20.
愛菜が帰り道を歩きながらよく分からない感情に支配されて、心の中でそう呟く。
確かに愛菜にとって揚羽は憎しみの対象……。
でも、あんな事を言って本当に良かったのか……。
そんな思いが愛菜の頭の中を駆け巡りながら、道を歩く。
その時だった。
「……愛菜ちゃん!!」
突然、名前を呼ばれて愛菜の身体がびくつく。
声の方向に愛菜が顔を向けると、学が走ってこちらに向かっている。
そして、愛菜の目の前に来ると、呼吸を整えて、悲痛そうな表情をしながら言葉を綴る。
「ごめん!本当にごめん!傷つける気は無かったんだ!ただ………ただ、愛菜ちゃんを救いたいだけなんだ……」
学が必死の想いでそう言葉を綴る。
あの後、学は泣いたのだろう……。
学の目に涙の痕がこびり付いているのが分かるくらい、学は自分がしたことに苦しんでいた。
学の言葉に愛菜が身体を震わせる。
愛菜の目には涙が溢れていた。
そして、涙声になりながら学に言葉を吐き出す。
「やめてよ……。関わらないでよ……。放っておいて……!!」
愛菜はそう叫ぶと、その場から走り出す。
「待って!愛菜ちゃん……!」
学が叫んで愛菜に止まってもらおうとするが、愛菜は止まらずにそのまま走り去っていく。
「ごめん……ごめん……」
学がその場に膝を崩し、頭を抱えながらそう言葉を綴る。
その表情は苦しみで満ち溢れていた……。
***
「……あっ!一ノ瀬さん!良かったわ、戻って来て……。こんな時間に何処に行っていたのよ!心配したのよ?!」
愛菜が病院に戻って来て、看護師が安堵すると同時に夜に病院を抜け出したことを注意する。
「……何かあったの?泣いているようだけど……」
愛菜の顔を見て、看護師が心配そうにそう声を掛ける。
「なんでもない……」
愛菜は一言だけそう言うと、病室に戻っていく。
そして、愛菜はこの日を境にぱったりとお散歩に行かなくなった……。
看護師たちはそんな愛菜を心配しつつ、敢えて何があったかを聞かずにただ見守っていた。
愛菜は一日の殆どを、特に何かをするわけではなく病室のベッドの上でぼんやりと過ごしていた。
あの日の夜に、愛菜は何故藤木たちにあんな事を言ったのか……?
(私……なんであんな事を言ったんだろう……)
愛菜の頭の中でその事がグルグルと駆け巡る。
揚羽の事は確かに憎い気持ちはある……。
でも、今でも憎いのかと言われれば分からない……。
学は「救いたい」って言ってくれたけど、また言葉だけかもしれない……。
愛理が「守ってあげるね!」って言っていたのに、愛理まで見捨てられそうになって愛菜を切り捨てた……。
じゃあ、愛理の事が憎いかと言えばそれも違うような気がする……。
じゃあ、憎いのは私をこんな風にした両親なのか……?
でも、それはそれでまた違う気がする……。
愛菜が一番憎いのは誰なのか……?
愛菜が心の中でグルグルと考える。
(本当は分かっているんだよね……。誰が一番憎いのかなんて……)




