本人の為にならないという事になった。
それに、「学校に行きたい」という愛菜の希望もあったので、そういった事を支援しているグループホームに行くことになった。
そして、今日はそのグループホームに入居する日で、愛菜は荷物をまとめて迎えが来るのを待っている所だった。
(どんなところだろう……)
愛菜が病院のロビーで担当の福祉課の人が来るのを待ちながら、心の中でその場所がどんなところなのかを少しワクワクしている。
そこへ、看護師がやって来た。
「一ノ瀬さん、いよいよ今日からね!同じホームの人たちと仲良くやれることを祈っているわね!頑張ってね!」
看護士が愛菜に笑顔でエールの言葉を贈る。
「……はい!」
愛菜が笑顔でそう返事をする。
その表情は最初に病院に来た時のような暗さや絶望感は無く、希望に満ち溢れていた。その嬉しそうな愛菜の顔を見て、看護師は安堵感に包まれる。
その時だった。
「……良かった!間に合った!!」
学が息を切らせながら病院のロビーにやって来て、愛菜の所に駆けてくる。
「愛菜ちゃん、退院おめでとう!これ、退院祝いだよ」
学がそう言って愛菜に四角い箱を手渡す。
「良かったら開けてみて」
学の言葉に愛菜が箱を開ける。
そこに入っていたのは……
「これ……」
愛菜は箱に入っていたものを見て小さく声を上げる。
それは、新品のスマートフォンだった。
「僕の携帯番号は、前教えたものを入れておいてね。後、いつでも電話していいから、良かったら電話してね」
学が笑顔で愛菜にそう言葉を綴る。
退院祝いがスマートフォンだと分かって、愛菜は嬉しさで一杯になった。
『これで、いつでも学さんの声が聞ける』
愛菜の中で、言葉にならない嬉しさが充満していく。
「ありがとう!学さん!」
愛菜が満開の笑みでそう声を発する。
そこへ、福祉課の人が到着して愛菜はその車に乗り込む。
「学さん!またね!!」
愛菜が車の窓を開けて、笑顔で学にそう声を掛けると、車は病院を出て行った。
~エピローグ~
「……よし、頑張るぞ」
ある場所の前で愛菜が自分に意気込みを入れるように小さく声を出す。
あれから数年が経ち、愛菜は仕事の研修である場所に訪れていた。
あの後、グループホームに入ってから愛菜は、高校に通うようになり、更にその後は福祉関係の学校に進んだ。
家の事情と入院で学校に行っていなかった愛菜は、そのブランクを取り戻すことにとても苦労したが、愛菜の中で「自分と同じような子を出したくない」という想いから、勉強に取り組んで、福祉関係の学校に行き、希望している仕事に就職することが出来た。
愛理に電話でその仕事場に行くことを伝えると、「頑張ってね!」と、エールを送ってくれた。ただ同時にその時に、愛理のその言い方にどことなく引っ掛かったが、気のせいだろうと思い、その事を気にしないことにした。
そして、今日は就職することになった施設の研修でこの場所に訪れている。
「ふぅぅぅぅぅ……。よしっ!」
愛菜は深く深呼吸をすると、その施設のドアを開ける。
「おはようございます!今日から研修させていただくことになりました、一ノ瀬愛菜と言います!よろしくお願いします!!」
愛菜がハキハキとした口調で、深々と頭を下げながらそう言葉を綴る。
その時だった。
「……いらっしゃい、愛菜ちゃん」
「……え?」
聞き覚えのある声に愛菜が頭を上げる。
「あ……揚羽ちゃん?!なんでここに?!」
その声の主は揚羽だった。
揚羽は愛菜が来たのを喜んでいるのが分かるくらい、顔はニコニコとしている。
「待ってたよ!愛菜ちゃん!」
揚羽が愛菜の近くまで来てそう声を発する。
そして、揚羽の話によると、ここに愛菜が来ることは愛理から聞いていたことや、愛菜がなりたいものが自分と同じで嬉しかった事を話してくれた。
「……じゃあ、姉さんはここに揚羽ちゃんがいるって知っていたってこと??」
「うん!そうだよ!」
愛菜の言葉に揚羽が笑顔でそう応える。
(電話でなんか引っ掛かるような感じがしたのはこの事だったのね……)
愛菜が心の中で愛理に電話したときに、愛理がどことなく引っ掛かるような言い方をした理由が分かり、愛菜の中で納得がいく。
そして、愛菜の研修は無事に行われていった。
それから、更に年月が過ぎて、今日は愛菜が仕事の後で揚羽の住んでいるマンションにある事を報告するため、訪れることになっていた。
あの研修が始まって、お昼休みの時に、愛菜はあの時の出来事を何度も揚羽に謝った。でも、揚羽はその事を気にしている様子はなく、仕事でも馬が合うのか、プライベートでも会うようになり、二人の仲は急速に良くなっていった。
そして、今日はある事を揚羽に報告するために、このマンションに訪れたのであった。
「……僕、この格好で大丈夫かな?変じゃないかな?」
愛菜の隣にいる学が自分のスーツ姿を確認しながら、どこか不安そうにそう声を出す。
「大丈夫。良い感じだよ!」
愛菜が笑顔で学にそう声を掛ける。
「ありがとう、愛菜ちゃん。僕のプロポーズを受けてくれて……」
学が愛奈にそう声を掛ける。
今日は揚羽と揚羽の婚約者である薫に自分たちが結婚することになったことを報告するために、このマンションを訪れたのだった。
学との出会いが無かったら今の自分は無かったかもしれない……。
暗闇を彷徨い続けて、もうこの世にいることも無かったかもしれない……。
でも、自分は光を見ることが出来た……。
そして、救ってくれた人が今でも一番の自分の支えになってくれている……。
「学さんからのプロポーズ……本当に嬉しかったよ……。これからもよろしくね!」
愛菜が笑顔で学にそう言葉を綴る。
そして、揚羽の部屋に着いて、インターフォンを鳴らした……。
夜空の星たちが愛菜と学を祝福する……。
月が愛菜と学を照らし出す……。
暗闇で苦しんだ鳥は羽を見つけて、「幸せな未来」という、大きな夜空に羽ばたいていく……。
羽を広げてくれたもう一つの鳥と共に……。
(完)




